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第四章 アメリア その二
義母との茶会②
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午後、ハンナと侍女姿のカリナを伴ったアメリアは本邸を訪れた。
通されたのは前回来た時にも使用された客室の一つで、義母好みに設られたのか煌びやかな部屋だった。
そこで、義母、そして義妹のイブリンはすでに着席して待っていた。
義母は先代公爵に寵愛されただけあって、美しい女性だ。
イブリンも義母に似て勝ち気な目をしているが、それでも美しい容姿をしている。
義母は口元にこそ笑みを浮かべているが目は全く笑っておらず、義妹イブリンも敵意を隠そうともせずに義姉を睨んでいて、アメリアは思わず笑いそうになってしまった。
嫌われるのも敵意を向けられるのも慣れている。
いっそ、清々しいくらいの母娘である。
茶会は和やかに始まった。
敵意をあらわにするイブリンは儀礼的な挨拶をしたきり何も話さないが、さすがに義母は他愛もない話などから始めて、サラトガ領は田舎でつまらないだろうとアメリアを労わるようなことも口にした。
義母も昔王都で暮らしたことがあるらしいのはソニアから聞いていた。
だが落ちぶれた貧乏貴族の令嬢だったというから、王都にはあまり良い思い出はないのではないだろうか。
サラトガ公爵家に嫁いでからも、義母たちはずっとサラトガ領に住んでいるらしい。
貴族は社交シーズンを王都で暮らしたり、領主が領地と王都を行き来する間も家族は王都に住まわせることもあるが、国境を守る王国の盾サラトガ公爵家が領地を離れることはほとんど無い。
いちおう王都に邸は持っているようだが、先代公爵もセドリックも、王都に住むことはなかった。
「あなたも王都での暮らしは僅かだったのでしょう?」
義母が蔑むような、憐れむような視線をアメリアに向ける。
グレイ子爵領で育ったアメリアが王都で暮らしたのは、国王の養女になっていた三年間だけのこと。
王家の一員とは言え社交も公務も無くただ王宮にこもっていたあの三年間は、側から見れば籠の鳥のように見えていたことだろう。
出されたお茶も菓子も、アメリアは躊躇することなく口に入れた。
ソニアは何やら心配していたが、やはり義母がアメリアを害するとは思えない。
その様子に気を良くしたのか、義母は饒舌に話し続けていた。
話の中身のほとんどは、義母が愛してやまない愛息子マイロの自慢話ばかり。
相槌を打って聞いていると、義母が「そう言えば…」とアメリアの顔を見て笑った。
「ようやく本当の夫婦になったみたいね。いちおうおめでとう…と言っておくわ」
笑顔でそう言われ、アメリアの美しい眉が微かに上がる。
たしかに、結婚して二ヶ月間離れに近寄らなかったはずのセドリックが、最近離れで寝泊まりしているのだ。
そういうことだと義母も思うだろう。
しかし実際は二人の寝室の間の扉など全く使われず、アメリアはセドリックから拒まれたままだ。
なんと答えたら良いかわからず黙っていると、その態度を不遜と感じたのか、イブリンが大きな舌打ちをした。
「元王女だろうと陛下の元愛人だろうと、あなたはここではただの嫁でしょ?お母様に話しかけられて、何故黙っているのよ」
「……!」
アメリアは驚いてイブリンを見た。
嫌われているのはわかっていたし嫌味の一つや二つ言われることは覚悟してきたが、ここまで直接的な言葉をぶつけられるとは思っていなかったのだ。
「イブリン、お義姉様に口が過ぎるわよ」
義母にたしなめられ、イブリンは余計に眉をつり上げた。
「お義姉様なんかじゃないわ!だってお兄様は陛下のお古を押し付けられたんでしょう?それなのに…!最近はマイロ兄様にまで近づいてるって侍女たちが言っていたわ!」
「やめなさい、イブリン。マイロはそんな馬鹿じゃないわ」
「お母様は甘いわよ!この人さすが国王陛下に寵愛されていただけあって、男を貶すのは上手なんだから!」
「な…っ!」
思わず反論しそうになったのはアメリアではない、ハンナだ。
カリナも唇を震わせて一歩踏み出している。
それを察したアメリアは振り返って二人を目で制した。
これは義母と義妹でアメリアを貶めようとする茶番だ。
最近セドリックがずっと離れで寝泊まりしていることやアメリアと連れ立って出かけていること、そしてマイロがアメリアと親しく話していることへの牽制なのだろう。
通されたのは前回来た時にも使用された客室の一つで、義母好みに設られたのか煌びやかな部屋だった。
そこで、義母、そして義妹のイブリンはすでに着席して待っていた。
義母は先代公爵に寵愛されただけあって、美しい女性だ。
イブリンも義母に似て勝ち気な目をしているが、それでも美しい容姿をしている。
義母は口元にこそ笑みを浮かべているが目は全く笑っておらず、義妹イブリンも敵意を隠そうともせずに義姉を睨んでいて、アメリアは思わず笑いそうになってしまった。
嫌われるのも敵意を向けられるのも慣れている。
いっそ、清々しいくらいの母娘である。
茶会は和やかに始まった。
敵意をあらわにするイブリンは儀礼的な挨拶をしたきり何も話さないが、さすがに義母は他愛もない話などから始めて、サラトガ領は田舎でつまらないだろうとアメリアを労わるようなことも口にした。
義母も昔王都で暮らしたことがあるらしいのはソニアから聞いていた。
だが落ちぶれた貧乏貴族の令嬢だったというから、王都にはあまり良い思い出はないのではないだろうか。
サラトガ公爵家に嫁いでからも、義母たちはずっとサラトガ領に住んでいるらしい。
貴族は社交シーズンを王都で暮らしたり、領主が領地と王都を行き来する間も家族は王都に住まわせることもあるが、国境を守る王国の盾サラトガ公爵家が領地を離れることはほとんど無い。
いちおう王都に邸は持っているようだが、先代公爵もセドリックも、王都に住むことはなかった。
「あなたも王都での暮らしは僅かだったのでしょう?」
義母が蔑むような、憐れむような視線をアメリアに向ける。
グレイ子爵領で育ったアメリアが王都で暮らしたのは、国王の養女になっていた三年間だけのこと。
王家の一員とは言え社交も公務も無くただ王宮にこもっていたあの三年間は、側から見れば籠の鳥のように見えていたことだろう。
出されたお茶も菓子も、アメリアは躊躇することなく口に入れた。
ソニアは何やら心配していたが、やはり義母がアメリアを害するとは思えない。
その様子に気を良くしたのか、義母は饒舌に話し続けていた。
話の中身のほとんどは、義母が愛してやまない愛息子マイロの自慢話ばかり。
相槌を打って聞いていると、義母が「そう言えば…」とアメリアの顔を見て笑った。
「ようやく本当の夫婦になったみたいね。いちおうおめでとう…と言っておくわ」
笑顔でそう言われ、アメリアの美しい眉が微かに上がる。
たしかに、結婚して二ヶ月間離れに近寄らなかったはずのセドリックが、最近離れで寝泊まりしているのだ。
そういうことだと義母も思うだろう。
しかし実際は二人の寝室の間の扉など全く使われず、アメリアはセドリックから拒まれたままだ。
なんと答えたら良いかわからず黙っていると、その態度を不遜と感じたのか、イブリンが大きな舌打ちをした。
「元王女だろうと陛下の元愛人だろうと、あなたはここではただの嫁でしょ?お母様に話しかけられて、何故黙っているのよ」
「……!」
アメリアは驚いてイブリンを見た。
嫌われているのはわかっていたし嫌味の一つや二つ言われることは覚悟してきたが、ここまで直接的な言葉をぶつけられるとは思っていなかったのだ。
「イブリン、お義姉様に口が過ぎるわよ」
義母にたしなめられ、イブリンは余計に眉をつり上げた。
「お義姉様なんかじゃないわ!だってお兄様は陛下のお古を押し付けられたんでしょう?それなのに…!最近はマイロ兄様にまで近づいてるって侍女たちが言っていたわ!」
「やめなさい、イブリン。マイロはそんな馬鹿じゃないわ」
「お母様は甘いわよ!この人さすが国王陛下に寵愛されていただけあって、男を貶すのは上手なんだから!」
「な…っ!」
思わず反論しそうになったのはアメリアではない、ハンナだ。
カリナも唇を震わせて一歩踏み出している。
それを察したアメリアは振り返って二人を目で制した。
これは義母と義妹でアメリアを貶めようとする茶番だ。
最近セドリックがずっと離れで寝泊まりしていることやアメリアと連れ立って出かけていること、そしてマイロがアメリアと親しく話していることへの牽制なのだろう。
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