さげわたし

凛江

文字の大きさ
上 下
52 / 101
第四章 アメリア その二

デート、その後

しおりを挟む
街デートの後、セドリックはアメリアを部屋に送り届けるとすぐ本邸に戻って行った。
気まずくて逃げたようにも見えたが、急ぎの仕事があったのは本当だったらしい。
晩餐の時間に合わせて再びセドリックが離れを訪れたと、カリナが伝えに来たから。

しかし、逃げたのはアメリアの方だった。
疲労を理由に晩餐を拒み、様子を見に来たというセドリックをハンナに追い返させたのだ。

実際、疲れ切っているのは本当だ。
食堂での出来事も、馬車でのセドリックとの会話も、あらゆるものがアメリアの神経を疲弊させていた。
今アメリアは食事もとらずベッドに横たわったまま。

(だいたい…)
アメリアは枕に顔を埋めて突っ伏した。
馬車の中であんなやり取りがあったばかりなのに、一体どんな顔をしてセドリックと向かい合い、食事をとればいいというのだろう。
嫌な言葉を使えば、アメリアは自ら「抱いてほしい」と誘ったのだ。
そしてそれを、拒否された。
女性として、こんな恥ずかしいことがあるだろうか。

ベッドの上でごろごろしていると、時々隣の部屋から物音が聞こえてくる。
彼は今晩も離れに泊まるつもりらしい。

そう、彼はアメリアと寝室を共にしようとはしないくせに、離れで寝泊まりはするのだ。
恥をかかせ、それでも頑なに受け入れてくれないセドリックを、アメリアは本気で憎らしいと思った。

翌朝、アメリアは美味しそうな香りで目を覚ました。
昨夜はどうやらあのまま眠ってしまったらしい。
カーテンの隙間から感じられる陽はもう高く、珍しく寝坊したようでもある。

「お目覚めですか?お嬢様」
ぼんやりと傍らを見れば、侍女のハンナがお盆を持って立っている。
お盆からは良い匂いと湯気が立ち上り、それにつられるようにアメリアのお腹がグーッと鳴った。
どんなに嫌な思いをしても、お腹は空くらしい。
健康な証拠である。
そのお腹の音を聞いて、ハンナが呆れたように笑う。

「昨夜も食べてらっしゃらないから、胃に優しいものを用意しました。食べられますか?」
「ええ、いただくわ」
アメリアはハンナが用意してくれたお粥を食べ始めた。
美味しいお粥が、胃にスッと入っていく。
「美味しい」
「そうでしょうとも。お嬢様が食事を抜くなんて滅多にありませんもの」

セドリックは昨夜二回と、そして今朝も部屋を訪ねて来たそうだ。
晩餐にも朝食にも顔を出さないアメリアを心配し、誘いに来たのだろう。
だがハンナが眠っていると伝えたため、そのまま仕事に向かったらしい。

「申し訳ないことしたわ…」
アメリアはぽつりと呟いた。
「お嬢様が気になさることなど一つもございません。だって悪いのは…」
憤るハンナに笑って見せ、アメリアは首を横に振った。

だって申し訳ないと思ったのはセドリックに対してではない、料理人たちに対してだ。
昨夜も今朝も、料理人たちはきっとセドリックとアメリアのために美味しい食事を用意していただろう。
それをアメリアのせいで無駄にしてしまったのだ。

健康な体と、楽天的な性格はアメリアの長所であるはず。
くよくよ悩んでいたせいで食事を抜くなど、およそ自分らしくない。
「今夜の晩餐はきちんと閣下ととるわ」
そう言うとアメリアはハンナに笑って見せた。

そして普段通りに身支度を整え畑に向かおうとしていたアメリアに、驚くような知らせがあった。
義母の侍女だという女性が離れを訪れ、伝言を伝えに来たと言うのだ。
それは、『今日の午後、お茶に招待したい』という義母からの誘いだった。

アメリアが義母に会ったのは領地に入ってすぐに挨拶したあの一度きり。
三ヶ月間全く接触がなかった義母の、しかも突然の誘いに、ハンナもカリナも眉を顰めた。

本当はセドリックに話してから行くべきなのかもしれないが、今日彼は視察で朝から外出していて、しかも明後日まで戻らないらしい。
嫁としては義母からの誘いを断るわけにもいかず、アメリアは誘いに応じると答えた。

そしてその日の午後、アメリアは実に三ヶ月ぶりに、本邸に足を踏み入れることになった。
しおりを挟む
感想 147

あなたにおすすめの小説

本の虫令嬢は幼馴染に夢中な婚約者に愛想を尽かす

初瀬 叶
恋愛
『本の虫令嬢』 こんな通り名がつく様になったのは、いつの頃からだろうか?……もう随分前の事で忘れた。 私、マーガレット・ロビーには婚約者が居る。幼い頃に決められた婚約者、彼の名前はフェリックス・ハウエル侯爵令息。彼は私より二つ歳上の十九歳。いや、もうすぐ二十歳か。まだ新人だが、近衛騎士として王宮で働いている。 私は彼との初めての顔合せの時を思い出していた。あれはもう十年前だ。 『お前がマーガレットか。僕の名はフェリックスだ。僕は侯爵の息子、お前は伯爵の娘だから『フェリックス様』と呼ぶように」 十歳のフェリックス様から高圧的にそう言われた。まだ七つの私はなんだか威張った男の子だな……と思ったが『わかりました。フェリックス様』と素直に返事をした。 そして続けて、 『僕は将来立派な近衛騎士になって、ステファニーを守る。これは約束なんだ。だからお前よりステファニーを優先する事があっても文句を言うな』 挨拶もそこそこに彼の口から飛び出したのはこんな言葉だった。 ※中世ヨーロッパ風のお話ですが私の頭の中の異世界のお話です ※史実には則っておりませんのでご了承下さい ※相変わらずのゆるふわ設定です ※第26話でステファニーの事をスカーレットと書き間違えておりました。訂正しましたが、混乱させてしまって申し訳ありません

ひとりぼっち令嬢は正しく生きたい~婚約者様、その罪悪感は不要です~

参谷しのぶ
恋愛
十七歳の伯爵令嬢アイシアと、公爵令息で王女の護衛官でもある十九歳のランダルが婚約したのは三年前。月に一度のお茶会は婚約時に交わされた約束事だが、ランダルはエイドリアナ王女の護衛という仕事が忙しいらしく、ドタキャンや遅刻や途中退席は数知れず。先代国王の娘であるエイドリアナ王女は、現国王夫妻から虐げられているらしい。 二人が久しぶりにまともに顔を合わせたお茶会で、ランダルの口から出た言葉は「誰よりも大切なエイドリアナ王女の、十七歳のデビュタントのために君の宝石を貸してほしい」で──。 アイシアはじっとランダル様を見つめる。 「忘れていらっしゃるようなので申し上げますけれど」 「何だ?」 「私も、エイドリアナ王女殿下と同じ十七歳なんです」 「は?」 「ですから、私もデビュタントなんです。フォレット伯爵家のジュエリーセットをお貸しすることは構わないにしても、大舞踏会でランダル様がエスコートしてくださらないと私、ひとりぼっちなんですけど」 婚約者にデビュタントのエスコートをしてもらえないという辛すぎる現実。 傷ついたアイシアは『ランダルと婚約した理由』を思い出した。三年前に両親と弟がいっぺんに亡くなり唯一の相続人となった自分が、国中の『ろくでなし』からロックオンされたことを。領民のことを思えばランダルが一番マシだったことを。 「婚約者として正しく扱ってほしいなんて、欲張りになっていた自分が恥ずかしい!」 初心に返ったアイシアは、立派にひとりぼっちのデビュタントを乗り切ろうと心に誓う。それどころか、エイドリアナ王女のデビュタントを成功させるため、全力でランダルを支援し始めて──。 (あれ? ランダル様が罪悪感に駆られているように見えるのは、私の気のせいよね?) ★小説家になろう様にも投稿しました★

貴方の傍に幸せがないのなら

なか
恋愛
「みすぼらしいな……」  戦地に向かった騎士でもある夫––ルーベル。  彼の帰りを待ち続けた私––ナディアだが、帰還した彼が発した言葉はその一言だった。  彼を支えるために、寝る間も惜しんで働き続けた三年。  望むままに支援金を送って、自らの生活さえ切り崩してでも支えてきたのは……また彼に会うためだったのに。  なのに、なのに貴方は……私を遠ざけるだけではなく。  妻帯者でありながら、この王国の姫と逢瀬を交わし、彼女を愛していた。  そこにはもう、私の居場所はない。  なら、それならば。  貴方の傍に幸せがないのなら、私の選択はただ一つだ。        ◇◇◇◇◇◇  設定ゆるめです。  よろしければ、読んでくださると嬉しいです。

望まれない結婚〜相手は前妻を忘れられない初恋の人でした

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【忘れるな、憎い君と結婚するのは亡き妻の遺言だということを】 男爵家令嬢、ジェニファーは薄幸な少女だった。両親を早くに亡くし、意地悪な叔母と叔父に育てられた彼女には忘れられない初恋があった。それは少女時代、病弱な従姉妹の話し相手として滞在した避暑地で偶然出会った少年。年が近かった2人は頻繁に会っては楽しい日々を過ごしているうちに、ジェニファーは少年に好意を抱くようになっていった。 少年に恋したジェニファーは今の生活が長く続くことを祈った。 けれど従姉妹の体調が悪化し、遠くの病院に入院することになり、ジェニファーの役目は終わった。 少年に別れを告げる事もできずに、元の生活に戻ることになってしまったのだ。 それから十数年の時が流れ、音信不通になっていた従姉妹が自分の初恋の男性と結婚したことを知る。その事実にショックを受けたものの、ジェニファーは2人の結婚を心から祝うことにした。 その2年後、従姉妹は病で亡くなってしまう。それから1年の歳月が流れ、突然彼から求婚状が届けられた。ずっと彼のことが忘れられなかったジェニファーは、喜んで後妻に入ることにしたのだが……。 そこには残酷な現実が待っていた―― *他サイトでも投稿中

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

婚約者に嫌われているようなので離れてみたら、なぜか抗議されました

花々
恋愛
メリアム侯爵家の令嬢クラリッサは、婚約者である公爵家のライアンから蔑まれている。 クラリッサは「お前の目は醜い」というライアンの言葉を鵜呑みにし、いつも前髪で顔を隠しながら過ごしていた。 そんなある日、クラリッサは王家主催のパーティーに参加する。 いつも通りクラリッサをほったらかしてほかの参加者と談笑しているライアンから離れて廊下に出たところ、見知らぬ青年がうずくまっているのを見つける。クラリッサが心配して介抱すると、青年からいたく感謝される。 数日後、クラリッサの元になぜか王家からの使者がやってきて……。 ✴︎感想誠にありがとうございます❗️ ✴︎(承認不要の方)ご指摘ありがとうございます。第一王子のミスでした💦 ✴︎ヒロインの実家は侯爵家です。誤字失礼しました😵

夫に相手にされない侯爵夫人ですが、記憶を失ったので人生やり直します。

MIRICO
恋愛
第二章【記憶を失った侯爵夫人ですが、夫と人生やり直します。】完結です。 記憶を失った私は侯爵夫人だった。しかし、旦那様とは不仲でほとんど話すこともなく、パーティに連れて行かれたのは結婚して数回ほど。それを聞いても何も思い出せないので、とりあえず記憶を失ったことは旦那様に内緒にしておいた。 旦那様は美形で凛とした顔の見目の良い方。けれどお城に泊まってばかりで、お屋敷にいてもほとんど顔を合わせない。いいんですよ、その間私は自由にできますから。 屋敷の生活は楽しく旦那様がいなくても何の問題もなかったけれど、ある日突然パーティに同伴することに。 旦那様が「わたし」をどう思っているのか、記憶を失った私にはどうでもいい。けれど、旦那様のお相手たちがやけに私に噛み付いてくる。 記憶がないのだから、私は旦那様のことはどうでもいいのよ? それなのに、旦那様までもが私にかまってくる。旦那様は一体何がしたいのかしら…? 小説家になろう様に掲載済みです。

探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。 最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。 ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。 もう限界です。 探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。

処理中です...