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第四章 アメリア その二
帰りの馬車で②
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「…何故、そうなる?」
アメリアの言葉を聞いたセドリックは大きく目を見開き、驚愕の表情でアメリアを見た。
「何故…というか、そう感じたからです」
そう言うと、アメリアは小さく笑った。
アメリアが処女だったとわかった途端、セドリックの態度が変わった。
つまりアメリアが『下げ渡された国王の愛人』ではなかったと知り、彼の中で、『降嫁した王女』として尊重するべき存在になってしまったのだ。
アメリア自身は何も変わっていないというのに。
要するに、彼にとってただ後継を生む道具であったものが、道具として扱えなくなってしまったのだろう。
そこに良心の呵責が生まれてしまったからだ。
だから彼に好きな女性がいるなら、アメリアとベッドを共にしないことも辻褄が合うような気がした。
道具ではないアメリアと寝るのは、好きな女性に対して不誠実だと、彼は思うだろうから。
「私を娶ったせいで愛する方と結婚できなくてなってしまったのは、本当に申し訳なく思います。でも、私は閣下に恋人がいても気にしません。もし他所に閣下の子どもができてお許しいただけるなら、私が引き取って自分の子と同じように可愛がります。だから、お願いします閣下。私にも赤ちゃんを授けてくださいませ。このままでは私は唯一のつとめが果たせません」
王命で結婚しそれをセドリックも受け入れた以上、アメリアが生む子どもだけがサラトガ公爵家の嫡子である。
だからそのつとめさえ果たさせてもらえれば、あとはセドリックが他所へ行こうと、それは仕方のないことだと思う。
「もし閣下が他所でお子をお作りになっても、公爵家の子として、分け隔てなく全力で可愛がります。母子を離すのが酷でしたら、恋人を邸に迎えられても結構です。私、丁重にお世話させていただきますわ」
懇願するようにセドリックを見上げれば、彼は目を見開いたまま絶句していた。
アメリアはそんなセドリックに構わず言葉を繋ぐ。
「だから閣下、どうか私にも赤ちゃんを授けてくださいませ。もし努力しても授かれないようなら、その時は他所からお迎えしたお子を嫡子として後継にしても、王室も異議は唱えないでしょう」
アメリアは本気で、切実に自分の子が、いや、家族が欲しかった。
ずっと親だと思っていた人たちに距離を置かれてきたアメリアは、肉親の愛に飢えている。
自分が子どもを生んだら、義務とは関係なく、全身全霊で愛するだろう。
いや、自分が生んだ子でなくとも、可愛がる自信がある。
「…アメリア…」
十分言葉の意味を飲み込んだのか、セドリックはようやく口を開いた。
その顔は行きの馬車の中とは別人のように憔悴しきっている。
「…私に恋人はいない。この先、私の妻も、私の子を生む女性も、貴女一人だけだ」
「でも、それでは、」
「私が心を通じ合わせてからと言ったのは、貴女と私の間だけでの問題だ。貴女からすれば何を今更と聞こえるかもしれないが、出来れば私は、お互いをよく知り、愛を育み、その上で本当の夫婦になりたいと思ったんだ」
「閣下…」
アメリアは困ったように眉尻を下げ、セドリックを見つめた。
彼は多分、本心からそう言っているのだろう。
こうしてアメリアと一緒の時間を持ち、寄り添おうとしてくれているのは手に取るようにわかっている。
そして、恋人はいないという言葉にホッとしている自分もいる。
だが…。
この言葉が、この時間が、結婚してすぐ、いや、せめてあの日の前なら、無条件で信じられたのに。
あの日『貴女を愛することはない』と言ったのも、心が通じ合わないまま体を重ねたのもセドリックの方だ。
あの時アメリアの中にあった僅かな希望も仄かな想いも、みんな壊れてしまった。
誤解も軽蔑もアメリアの秘密のせいで彼のせいではないと、そして彼がたしかに今歩み寄ろうと努力してくれているのは感じている。
だが、矛盾しているとわかっていても、もう無邪気に信じることなどできない。
卑屈になっている自覚はある。
でもあの日、アメリアは身も心も少女の自分を捨てたのだ。
「漠然としてますよね。気持ちが通じ合うって」
そう言うとアメリアは、自嘲気味に小さく笑った。
だってそんな日は、永遠に訪れないかもしれないのだから。
アメリアの言葉を聞いたセドリックは大きく目を見開き、驚愕の表情でアメリアを見た。
「何故…というか、そう感じたからです」
そう言うと、アメリアは小さく笑った。
アメリアが処女だったとわかった途端、セドリックの態度が変わった。
つまりアメリアが『下げ渡された国王の愛人』ではなかったと知り、彼の中で、『降嫁した王女』として尊重するべき存在になってしまったのだ。
アメリア自身は何も変わっていないというのに。
要するに、彼にとってただ後継を生む道具であったものが、道具として扱えなくなってしまったのだろう。
そこに良心の呵責が生まれてしまったからだ。
だから彼に好きな女性がいるなら、アメリアとベッドを共にしないことも辻褄が合うような気がした。
道具ではないアメリアと寝るのは、好きな女性に対して不誠実だと、彼は思うだろうから。
「私を娶ったせいで愛する方と結婚できなくてなってしまったのは、本当に申し訳なく思います。でも、私は閣下に恋人がいても気にしません。もし他所に閣下の子どもができてお許しいただけるなら、私が引き取って自分の子と同じように可愛がります。だから、お願いします閣下。私にも赤ちゃんを授けてくださいませ。このままでは私は唯一のつとめが果たせません」
王命で結婚しそれをセドリックも受け入れた以上、アメリアが生む子どもだけがサラトガ公爵家の嫡子である。
だからそのつとめさえ果たさせてもらえれば、あとはセドリックが他所へ行こうと、それは仕方のないことだと思う。
「もし閣下が他所でお子をお作りになっても、公爵家の子として、分け隔てなく全力で可愛がります。母子を離すのが酷でしたら、恋人を邸に迎えられても結構です。私、丁重にお世話させていただきますわ」
懇願するようにセドリックを見上げれば、彼は目を見開いたまま絶句していた。
アメリアはそんなセドリックに構わず言葉を繋ぐ。
「だから閣下、どうか私にも赤ちゃんを授けてくださいませ。もし努力しても授かれないようなら、その時は他所からお迎えしたお子を嫡子として後継にしても、王室も異議は唱えないでしょう」
アメリアは本気で、切実に自分の子が、いや、家族が欲しかった。
ずっと親だと思っていた人たちに距離を置かれてきたアメリアは、肉親の愛に飢えている。
自分が子どもを生んだら、義務とは関係なく、全身全霊で愛するだろう。
いや、自分が生んだ子でなくとも、可愛がる自信がある。
「…アメリア…」
十分言葉の意味を飲み込んだのか、セドリックはようやく口を開いた。
その顔は行きの馬車の中とは別人のように憔悴しきっている。
「…私に恋人はいない。この先、私の妻も、私の子を生む女性も、貴女一人だけだ」
「でも、それでは、」
「私が心を通じ合わせてからと言ったのは、貴女と私の間だけでの問題だ。貴女からすれば何を今更と聞こえるかもしれないが、出来れば私は、お互いをよく知り、愛を育み、その上で本当の夫婦になりたいと思ったんだ」
「閣下…」
アメリアは困ったように眉尻を下げ、セドリックを見つめた。
彼は多分、本心からそう言っているのだろう。
こうしてアメリアと一緒の時間を持ち、寄り添おうとしてくれているのは手に取るようにわかっている。
そして、恋人はいないという言葉にホッとしている自分もいる。
だが…。
この言葉が、この時間が、結婚してすぐ、いや、せめてあの日の前なら、無条件で信じられたのに。
あの日『貴女を愛することはない』と言ったのも、心が通じ合わないまま体を重ねたのもセドリックの方だ。
あの時アメリアの中にあった僅かな希望も仄かな想いも、みんな壊れてしまった。
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だが、矛盾しているとわかっていても、もう無邪気に信じることなどできない。
卑屈になっている自覚はある。
でもあの日、アメリアは身も心も少女の自分を捨てたのだ。
「漠然としてますよね。気持ちが通じ合うって」
そう言うとアメリアは、自嘲気味に小さく笑った。
だってそんな日は、永遠に訪れないかもしれないのだから。
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