61 / 101
第五章 セドリック その三
ジャンの話①
しおりを挟む
「先日は領都へ連れて行ってくださってありがとうございました、閣下」
そう言って微笑んだアメリアに、セドリックは目を見張った。
突然話題を変えてきたこともあるが、それよりも戸惑ったのは、どこか吹っ切れたようなアメリアの笑顔だ。
先日の領都行きは楽しいデートになるはずだったのに、最後に寄った食堂であのような悪意ある噂話を聞く羽目になった。
アメリアにしたらデートのことはあまり触れたくない話題のはずだ。
眉を寄せて黙ってしまったセドリックに、アメリアはちょっと困ったように小首を傾げた。
「実はあれから私なりに考えたことがあり、閣下に聞いていただきたいのです」
アメリアは、唐突にそう切り出した。
「…聞いてもらいたいこと?」
「…ええ。先日食堂にいたジャンという少年を覚えておいででしょうか?彼は私が領内を散策するうちに知り合った者の一人なんです」
「…ああ、たしかに親しそうでしたね」
二人は『エイミーさん』『ジャン』と名前で呼び合っていた。
それにアメリアは、普段セドリックとは交わさないような気軽な調子で彼と会話していた。
たしか彼は『サラトガ騎士団』に憧れているようだったから、彼が騎士になれるよう力添えして欲しいとかそんな話だろうか。
「ジャンをはじめ、サラトガ領の少年たちと話すと、彼らの多くは将来サラトガ騎士団に入るのが夢だと言っています」
(ああ、やはり)
アメリアの言葉に、セドリックは小さく頷いた。
しかしいくらアメリアの頼みでも、実力のない者を騎士団に入れることは出来ない。
命懸けで国境を守るサラトガ騎士団の騎士になるということは、生半可な覚悟でできることではないのだから。
「それが夢ならば、まずは夢を叶える努力をしなければなりません。まずは騎士団の予科に入り、それ相応の実力をつけるのです。先日彼にも言いましたが、サラトガ騎士団の予科は身分の上下なく、誰にでも門戸は開かれています。もちろん、彼にだって受験資格はあるはずですよ」
少々セドリックの言い方がきつかったのか、アメリアが眉根を寄せる。
「でも、その受験自体が難しいのでは?」
「いいえ、大変なのは入ってからです。夢を持って入っても、厳しさについていけず辞める者も多くいます。ただ、受験は基礎的な体力テストと学力テストですから、」
特に難しいことはない…と続けようとしたセドリックに、アメリアも眉を寄せる。
「だから、基礎的な学力が無ければ受験さえ難しいのですよね?」
「本当に基礎的なもので、義務教育レベルで十分です。幼年学校を終えれば12歳から受けられるはずですよ」
平民には義務教育しか受けられない者が多いのだから、それ以上難しくしては門戸を広くした意味がなくなってしまう。
「…でもそれでは、義務教育を受けていない者は受からないということですよね?」
「それは…」
畳みかけるように質問を繰り返すアメリアが一体何を言いたいのかわからず、セドリックは訝しげに彼女を見つめた。
サラトガ領では7歳から12歳の領民は身分・性別を問わず幼年学校に通う。
親は子供を学校に通わせる義務があり、そのためサラトガ領には文盲がいないはずだった。
訝しげにアメリアを見つめるセドリックに、彼女はこの三ヶ月余りの間に知り合った子供たちの話を始めた。
そう言って微笑んだアメリアに、セドリックは目を見張った。
突然話題を変えてきたこともあるが、それよりも戸惑ったのは、どこか吹っ切れたようなアメリアの笑顔だ。
先日の領都行きは楽しいデートになるはずだったのに、最後に寄った食堂であのような悪意ある噂話を聞く羽目になった。
アメリアにしたらデートのことはあまり触れたくない話題のはずだ。
眉を寄せて黙ってしまったセドリックに、アメリアはちょっと困ったように小首を傾げた。
「実はあれから私なりに考えたことがあり、閣下に聞いていただきたいのです」
アメリアは、唐突にそう切り出した。
「…聞いてもらいたいこと?」
「…ええ。先日食堂にいたジャンという少年を覚えておいででしょうか?彼は私が領内を散策するうちに知り合った者の一人なんです」
「…ああ、たしかに親しそうでしたね」
二人は『エイミーさん』『ジャン』と名前で呼び合っていた。
それにアメリアは、普段セドリックとは交わさないような気軽な調子で彼と会話していた。
たしか彼は『サラトガ騎士団』に憧れているようだったから、彼が騎士になれるよう力添えして欲しいとかそんな話だろうか。
「ジャンをはじめ、サラトガ領の少年たちと話すと、彼らの多くは将来サラトガ騎士団に入るのが夢だと言っています」
(ああ、やはり)
アメリアの言葉に、セドリックは小さく頷いた。
しかしいくらアメリアの頼みでも、実力のない者を騎士団に入れることは出来ない。
命懸けで国境を守るサラトガ騎士団の騎士になるということは、生半可な覚悟でできることではないのだから。
「それが夢ならば、まずは夢を叶える努力をしなければなりません。まずは騎士団の予科に入り、それ相応の実力をつけるのです。先日彼にも言いましたが、サラトガ騎士団の予科は身分の上下なく、誰にでも門戸は開かれています。もちろん、彼にだって受験資格はあるはずですよ」
少々セドリックの言い方がきつかったのか、アメリアが眉根を寄せる。
「でも、その受験自体が難しいのでは?」
「いいえ、大変なのは入ってからです。夢を持って入っても、厳しさについていけず辞める者も多くいます。ただ、受験は基礎的な体力テストと学力テストですから、」
特に難しいことはない…と続けようとしたセドリックに、アメリアも眉を寄せる。
「だから、基礎的な学力が無ければ受験さえ難しいのですよね?」
「本当に基礎的なもので、義務教育レベルで十分です。幼年学校を終えれば12歳から受けられるはずですよ」
平民には義務教育しか受けられない者が多いのだから、それ以上難しくしては門戸を広くした意味がなくなってしまう。
「…でもそれでは、義務教育を受けていない者は受からないということですよね?」
「それは…」
畳みかけるように質問を繰り返すアメリアが一体何を言いたいのかわからず、セドリックは訝しげに彼女を見つめた。
サラトガ領では7歳から12歳の領民は身分・性別を問わず幼年学校に通う。
親は子供を学校に通わせる義務があり、そのためサラトガ領には文盲がいないはずだった。
訝しげにアメリアを見つめるセドリックに、彼女はこの三ヶ月余りの間に知り合った子供たちの話を始めた。
21
お気に入りに追加
1,250
あなたにおすすめの小説
「好き」の距離
饕餮
恋愛
ずっと貴方に片思いしていた。ただ単に笑ってほしかっただけなのに……。
伯爵令嬢と公爵子息の、勘違いとすれ違い(微妙にすれ違ってない)の恋のお話。
以前、某サイトに載せていたものを大幅に改稿・加筆したお話です。

幼なじみの親が離婚したことや元婚約者がこぞって勘違いしていようとも、私にはそんなことより譲れないものが1つだけあったりします
珠宮さくら
恋愛
最近、色々とあったシュリティ・バッタチャルジーは何事もなかったように話しかけてくる幼なじみとその兄に面倒をかけられながら、一番手にしたかったもののために奮闘し続けた。
シュリティがほしかったものを幼なじみがもっていて、ずっと羨ましくて仕方がなかったことに気づいている者はわずかしかいなかった。

【完結】幼い頃から婚約を誓っていた伯爵に婚約破棄されましたが、数年後に驚くべき事実が発覚したので会いに行こうと思います
菊池 快晴
恋愛
令嬢メアリーは、幼い頃から将来を誓い合ったゼイン伯爵に婚約破棄される。
その隣には見知らぬ女性が立っていた。
二人は傍から見ても仲睦まじいカップルだった。
両家の挨拶を終えて、幸せな結婚前パーティで、その出来事は起こった。
メアリーは彼との出会いを思い返しながら打ちひしがれる。
数年後、心の傷がようやく癒えた頃、メアリーの前に、謎の女性が現れる。
彼女の口から発せられた言葉は、ゼインのとんでもない事実だった――。
※ハッピーエンド&純愛
他サイトでも掲載しております。
出世のために結婚した夫から「好きな人ができたから別れてほしい」と言われたのですが~その好きな人って変装したわたしでは?
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
古代魔法を専門とする魔法研究者のアンヌッカは、家族と研究所を守るために軍人のライオネルと結婚をする。
ライオネルもまた昇進のために結婚をしなければならず、国王からの命令ということもあり結婚を渋々と引き受ける。
しかし、愛のない結婚をした二人は結婚式当日すら顔を合わせることなく、そのまま離れて暮らすこととなった。
ある日、アンヌッカの父が所長を務める魔法研究所に軍から古代文字で書かれた魔導書の解読依頼が届く。
それは禁帯本で持ち出し不可のため、軍施設に研究者を派遣してほしいという依頼だ。
この依頼に対応できるのは研究所のなかでもアンヌッカしかいない。
しかし軍人の妻が軍に派遣されて働くというのは体裁が悪いし何よりも会ったことのない夫が反対するかもしれない。
そう思ったアンヌッカたちは、アンヌッカを親戚の娘のカタリーナとして軍に送り込んだ――。
素性を隠したまま働く妻に、知らぬ間に惹かれていく(恋愛にはぽんこつ)夫とのラブコメディ。

私の、虐げられていた親友の幸せな結婚
オレンジ方解石
ファンタジー
女学院に通う、女学生のイリス。
彼女は、親友のシュゼットがいつも妹に持ち物や見せ場を奪われることに怒りつつも、何もできずに悔しい思いをしていた。
だがある日、シュゼットは名門公爵令息に見初められ、婚約する。
「もう、シュゼットが妹や両親に利用されることはない」
安堵したイリスだが、親友の言葉に違和感が残り…………。

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。

7歳の侯爵夫人
凛江
恋愛
ある日7歳の公爵令嬢コンスタンスが目覚めると、世界は全く変わっていたー。
自分は現在19歳の侯爵夫人で、23歳の夫がいるというのだ。
どうやら彼女は事故に遭って12年分の記憶を失っているらしい。
目覚める前日、たしかに自分は王太子と婚約したはずだった。
王太子妃になるはずだった自分が何故侯爵夫人になっているのかー?
見知らぬ夫に戸惑う妻(中身は幼女)と、突然幼女になってしまった妻に戸惑う夫。
23歳の夫と7歳の妻の奇妙な関係が始まるー。

王女を好きだと思ったら
夏笆(なつは)
恋愛
「王子より王子らしい」と言われる公爵家嫡男、エヴァリスト・デュルフェを婚約者にもつバルゲリー伯爵家長女のピエレット。
デビュタントの折に突撃するようにダンスを申し込まれ、望まれて婚約をしたピエレットだが、ある日ふと気づく。
「エヴァリスト様って、ルシール王女殿下のお話ししかなさらないのでは?」
エヴァリストとルシールはいとこ同士であり、幼い頃より親交があることはピエレットも知っている。
だがしかし度を越している、と、大事にしているぬいぐるみのぴぃちゃんに語りかけるピエレット。
「でもね、ぴぃちゃん。私、エヴァリスト様に恋をしてしまったの。だから、頑張るわね」
ピエレットは、そう言って、胸の前で小さく拳を握り、決意を込めた。
ルシール王女殿下の好きな場所、好きな物、好みの装い。
と多くの場所へピエレットを連れて行き、食べさせ、贈ってくれるエヴァリスト。
「あのね、ぴぃちゃん!エヴァリスト様がね・・・・・!」
そして、ピエレットは今日も、エヴァリストが贈ってくれた特注のぬいぐるみ、孔雀のぴぃちゃんを相手にエヴァリストへの想いを語る。
小説家になろうにも、掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる