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第四章 アメリア その二
帰りの馬車で①
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「…本当に、すまなかった」
帰りの馬車の中で、セドリックは何度も謝罪の言葉を口にしていた。
あの、初夜の晩から数えればもう何度目かわからないくらいのアメリアへの謝罪だ。
「いいえ、もうどうか謝らないでくださいませ、閣下。それに、あんな噂話、私は慣れているんですよ」
謝られる度にアメリアは恐縮し、許しの言葉を口にする。
実際、慣れているのも本当なのだ。
今までの領内散策の折にも、アメリアを公爵夫人だとは夢にも思わない領民たちから、散々悪口は聞いてきたのだから。
自分が良かれと思って連れて行った食堂でアメリアの悪口を聞き、それを庇えなかったことを、セドリックは悔いているのだろう。
そして、この悪評をこれまで放置したことにも、彼は罪悪感を持っているらしい。
しかし、それも全て、彼に真実を伝えていない自分のせいだとアメリアは思っている。
セドリックに秘密を持ったままで、結婚式も、お披露目も、彼の提案を全て拒否してきたのだから。
だから本来責められるべきは自分の方なのだ。
「閣下、私は傷ついていません。だからどうか、気になさらないでください」
そう言って笑って見せると、セドリックはただ何かに耐えるように眉を寄せた。
馬車に乗ってからのアメリアはもうセドリックを『セディ』とは呼んでいない。
『恋人ごっこ』はもう終わったのだから。
馬車の中は、行きの時とは比べ物にならないくらい重い空気が漂っている。
「ところで…、閣下」
そろそろ馬車が公爵邸に着こうかという頃、アメリアは思い切ってセドリックに声をかけた。
今朝からずっと、どうやって切り出そうかと思いあぐねていたのだ。
眉を寄せたまま、セドリックがアメリアを見つめている。
本当はこんな空気の中で切り出したくはなかったのだが、今ここで話さなくてはならないとアメリアは思った。
今のセドリックの様子では、多分邸に着いたらすぐ本邸に戻ってしまうだろうから。
「あの…、以前お渡しした予定表は見ていただいていますか?実は私、今多分…、」
そこまで言うと、アメリアはなんと言って良いかわからず口を噤んだ。
セドリックと寝室を共にした日からすでに一ヶ月近く経つ。
ざっくりとした体調の周期で言えば、今は多分『妊娠しやすい時期』なのではないかと思う。
だからなんとか、アメリアは『自分の義務』を果たしたいと思ったのだ。
しかし、アメリアはまだ十代の少女。
直接的な言葉で誘うことは下品で恥ずかしくもあり、やはり躊躇してしまう。
「予定表…、」
そこまで呟いてセドリックもまた言葉を切った。
アメリアが何を言わんとしているのか、察したのであろう。
「あの…、閣下」
アメリアは覚悟を決めて背筋をスッと伸ばすと、セドリックの目を真っ直ぐに見つめた。
「今夜は、私の部屋へ来ていただけますか?」
「………あ、」
セドリックは思わずといった様子で身を乗り出し、そしてグッと唇を噛んだ。
アメリアに恥ずかしい言葉を言わせてしまった後悔なのかもしれない。
たしかに今のアメリアは顔から火が出るほど恥ずかしい思いでいっぱいだ。
女性側から誘うなどはしたないことではあるが、それでもセドリックさえ諾の返事をくれれば…。
とにかく自分は公爵夫人としてのつとめを果たさなければいけないのだから。
しかしセドリックはジッとアメリアの目を見つめると、静かに首を横に振った。
そして言葉を選ぶように、こう答えた。
「アメリア。私はもう貴女を傷つけたくはない。心が通じ合わないうちに触れ合うべきではないと思うんだ」
「閣下…」
アメリアは失望を隠しもせずにセドリックを見つめた。
何故この人はアメリアの立場を理解してくれないのだろうか。
女性にここまで恥をかかせておいて、何故自分の方が傷ついたような表情を見せるのだろうか。
ありったけの勇気を振り絞って誘ったというのに。
だいたい、『この先貴女を愛することはない』と言い放ったのも、それなのに『後継を生むことは公爵夫人の唯一のつとめ』と告げたのも、全部セドリックの方ではないか。
その言葉が例えあの時誤解や認識の違いの上での発言であっても、言葉の持つ意味は今もそう変わらないだろうに。
(ああ、そうか)
アメリアはある考えに思い至り、頷いた。
そして、セドリックの目を真っ直ぐに見つめた。
「閣下。もしかして、私と結婚したせいで一緒になれなかったお好きな方がいらっしゃるのですか?」
帰りの馬車の中で、セドリックは何度も謝罪の言葉を口にしていた。
あの、初夜の晩から数えればもう何度目かわからないくらいのアメリアへの謝罪だ。
「いいえ、もうどうか謝らないでくださいませ、閣下。それに、あんな噂話、私は慣れているんですよ」
謝られる度にアメリアは恐縮し、許しの言葉を口にする。
実際、慣れているのも本当なのだ。
今までの領内散策の折にも、アメリアを公爵夫人だとは夢にも思わない領民たちから、散々悪口は聞いてきたのだから。
自分が良かれと思って連れて行った食堂でアメリアの悪口を聞き、それを庇えなかったことを、セドリックは悔いているのだろう。
そして、この悪評をこれまで放置したことにも、彼は罪悪感を持っているらしい。
しかし、それも全て、彼に真実を伝えていない自分のせいだとアメリアは思っている。
セドリックに秘密を持ったままで、結婚式も、お披露目も、彼の提案を全て拒否してきたのだから。
だから本来責められるべきは自分の方なのだ。
「閣下、私は傷ついていません。だからどうか、気になさらないでください」
そう言って笑って見せると、セドリックはただ何かに耐えるように眉を寄せた。
馬車に乗ってからのアメリアはもうセドリックを『セディ』とは呼んでいない。
『恋人ごっこ』はもう終わったのだから。
馬車の中は、行きの時とは比べ物にならないくらい重い空気が漂っている。
「ところで…、閣下」
そろそろ馬車が公爵邸に着こうかという頃、アメリアは思い切ってセドリックに声をかけた。
今朝からずっと、どうやって切り出そうかと思いあぐねていたのだ。
眉を寄せたまま、セドリックがアメリアを見つめている。
本当はこんな空気の中で切り出したくはなかったのだが、今ここで話さなくてはならないとアメリアは思った。
今のセドリックの様子では、多分邸に着いたらすぐ本邸に戻ってしまうだろうから。
「あの…、以前お渡しした予定表は見ていただいていますか?実は私、今多分…、」
そこまで言うと、アメリアはなんと言って良いかわからず口を噤んだ。
セドリックと寝室を共にした日からすでに一ヶ月近く経つ。
ざっくりとした体調の周期で言えば、今は多分『妊娠しやすい時期』なのではないかと思う。
だからなんとか、アメリアは『自分の義務』を果たしたいと思ったのだ。
しかし、アメリアはまだ十代の少女。
直接的な言葉で誘うことは下品で恥ずかしくもあり、やはり躊躇してしまう。
「予定表…、」
そこまで呟いてセドリックもまた言葉を切った。
アメリアが何を言わんとしているのか、察したのであろう。
「あの…、閣下」
アメリアは覚悟を決めて背筋をスッと伸ばすと、セドリックの目を真っ直ぐに見つめた。
「今夜は、私の部屋へ来ていただけますか?」
「………あ、」
セドリックは思わずといった様子で身を乗り出し、そしてグッと唇を噛んだ。
アメリアに恥ずかしい言葉を言わせてしまった後悔なのかもしれない。
たしかに今のアメリアは顔から火が出るほど恥ずかしい思いでいっぱいだ。
女性側から誘うなどはしたないことではあるが、それでもセドリックさえ諾の返事をくれれば…。
とにかく自分は公爵夫人としてのつとめを果たさなければいけないのだから。
しかしセドリックはジッとアメリアの目を見つめると、静かに首を横に振った。
そして言葉を選ぶように、こう答えた。
「アメリア。私はもう貴女を傷つけたくはない。心が通じ合わないうちに触れ合うべきではないと思うんだ」
「閣下…」
アメリアは失望を隠しもせずにセドリックを見つめた。
何故この人はアメリアの立場を理解してくれないのだろうか。
女性にここまで恥をかかせておいて、何故自分の方が傷ついたような表情を見せるのだろうか。
ありったけの勇気を振り絞って誘ったというのに。
だいたい、『この先貴女を愛することはない』と言い放ったのも、それなのに『後継を生むことは公爵夫人の唯一のつとめ』と告げたのも、全部セドリックの方ではないか。
その言葉が例えあの時誤解や認識の違いの上での発言であっても、言葉の持つ意味は今もそう変わらないだろうに。
(ああ、そうか)
アメリアはある考えに思い至り、頷いた。
そして、セドリックの目を真っ直ぐに見つめた。
「閣下。もしかして、私と結婚したせいで一緒になれなかったお好きな方がいらっしゃるのですか?」
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