さげわたし

凛江

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閑話

王妃と護衛騎士

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のろのろ更新でごめんなさい。
今回は閑話としてアメリアの母の話です。
よかったらお付き合いください。

◇     ◇     ◇

カルヴァン公爵令嬢グレイスはこの世に生まれ落ちた瞬間から将来王妃になる運命を担っていた。
現王太子より、カルヴァン家に息女が生まれたらすぐに第一王子と婚約をするようにと約束させられていたからである。
ランドル王国建国より一番の忠臣であるカルヴァン公爵家は王家を凌ぐ歴史と財力を有していて、王家にとって、王政を維持する上で必要不可欠な家門なのだ。

長い婚約期間を経て、グレイスは王太子となった第一王子と結婚した。
国中に祝福されたにもかかわらず、だがこの結婚は当初から破綻していた。
王太子にはかなり以前から盲目的に愛する恋人がいて、グレイスと歩み寄ることさえしなかったからだ。
幼い頃から優秀で完璧なグレイスに引け目を感じていた王太子は、運命的に出会った年上の男爵令嬢に癒しを求めたのだ。

王太子は自分が結婚するとすぐ、恋人を形だけ年老いた下級貴族の後妻に添え、城下に住まわせていた。
そして義務のように妻との間に王子を一人もうけると、その後は妻に見向きもせずに恋人のもとに通い続けたのである。

王太子夫妻の間に生まれたクラーク王子は、暗愚な父ではなく、見た目も賢さも母に似た。
そんな息子を厭わしく思ったのか、王太子は余計に妻子を放置した。

やがて王太子は国王に即位し、グレイスは王妃となったが、二人の夫婦仲は全く変わらなかった。
最初から夫に愛も尊敬も感じていなかったグレイスもまた、夫には全く期待せず、自分自身が王妃として立派に役割を果たすこと、そしてクラーク王子を立派な国王に育て上げることのみに心血を注いでいた。

そして、愛娘にそんな悲しい結婚を強いてしまったカルヴァン公爵もまた、娘の為にランドル王国に尽くしていた。

グレイスは完璧な王妃だった。
その優秀さに重臣たちは毎回王妃に国政への意見を求めていた。
国民も、美しく慈悲深い王妃を皆絶賛していた。

だが、グレイスは知っていた。
その賛辞の中に、蔑みや嘲笑が含まれていることを。
皆、夫に振り向いてもらえない王妃を『かわいそう』だと思っているのだ。
また、王妃という立場を羨む令嬢たちにとっては、『でも、私の方が幸せ』と愛されない王妃を見下す材料にもなる。

それでも、グレイスは毅然と背筋を伸ばし、真っ直ぐ前を見て、凛として立っていた。
クラークのために、ランドル王国のために、俯いている暇はなかったのである。

そんな同情と嘲笑の中、グレイスはそのどちらでもない瞳を見つけていた。
成婚時に王家から付けられた護衛騎士の一人、ルイドの瞳だ。

グレイスの親兄弟も、カルヴァン家から付いてきてくれた乳母や侍女でさえもグレイスを『かわいそう』な目で見ているのに、彼の目はそれらとは全く違って見えた。
その目には純粋な憧れと、尊敬と、心からの忠誠が伺えた。

大柄で鍛え上げた体躯の騎士で、顔だって決して優男なわけではないのに、優しく、あたたかく、尖った気持ちを包み込むような彼の瞳。
グレイスは一瞬でその瞳に惹かれた。

その後、ルイドはいつだってグレイスの側にいた。
決して他の護衛騎士たちから逸脱した行為をしたことなどないし、グレイスも彼を特別扱いなどしたことはない。

でも、常に気持ちが通じ合っているのは感じていた。
決して言葉にも態度にも出さないが、ルイドの気持ちはおそらくグレイスと同じ類いのものだと、彼の瞳が告げている。
しかし、この恋心は墓場まで持っていかなければならない。
決して、誰にも悟られてはならないのだ。

やがて元々病弱だった国王が病に伏し、後継者問題が起きた。
王太子クラークはまだ十二歳になったばかりで、このまま国王の座に着けるよりは中継ぎに王弟を、という意見が出始めたのだ。

王弟は三人おり、それぞれを推す家門同士でも諍いが起き始め、グレイスは頭を痛めた。
すでに重篤に陥っている国王はいつ息をひきとるかわからない。
それまでに、クラーク派をしっかり固めなくてはならないのだ。

グレイスは現宰相である父カルヴァン公爵、そして長兄カルヴァン小公爵と共に王太子クラークの正当性と、幼くとも優秀である彼なら立派に王位を継げると証明し続けた。

やがて夫は、結局最期までグレイスに寄り添うこともなく死んだ。
そして国王が崩御した後、グレイスの願いが叶い、即位したのはクラークだった。

愛息の晴れ姿を見たグレイスは、心から安堵し、ようやく肩の荷が下りるのを感じた。
やっと、息子を王位に即けるため活動していた強い母親からも、夫から顧みられない可哀想な王妃からも解放されるのだから。

クラーク王の即位式を見届けたグレイスは、父と兄に後見を託して政治からは一線引くことにし、宮殿内の離れに移った。
元々グレイスは、女性が政治に口を挟むべきではないと思っているような古風な女性だったのだ。
政治に関わり、後継者問題に巻き込まれたのも全てクラークのためであり、無能な夫のせいだ。

その間、護衛騎士ルイドはいつだって変わらずそこにいてくれた。
彼は後継者問題にも政治的な話にも全く関わらず、ただ、いつだって身を呈して、グレイスを、そしてクラークを守ってくれた。
成婚以来護衛騎士たちが入れ変わっても、ルイドだけは筆頭護衛騎士としてずっと側に居続けた。
忠実に、王妃に指先一つ触れもせずに。

離れに移った夜、グレイスは長年護衛の任にあたってくれた感謝の気持ちを伝え、クラークの即位を一緒に祝いたいとルイドを誘った。
最初ルイドは恐縮していたが、もう王妃という鎖から解放されたグレイスの気持ちは晴れやかだった。

もちろん二人が向かい合って盃を傾けるなど初めてのことである。
グレイスは侍女を下げたが、別に他意があったわけではない。
ただ、本当にルイドと向き合って、感謝の気持ちを、自分の言葉で伝えたかったのだ。

「手を見せて、ルイド」
開放感から少々酒の進んだグレイスは、少女のようにルイドに手を見せてくれるようねだった。
長年、自分を守ってくれた手を。

そして、初めて彼の手に触れた。
それは、遠い昔に父が頭を撫でてくれた手とも、忘れるくらい前に触れた夫の手とも違っていた。
硬くて、ゴツゴツしていて、でもー。

「あたたかいー」
グレイスはその手に頬を寄せた。
色々な問題から解放された今はただ、この優しい手に包まれていたかったのだ。
そこには、『かわいそうな王妃』も、それを黙って見守る騎士の姿もなかった。

その夜、ランドル王国の王都に初雪が降った。

雪は降り積もっていく。
深く、深くー。
まるで、二人の罪を覆い隠すかのようにー。


◇     ◇     ◇

突っ込みどころ満載だったと思いますが、どうかご容赦を!
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