さげわたし

凛江

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第四章 アメリア その二

四度目のデート①

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(嘘でしょ?あれでバレないと思っているのかしら)

下士官の軍服姿で部屋に迎えに来たセドリックを見た時、アメリアは目を丸くした。
そして正直、彼と一緒に街に出かけるのは嫌だと思った。
だって髪の色や服装を変えたって、彼の放つ貴公子オーラは光を失ってはいないのだから。

今日はアメリアを領都に案内したいと、セドリックは言った。
領民に身分を知られたくないアメリアのために変装までして。

しかし、背が高く体格も良いセドリックはそこにいるだけでもやたらと目立つ。
戦の時などは先頭に立って自らが旗印になるという話だし、王都の凱旋式では貴族令嬢や市民まで騒ぐほど見目も良い。
いくら髪の色や眼鏡でごまかしても、彼を見慣れ、また領主様を大好きな領民たちの目を欺けると思っているのだろうか。

そして…、結局彼が領主だとばれてしまった時、領民たちはアメリアをどう思うだろう。
領主と一緒にいるアメリアもまた、領主夫人だとバレ、今度は騙したなどと言われてしまうのではないだろうか。

(でも…、今更行きたくないなんて言えない)
だってセドリックが変装するのはアメリアのわがままのせいなのだ。
アメリアが、公爵夫人としてのお披露目を拒んだから。
その気持ちを汲んでくれているとわかっているのに、今更やめたいなどとは言えない。

馬で湖に出かけて以来、セドリックは度々アメリアを外出に誘ってくる。
おそらく、セドリックなりに歩み寄ろうとしてくれているのだろう。
しばらく触れないなどと言っていたが、後継を産んでもらう都合上、いつまでもアメリアと疎遠でいるわけにもいかないのだろうから。

考えてみれば、アメリアが処女だったとわかった途端、セドリックの態度が大きく変わったように思う。
余程、アメリアを憐れに思ったのだろう。

アメリアを迎えに来たセドリックはなんだか楽しそうだった。
思えば、ここ何度か外に連れ出してくれるセドリックはいつもどこか楽しげだ。

それに行き先や行動についても、アメリアの気持ちに沿おうとしてくれているのはわかっている。

元々乗馬は得意だったし馬も好きだったから、白馬のプレゼントだって本当に嬉しかった。
乗馬訓練に付き合ってくれた時も彼は優しかったし、それに、きちんと護衛騎士を連れて行くなら、昼間領内を散策する時も馬を使っていいと言ってくれた。
乗馬の訓練中や晩餐のエスコートの時にも、指先や肩先が触れないよう細心の注意を払ってくれていることにも気付いている。
まだ少しだけ、強張ってしまうアメリアのために。

湖畔の別邸に連れて行ってくれた時も、釣りに興じるアメリアに引かずに根気よく付き合ってくれた。
つい楽しくて夢中になってしまったけれど、後から思えば、彼は決して釣りをするためにあの別邸に誘ったわけではないだろう。

あの日以来セドリックも離れで寝泊まりするようになったが、思いの外穏やかな日が続いている。
朝は一緒に馬場へ行って乗馬を楽しみ、先日は早起きして日の出を見に連れて行ってくれた。

朝晩の食事は、一緒に会話を楽しみながら、和やかな雰囲気の中でとっている。
彼はアメリアが昼間何をし、どんなことに興味を持ち、どんな人たちと会ったのか聞いてくる。
そこには監視だとか管理しようとかの意図はなさそうで、ただ楽しそうに聞いてくれるのだ。

彼は、アメリアの気持ちを尊重し、必要以上に踏み込んでくるのをやめたのだろう。
だからもう、結婚式を挙げようとか、領民にお披露目しようとか、そういうことは一切言わなくなった。
申し訳ないとは思うけど、やはりホッとする自分もいた。
せっかく仲良くなった領民たちに、自分があの悪評ある『王家の養女』だとバレてしまうのが怖かったのだ。

街へ向かう馬車の中では、思った以上に会話が弾んだ。
アメリアも饒舌な方ではないが、セドリックも決して口数が多い人間ではないと思う。
それなのに気付けば愛称呼びや敬語禁止を約束させられ、不出来な刺繍のハンカチも取られてしまった。

そんなセドリックを見れば、彼が本気でアメリアと歩み寄ろうとしているのは手に取るようにわかる。
愛人説が覆ったことをきっかけに、アメリアを王家から迎えた妻として、尊重しようとしてくれているのだろう。



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