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第三章 セドリック その二
離れの居間で②
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翌日、セドリックは前日と同じように、晩餐には少し早い時間に離れを訪れた。
セドリック自身気が重いしアメリアも自分に会いたくないだろうが、それでも、時間をおいてしまっては益々すれ違いが大きくなるばかりだと思ったのだ。
今日は先触れを出していたためか、アメリアは昨日のように慌てたりせず、セドリックの分のお茶も準備して、居間で彼を待っていた。
格好も、シンプルではあるが晩餐用のドレスに着替えている。
そしてセドリックが居間に入って行くと、アメリアは立ったまま丁寧に頭を下げた。
「閣下、昨日は取り乱してしまって申し訳ありませんでした」
「いや、顔を上げてください。それに、謝るのは私の方です」
「そんな…」
そう言って顔を上げたアメリアの目は不安気だった。
セドリックが昨日の話の続きをしに来たのだと、身構えていたのだろう。
「…結婚式の件は保留にします。だから、そんな顔をしないでください」
セドリックは申し訳なさそうにそう言うと、アメリアにソファに座るよう促した。
明らかに安堵した様子の彼女に、思わず苦笑する。
彼女の護衛騎士たちに聞いたところ、領民たちはアメリアを『お嬢さん』と呼び、『公爵家に行儀見習いにきた下級貴族の娘』くらいに思っているらしい。
気さくに声をかけ、採れたての野菜などお裾分けする様はたいそう微笑ましいとも聞く。
そんな穏やかな、彼女が大切にしていた日常さえも、自分は取り上げようとしていたのだ。
悉く空回りして、本当に情け無いばかりだと思う。
そんな反省中のセドリックをよそに、アメリアは窓の外を見ながらふっと表情を緩めた。
「良かったです…。農家の子どもたちとお祭に行く約束をしていたので。私の素性がわかれば、約束を果たせないところでした」
「祭…?ですか?」
「ええ。花火が上がるのでしょう?時々一緒に遊んでいた子どもたちに誘われましたの」
「ああ…」
国境に接し時々戦火に巻き込まれるサラトガ領では、毎年夏に、戦死者の鎮魂のための花火を打ち上げる。
それを、子どもたちは祭と呼んでいるのだ。
その日は領主であるセドリックは昼間に戦没者慰霊式典に参加し、夜は騎士団の者たちと共に花火を見るのが恒例となっている。
本来なら慰霊式典には公爵夫人であるアメリアも伴うのが当然なのだろうが、お披露目もしていない、しかも嫌われ者のアメリアを伴うのはかえって遺族の感情を逆撫ですると、部下たちに反対された。
だからせめて花火だけでも一緒に見られたらいいと思ったのだが、また一歩出遅れたようだ。
だが残念ではあるが、多分彼女は自分と見るより子どもたちと見る方が楽しいのだろう。
(仕方がない、今年は諦めるか)
「では、来年の花火は私と一緒に見ていただけますか?」
「来年ですか?」
セドリックにそう言われたアメリアは目を丸くした。
そして、そっと自分のお腹に手を当てて小さく笑った。
「その頃は、赤ちゃんがいるといいですね」
そう言って。
その横顔を見つめながら、セドリックはまた複雑な思いに駆られていた。
セドリック自身気が重いしアメリアも自分に会いたくないだろうが、それでも、時間をおいてしまっては益々すれ違いが大きくなるばかりだと思ったのだ。
今日は先触れを出していたためか、アメリアは昨日のように慌てたりせず、セドリックの分のお茶も準備して、居間で彼を待っていた。
格好も、シンプルではあるが晩餐用のドレスに着替えている。
そしてセドリックが居間に入って行くと、アメリアは立ったまま丁寧に頭を下げた。
「閣下、昨日は取り乱してしまって申し訳ありませんでした」
「いや、顔を上げてください。それに、謝るのは私の方です」
「そんな…」
そう言って顔を上げたアメリアの目は不安気だった。
セドリックが昨日の話の続きをしに来たのだと、身構えていたのだろう。
「…結婚式の件は保留にします。だから、そんな顔をしないでください」
セドリックは申し訳なさそうにそう言うと、アメリアにソファに座るよう促した。
明らかに安堵した様子の彼女に、思わず苦笑する。
彼女の護衛騎士たちに聞いたところ、領民たちはアメリアを『お嬢さん』と呼び、『公爵家に行儀見習いにきた下級貴族の娘』くらいに思っているらしい。
気さくに声をかけ、採れたての野菜などお裾分けする様はたいそう微笑ましいとも聞く。
そんな穏やかな、彼女が大切にしていた日常さえも、自分は取り上げようとしていたのだ。
悉く空回りして、本当に情け無いばかりだと思う。
そんな反省中のセドリックをよそに、アメリアは窓の外を見ながらふっと表情を緩めた。
「良かったです…。農家の子どもたちとお祭に行く約束をしていたので。私の素性がわかれば、約束を果たせないところでした」
「祭…?ですか?」
「ええ。花火が上がるのでしょう?時々一緒に遊んでいた子どもたちに誘われましたの」
「ああ…」
国境に接し時々戦火に巻き込まれるサラトガ領では、毎年夏に、戦死者の鎮魂のための花火を打ち上げる。
それを、子どもたちは祭と呼んでいるのだ。
その日は領主であるセドリックは昼間に戦没者慰霊式典に参加し、夜は騎士団の者たちと共に花火を見るのが恒例となっている。
本来なら慰霊式典には公爵夫人であるアメリアも伴うのが当然なのだろうが、お披露目もしていない、しかも嫌われ者のアメリアを伴うのはかえって遺族の感情を逆撫ですると、部下たちに反対された。
だからせめて花火だけでも一緒に見られたらいいと思ったのだが、また一歩出遅れたようだ。
だが残念ではあるが、多分彼女は自分と見るより子どもたちと見る方が楽しいのだろう。
(仕方がない、今年は諦めるか)
「では、来年の花火は私と一緒に見ていただけますか?」
「来年ですか?」
セドリックにそう言われたアメリアは目を丸くした。
そして、そっと自分のお腹に手を当てて小さく笑った。
「その頃は、赤ちゃんがいるといいですね」
そう言って。
その横顔を見つめながら、セドリックはまた複雑な思いに駆られていた。
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