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第三章 セドリック その二
離れの居間で
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珍しくまだ空が明るいうちに仕事を終わらせたセドリックは、晩餐より早めの時間に離れを訪れた。
手には、アメリアから渡された『予定表』なるものがある。
効率良く『公爵夫人としてのつとめ』を果たすためにとアメリア自身が作成した『予定表』だ。
セドリックはそれを握りしめると、唇を噛んだ。
こんなものを用意しようと思うほど彼女の心を追い込んだのは他ならぬ自分である。
今限りない後悔がセドリックの頭を支配しているが、しかしそればかりに囚われていてはいけないこともわかっている。
ーー私も貴方のことを愛さないとお誓いしますーー
昨夜、アメリアが放った言葉。
かつて自分が放った言葉がそのまま跳ね返ってきたものだ。
アメリアが意趣返しなどではなく本気でそう思っているのだということは、彼女の様子を見れば明らかだった。
夫婦としての愛情を育むことを諦め、己の仕事を忠実に熟すという決意を表した、悲しい言葉だ。
だがたしかに、彼女が噂のような女ではないと知った途端謝罪し、手のひらを返すような態度を取ったのだから、信用してもらえないのは当然だろう。
自分たちには圧倒的に言葉が足りていないと思う。
まずはもっと話をして、解り合えるようつとめなければならない。
先触れもなく早い時間に訪れたせいで、アメリアはまだ寛いでいたようだ。
突然離れの居間に入ってきたセドリックの姿を見て驚いたアメリアは着替えるために自室に戻ろうとしたが、セドリックはそれを止めた。
「どうか、そのままで。よかったら、このまま晩餐の時間までお茶の相手をしてくれませんか?」
「お茶…、ですか?」
「その…、今貴女が飲んでいるものを、私にもいただけませんか?」
セドリックはそう言うとテーブルの上の茶器を指した。
「…わかりました。でも…、閣下のお口に合うかどうか…。それに、申し訳ありません、この様な格好で」
いわゆる部屋着なのだろうが、彼女は紺一色の地味なワンピースを着ていた。
シンプルではあるが、彼女の清楚な雰囲気に良く合い、かえって可憐さを際立たせている。
「気遣いは無用です。私が早く来すぎてしまったのだから」
セドリックはそう言って微笑むと、アメリアの向かい側のソファに腰を下ろした。
それを見たアメリアは諦めたようにハンナにカップを持って来るよう頼み、そして、手に持っていた何かを自分の脇に置いた。
見れば、彼女は何か手芸をしている最中だったらしい。
「すみません、邪魔をする気はなかったのですが…、どうぞ、続けてください」
セドリックは少しばつが悪そうに謝った。
彼女と早く話がしたくて来てしまったのだが、思えばそれも自分勝手な振る舞いだった。
「私は思ったらすぐ動いてしまう性質で…。本当に申し訳ない」
「いいえ、私も一休みしようと思っていたところですから」
「それは…、刺繍ですか?」
「え?ええ」
手芸など詳しくないセドリックではあるが、それが刺繍道具だということはわかった。
「見せていただいても?」
彼女が何に何の刺繍をしているのか興味があったのだが、アメリアは「いいえ」と言ってそれを隠してしまった。
「…見せていただけないのですか?」
「…閣下にお見せするようなものではありませんので」
「…そうですか」
それ以上無理に見せて欲しいと言うわけにもいかず、セドリックは刺繍を見るのは諦めた。
手には、アメリアから渡された『予定表』なるものがある。
効率良く『公爵夫人としてのつとめ』を果たすためにとアメリア自身が作成した『予定表』だ。
セドリックはそれを握りしめると、唇を噛んだ。
こんなものを用意しようと思うほど彼女の心を追い込んだのは他ならぬ自分である。
今限りない後悔がセドリックの頭を支配しているが、しかしそればかりに囚われていてはいけないこともわかっている。
ーー私も貴方のことを愛さないとお誓いしますーー
昨夜、アメリアが放った言葉。
かつて自分が放った言葉がそのまま跳ね返ってきたものだ。
アメリアが意趣返しなどではなく本気でそう思っているのだということは、彼女の様子を見れば明らかだった。
夫婦としての愛情を育むことを諦め、己の仕事を忠実に熟すという決意を表した、悲しい言葉だ。
だがたしかに、彼女が噂のような女ではないと知った途端謝罪し、手のひらを返すような態度を取ったのだから、信用してもらえないのは当然だろう。
自分たちには圧倒的に言葉が足りていないと思う。
まずはもっと話をして、解り合えるようつとめなければならない。
先触れもなく早い時間に訪れたせいで、アメリアはまだ寛いでいたようだ。
突然離れの居間に入ってきたセドリックの姿を見て驚いたアメリアは着替えるために自室に戻ろうとしたが、セドリックはそれを止めた。
「どうか、そのままで。よかったら、このまま晩餐の時間までお茶の相手をしてくれませんか?」
「お茶…、ですか?」
「その…、今貴女が飲んでいるものを、私にもいただけませんか?」
セドリックはそう言うとテーブルの上の茶器を指した。
「…わかりました。でも…、閣下のお口に合うかどうか…。それに、申し訳ありません、この様な格好で」
いわゆる部屋着なのだろうが、彼女は紺一色の地味なワンピースを着ていた。
シンプルではあるが、彼女の清楚な雰囲気に良く合い、かえって可憐さを際立たせている。
「気遣いは無用です。私が早く来すぎてしまったのだから」
セドリックはそう言って微笑むと、アメリアの向かい側のソファに腰を下ろした。
それを見たアメリアは諦めたようにハンナにカップを持って来るよう頼み、そして、手に持っていた何かを自分の脇に置いた。
見れば、彼女は何か手芸をしている最中だったらしい。
「すみません、邪魔をする気はなかったのですが…、どうぞ、続けてください」
セドリックは少しばつが悪そうに謝った。
彼女と早く話がしたくて来てしまったのだが、思えばそれも自分勝手な振る舞いだった。
「私は思ったらすぐ動いてしまう性質で…。本当に申し訳ない」
「いいえ、私も一休みしようと思っていたところですから」
「それは…、刺繍ですか?」
「え?ええ」
手芸など詳しくないセドリックではあるが、それが刺繍道具だということはわかった。
「見せていただいても?」
彼女が何に何の刺繍をしているのか興味があったのだが、アメリアは「いいえ」と言ってそれを隠してしまった。
「…見せていただけないのですか?」
「…閣下にお見せするようなものではありませんので」
「…そうですか」
それ以上無理に見せて欲しいと言うわけにもいかず、セドリックは刺繍を見るのは諦めた。
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