さげわたし

凛江

文字の大きさ
上 下
31 / 101
第二章 アメリア

三度目の晩餐②

しおりを挟む
晩餐が始まり、アメリアは黙々と目の前の料理を食べ続けた。
今日の料理にもアメリアが育てた野菜が使われていて、先程まで調理も手伝ってきた。

食事に夢中なっていたアメリアだが、ふと視線に気づき、顔を上げた。
見れば、セドリックが黙ってアメリアを見ている。
しかも食事にはあまり手をつけていなさそうだ。

「お口に合いませんか?」
アメリアがたずねると、セドリックは「いや」と言って一瞬視線を外しはするが、やはりすぐにまた見つめてくる。
正直、食べているところをジッと見られるのは居心地が悪い。
アメリアはそっとフォークを置くと、口を拭った。
そこでセドリックも自分の不躾な視線にやっと気づいたのだろう。
「いや、すまない」と小さく謝ると、やっと料理を食べ始めた。

セドリックはそら豆を口に入れると、「これも貴女が?」とアメリアに聞いてきた。
「ええ。それは今朝収穫しました」
「これは、そら豆ですよね?」
「ええ。そら豆は面白いのですよ?本当に空に向かって生えるのですから」
「そうしたら収穫するのですか?」
「いいえ。そのうちお辞儀するので、そうしたら摘むのです」
「そら豆が、お辞儀を?」
「ええ、お辞儀です」
得意げに話すアメリアを、セドリックは眩しげに見つめる。
しかしアメリアがその眩しげな視線に気づくことはなかった。

晩餐を終えると、セドリックはテーブルを回ってきてアメリアの椅子を引いた。
そして、アメリアに手を差し出してくる。
どうやらエスコートしようとしているようだが、突然紳士的な態度を取り出したセドリックに、アメリアは不審な目を向けた。
そして、手を出すのを躊躇し、目の前に差し出された彼の大きな手を見つめた。
そんなアメリアに、セドリックは手を取ろうとさらに自分の手を差し伸べた。
触れられそうになったアメリアの手が、びくりと震える。

ーパシンー!
乾いた音が響いて、セドリックの手が振り払われた。
いや、厳密に言うと振り払われたわけではなく、アメリアが手を引いたために当たって鳴った小さな音だ。
(昨夜、この手に)
そう思い出したらわけもなく怖くなったのだ。

「ごめんなさい」
怯えた顔のアメリアを見て、セドリックは酷く傷ついた顔をした。
怒るならともかく何故彼がこんな顔をするのか、アメリアにはわからなかった。

結局アメリアには触れないまま、セドリックはアメリアを部屋の前まで送ってくれた。
(もしかして、今夜も来るのだろうか)
伺うように見上げるアメリアに、セドリックは苦笑する。

「安心してください。今夜はこのまま本邸に戻ります。その…、私は貴女を怖がらせてしまいました。しばらくは貴女に触れないと約束しましょう」
セドリックの言葉に、アメリアはホッとした。
『妻のつとめ』と頭ではわかっているし、セドリックに対して怯えた態度をとりたくもない。
だがやっぱりまだ体は痛いし、今日は正直無理だと思う。
ただ…。

「しばらくというのは、具体的にいつですか?」
という言葉が、アメリアは気になった。
「いつ…、というのは?」
「閣下が次に私の寝室においでになる日ですわ」
アメリアは真顔でセドリックを見上げた。
「私は公爵家に嫁いだ身。必要以上のお気遣いは無用ですわ、閣下」

セドリックは驚いた顔で絶句した。
まるでアメリアの方から誘うような台詞だったからだろう。
だがそんなセドリックには構わず、アメリアは後ろに控えていたハンナに「ハンナ、あれを」と手を差し出した。
ハンナから手紙のようなものを受け取ると、それをセドリックに渡してくる。

「…これは?」
訝しげに手紙を見つめるセドリックに、アメリアは少し恥ずかしそうに目を泳がせた。
「あの、差し出がましいとは思うのですが、いちおう予定表を作ったんです」
「…予定表?」
「はい。私の、その…、月のものの期間や、もしかしたら『赤ちゃんができやすい日』も書き込んでおきました。閣下が寝室をおたずねくださっても無駄足になるかもしれないと思って…」
「……は?」
セドリックは今度こそ口をぽかんと開けた。
とても、戦場では鬼神とさえ呼ばれる彼のあり得ない顔だ。

「待ってください、アメリア」
セドリックは見るからに動揺したようにアメリアの手を掴もうとした。
しかしその手はまたしても空を切る。
これほど、触れられるのも怖がるくせにとんでもないことを言うアメリアに、セドリックはどうしたらいいかわからないというような顔をした。


※次章は再びセドリックのターンになります。

しおりを挟む
感想 147

あなたにおすすめの小説

7年ぶりに帰国した美貌の年下婚約者は年上婚約者を溺愛したい。

なーさ
恋愛
7年前に隣国との交換留学に行った6歳下の婚約者ラドルフ。その婚約者で王城で侍女をしながら領地の運営もする貧乏令嬢ジューン。 7年ぶりにラドルフが帰国するがジューンは現れない。それもそのはず2年前にラドルフとジューンは婚約破棄しているからだ。そのことを知らないラドルフはジューンの家を訪ねる。しかしジューンはいない。後日王城で会った二人だったがラドルフは再会を喜ぶもジューンは喜べない。なぜなら王妃にラドルフと話すなと言われているからだ。わざと突き放すような言い方をしてその場を去ったジューン。そしてラドルフは7年ぶりに帰った実家で婚約破棄したことを知る。  溺愛したい美貌の年下騎士と弟としか見ていない年上令嬢。二人のじれじれラブストーリー!

【完結】幼い頃から婚約を誓っていた伯爵に婚約破棄されましたが、数年後に驚くべき事実が発覚したので会いに行こうと思います

菊池 快晴
恋愛
令嬢メアリーは、幼い頃から将来を誓い合ったゼイン伯爵に婚約破棄される。 その隣には見知らぬ女性が立っていた。 二人は傍から見ても仲睦まじいカップルだった。 両家の挨拶を終えて、幸せな結婚前パーティで、その出来事は起こった。 メアリーは彼との出会いを思い返しながら打ちひしがれる。 数年後、心の傷がようやく癒えた頃、メアリーの前に、謎の女性が現れる。 彼女の口から発せられた言葉は、ゼインのとんでもない事実だった――。 ※ハッピーエンド&純愛 他サイトでも掲載しております。

声を取り戻した金糸雀は空の青を知る

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「大切なご令嬢なので、心して接するように」 7年ぶりに王宮へ呼ばれ、近衛隊長からそう耳打ちされた私、エスファニア。 国王陛下が自ら王宮に招いたご令嬢リュエンシーナ様との日々が始まりました。 ですが、それは私に思ってもみなかった変化を起こすのです。 こちらのお話には同じ主人公の作品 「恋だの愛だのそんなものは幻だよ〜やさぐれ女騎士の結婚※一話追加」があります。 (本作より数年前のお話になります) もちろん両方お読みいただければ嬉しいですが、話はそれぞれ完結しておりますので、 本作のみでもお読みいただけます。 ※この小説は小説家になろうさんでも公開中です。 初投稿です。拙い作品ですが、空よりも広い心でお読みいただけると幸いです。

公爵様のバッドエンドを回避したいだけだったのに、なぜか溺愛されています

六花心碧
恋愛
お気に入り小説の世界で名前すら出てこないモブキャラに転生してしまった! 『推しのバッドエンドを阻止したい』 そう思っただけなのに、悪女からは脅されるし、小説の展開はどんどん変わっていっちゃうし……。 推しキャラである公爵様の反逆を防いで、見事バッドエンドを回避できるのか……?! ゆるくて、甘くて、ふわっとした溺愛ストーリーです➴⡱ (外部URLで登録していたものを改めて登録しました! ◇他サイト様でも公開中です)

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

余命3ヶ月を言われたので静かに余生を送ろうと思ったのですが…大好きな殿下に溺愛されました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のセイラは、ずっと孤独の中生きてきた。自分に興味のない父や婚約者で王太子のロイド。 特に王宮での居場所はなく、教育係には嫌味を言われ、王宮使用人たちからは、心無い噂を流される始末。さらに婚約者のロイドの傍には、美しくて人当たりの良い侯爵令嬢のミーアがいた。 ロイドを愛していたセイラは、辛くて苦しくて、胸が張り裂けそうになるのを必死に耐えていたのだ。 毎日息苦しい生活を強いられているせいか、最近ずっと調子が悪い。でもそれはきっと、気のせいだろう、そう思っていたセイラだが、ある日吐血してしまう。 診察の結果、母と同じ不治の病に掛かっており、余命3ヶ月と宣言されてしまったのだ。 もう残りわずかしか生きられないのなら、愛するロイドを解放してあげよう。そして自分は、屋敷でひっそりと最期を迎えよう。そう考えていたセイラ。 一方セイラが余命宣告を受けた事を知ったロイドは… ※両想いなのにすれ違っていた2人が、幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いいたします。 他サイトでも同時投稿中です。

ひとりぼっち令嬢は正しく生きたい~婚約者様、その罪悪感は不要です~

参谷しのぶ
恋愛
十七歳の伯爵令嬢アイシアと、公爵令息で王女の護衛官でもある十九歳のランダルが婚約したのは三年前。月に一度のお茶会は婚約時に交わされた約束事だが、ランダルはエイドリアナ王女の護衛という仕事が忙しいらしく、ドタキャンや遅刻や途中退席は数知れず。先代国王の娘であるエイドリアナ王女は、現国王夫妻から虐げられているらしい。 二人が久しぶりにまともに顔を合わせたお茶会で、ランダルの口から出た言葉は「誰よりも大切なエイドリアナ王女の、十七歳のデビュタントのために君の宝石を貸してほしい」で──。 アイシアはじっとランダル様を見つめる。 「忘れていらっしゃるようなので申し上げますけれど」 「何だ?」 「私も、エイドリアナ王女殿下と同じ十七歳なんです」 「は?」 「ですから、私もデビュタントなんです。フォレット伯爵家のジュエリーセットをお貸しすることは構わないにしても、大舞踏会でランダル様がエスコートしてくださらないと私、ひとりぼっちなんですけど」 婚約者にデビュタントのエスコートをしてもらえないという辛すぎる現実。 傷ついたアイシアは『ランダルと婚約した理由』を思い出した。三年前に両親と弟がいっぺんに亡くなり唯一の相続人となった自分が、国中の『ろくでなし』からロックオンされたことを。領民のことを思えばランダルが一番マシだったことを。 「婚約者として正しく扱ってほしいなんて、欲張りになっていた自分が恥ずかしい!」 初心に返ったアイシアは、立派にひとりぼっちのデビュタントを乗り切ろうと心に誓う。それどころか、エイドリアナ王女のデビュタントを成功させるため、全力でランダルを支援し始めて──。 (あれ? ランダル様が罪悪感に駆られているように見えるのは、私の気のせいよね?) ★小説家になろう様にも投稿しました★

7歳の侯爵夫人

凛江
恋愛
ある日7歳の公爵令嬢コンスタンスが目覚めると、世界は全く変わっていたー。 自分は現在19歳の侯爵夫人で、23歳の夫がいるというのだ。 どうやら彼女は事故に遭って12年分の記憶を失っているらしい。 目覚める前日、たしかに自分は王太子と婚約したはずだった。 王太子妃になるはずだった自分が何故侯爵夫人になっているのかー? 見知らぬ夫に戸惑う妻(中身は幼女)と、突然幼女になってしまった妻に戸惑う夫。 23歳の夫と7歳の妻の奇妙な関係が始まるー。

処理中です...