さげわたし

凛江

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第二章 アメリア

下げ渡し

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サラトガ公爵軍がソルベンティア軍を追い払い、ランドル王国の王都は戦勝に沸き立った。
アメリアも、勝利とサラトガ公爵の無事をひっそりと祝った。
しかしサラトガ公爵が王都に凱旋した時、アメリアは兄から思わぬ言葉を告げられた。
アメリアに、サラトガ公爵に嫁がないかというのだ。

それを聞いた時、アメリアは驚きで言葉を失った。
王室に三年もいれば、王家の養女としての自分の立場や役割もわかってくる。
自分が周りにどんな風に見られているかも理解していたし、本当はどうすれば役に立てるのかということも考えていた。
だから、政略結婚の道具になれるならそれが一番いいとも思っていた。
本当の自分の希望は修道院行きだが、例え今回の戦の終結のために隣国ソルベンティアに嫁がされるようなことになっても、それで平和が保たれるならいいとさえ思っていたのだ。
しかし、婚姻相手は自国の英雄、しかも仄かに憧れていたサラトガ公爵だという。

実はクラーク王は、アメリアがセドリックに密かに憧れているのを知っていた。
アメリアはそんな話をしたことはなかったのだが、会話の端々で、王妃が気づいたらしい。
七年前の祝勝パーティでセドリックに花束を渡した話、そして二年前に彼が公爵家を継ぐ報告で王都に来た時、会えなくて残念だったという話。
それらの話をするアメリアの様子から、王妃は推察したのだろう。

それを告げられた時、アメリアは正直喜びより戸惑いの方が大きかった。
こんな、今や王家の醜聞の種になっている自分があの英雄に嫁いでいいのかと。
彼にとってみれば、褒賞でもなんでもない、かえってお荷物ではないのかと。

だが一方で、兄の想いも嬉しく思った。
兄はアメリアの幸せを願ってくれているのだ。
それに、今醜聞の種の自分が王都を離れるのは王家にとって良いことだとも思った。
それに…、密かに憧れていたセドリックの花嫁になれるのは、やはり嬉しい。
セドリックが王命でアメリアを迎えるのは承知しているが、それでも、僅かに期待してしまう。
彼の目に、少しでも映してもらえるのかと。

一方クラーク王は、自分の浅はかな選択で可愛い妹を悪い噂に晒したことをずっと不甲斐なく思っていた。
このまま王宮にとどめておくのは醜聞を広げるばかりだが、だからといって修道院にやるのは言語道断だ。
この上はなんとしても、アメリアを世界一幸せにしてくれる素晴らしい男を探さねばと躍起になっていた。

そして、そこに現れたのが国の英雄セドリックだ。
武勇に恵まれ、人の上に立つカリスマ性を持ち。
戦では鬼神に例えられるほど武の人でありながら、領地経営の手腕もなかなかだと聞く。
背も高く見目も良く、剛毅ながら下の者を思いやる優しさもある。
そしてまだ二十四歳と若く、しかも独身だ。
そして何より、兄として非常に複雑ではあるが可愛いアメリアの初恋相手だと聞く。

それに結婚すればサラトガ公爵の領地へ赴くのだろうが、醜聞に晒されているアメリアを思えば王都を離れた方がいいのだろう。
アメリアと離れるのは寂しいが、彼女の幸せのためなら我慢しなければなるまい。

クラーク王は何度かセドリック自身に会ったことがあるが、誠実で清廉潔白な人物であり、彼にならアメリアを託せると思っていた。
要するに、クラーク王はセドリックを信じすぎていたのだ。
彼だって噂を耳にすれば気にするし、嫉妬もすれば猜疑心も持つ普通の男だということをわかっていなかった。
セドリックなら広い心で、悪意ある噂に傷ついたアメリアを受け止めてくれると信じていた。
それが世間知らずの国王の限界であり、浅はかなところだったのだが。

結局クラーク王は、アメリアを養女に迎え入れたことに引き続き、その養女を国の英雄に降嫁させるという二度目の愚策を行なった。
それによって今度は、可愛い妹が『下げ渡された愛人』と噂されることもわからずに。

そうしてアメリアは信頼できる唯一の侍女ハンナのみを連れ、王家の養女としてサラトガ公爵家に降嫁したのだ。
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