さげわたし

凛江

文字の大きさ
上 下
25 / 101
第二章 アメリア

アメリアの秘密⑤

しおりを挟む
王太后が生んだ子どもが元気でグレイ子爵家に預けられたことは、当時クラーク王には知らされなかった。
知れば愛情深く母の不貞さえ許す王は、なんとしても妹を引き取ろうとするだろう。
しかし有耶無耶にどこかに預けたなどと言えば、血眼になって探すかもしれない。

一計を案じた先代カルヴァン公爵は、赤子は母の後を追うように数日後に亡くなり、すでにカルヴァン家の墓地に密かに埋葬したと報告した。
クラーク王は慟哭したが、それ以上追求することはなかった。
祖父の話を素直に信じたのだ。

だが、その祖父も自分が死に直面した時、王を謀った良心の呵責に耐えられなくなったのだろう。
結局先代カルヴァン公爵は亡くなる前、クラーク王に全てを懺悔した。
王太后が生んだ子どもは生きていて、グレイ子爵家の末娘として育てられていると。
若いながらもクラーク王が英邁の誉れ高く、王権が落ち着いていたことも祖父の告白を後押ししたのだろう。
それが、つい半年前のことだ。

「そなたのことを知って以来、一日たりともそなたのことを考えない日はなかった。諦めていた妹が生きていたのだ。こんな嬉しいことはないだろう?そなたは母が命がけで生んだ、私のたった一人の妹だ」
クラーク王は真剣な目で、アメリアの目を真っ直ぐに見つめた。

この半年間、クラークはアメリアの現状を探ってきた。
仕方のないこととはいえ、グレイ子爵家で冷遇されている事実を知って憤りも覚えた。
このままでは、子爵家の冷遇された末娘として家格の下の貴族や平民に嫁がされるのが関の山だろう。

しかし、彼女は先王の血こそ流れていないものの、紛れもなく、現王であるクラークの実妹なのだ。
王女として遇され、王女として大切にされるべき人間だ。
母の名誉を守るために妹として発表するわけにはいかないが、遠縁の娘として養女に迎えるくらいなら許されるのではないだろうか。

もちろんそれを言い出した時、カルヴァン公爵を継いでいた伯父は思いとどまるよう進言した。
いつどのように秘密がばれ、また思いもよらない噂に発展するかもしれないと。
だが、クラーク王の気持ちはもう決まっていた。

「私には両親も、血が繋がった兄弟もいない。たしかに妻と子どもはいるが、たった一人の妹と、ほんの僅かな間だけでも家族の真似事をしたいのだ。どうか、せめてアメリアが嫁入るまで、家族として側にいさせてはくれないだろうか」

それは、国王の究極のわがままであった。
母が命がけで生んだ妹を、なんとしても手元に引き取りたい。
短い時間であっても家族として慈しみ、自分の眼鏡にかなった男に、王家から嫁がせる…、それが兄としての責務だと思ったのだ。

「父も母もそなたを愛し、そなたの行く末を案じて亡くなったという。私も兄として、そなたを愛しているんだ、アメリア」
クラーク王の愛おしげに自分を見る眼差しに、アメリアは心をうたれた。
今まで、乳母とハンナ以外でこんな風に自分を見てくれる人はいなかったから。

もちろんまだ戸惑いも不安もあるし、色々疑問もある。
だが、今目の前にいる、兄として『愛している』と言ってくれた王の目は本物だと思った。

「…行きます…」
気づけば、アメリアはそう答えていた。
そこには深い考えもなく、ただ感情で答えていた。
アメリアは物心ついた時から、家族に愛されていると実感したことはなかった。
でも、本当の母は自分を命がけで産んでくれていたのだ。
そして兄は見たこともない妹を愛し、迎えに来てくれた。

母と、兄と。
この世の中に自分をこんなに愛してくれる肉親がいたのだと、今初めて実感していた。

だから、思ってしまったのだ。
たった一人の血の繋がった兄と、少しでも一緒にいたいと。
それを望むくらい、許されるのではないだろうかと。
しおりを挟む
感想 147

あなたにおすすめの小説

7年ぶりに帰国した美貌の年下婚約者は年上婚約者を溺愛したい。

なーさ
恋愛
7年前に隣国との交換留学に行った6歳下の婚約者ラドルフ。その婚約者で王城で侍女をしながら領地の運営もする貧乏令嬢ジューン。 7年ぶりにラドルフが帰国するがジューンは現れない。それもそのはず2年前にラドルフとジューンは婚約破棄しているからだ。そのことを知らないラドルフはジューンの家を訪ねる。しかしジューンはいない。後日王城で会った二人だったがラドルフは再会を喜ぶもジューンは喜べない。なぜなら王妃にラドルフと話すなと言われているからだ。わざと突き放すような言い方をしてその場を去ったジューン。そしてラドルフは7年ぶりに帰った実家で婚約破棄したことを知る。  溺愛したい美貌の年下騎士と弟としか見ていない年上令嬢。二人のじれじれラブストーリー!

【完結】幼い頃から婚約を誓っていた伯爵に婚約破棄されましたが、数年後に驚くべき事実が発覚したので会いに行こうと思います

菊池 快晴
恋愛
令嬢メアリーは、幼い頃から将来を誓い合ったゼイン伯爵に婚約破棄される。 その隣には見知らぬ女性が立っていた。 二人は傍から見ても仲睦まじいカップルだった。 両家の挨拶を終えて、幸せな結婚前パーティで、その出来事は起こった。 メアリーは彼との出会いを思い返しながら打ちひしがれる。 数年後、心の傷がようやく癒えた頃、メアリーの前に、謎の女性が現れる。 彼女の口から発せられた言葉は、ゼインのとんでもない事実だった――。 ※ハッピーエンド&純愛 他サイトでも掲載しております。

声を取り戻した金糸雀は空の青を知る

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「大切なご令嬢なので、心して接するように」 7年ぶりに王宮へ呼ばれ、近衛隊長からそう耳打ちされた私、エスファニア。 国王陛下が自ら王宮に招いたご令嬢リュエンシーナ様との日々が始まりました。 ですが、それは私に思ってもみなかった変化を起こすのです。 こちらのお話には同じ主人公の作品 「恋だの愛だのそんなものは幻だよ〜やさぐれ女騎士の結婚※一話追加」があります。 (本作より数年前のお話になります) もちろん両方お読みいただければ嬉しいですが、話はそれぞれ完結しておりますので、 本作のみでもお読みいただけます。 ※この小説は小説家になろうさんでも公開中です。 初投稿です。拙い作品ですが、空よりも広い心でお読みいただけると幸いです。

公爵様のバッドエンドを回避したいだけだったのに、なぜか溺愛されています

六花心碧
恋愛
お気に入り小説の世界で名前すら出てこないモブキャラに転生してしまった! 『推しのバッドエンドを阻止したい』 そう思っただけなのに、悪女からは脅されるし、小説の展開はどんどん変わっていっちゃうし……。 推しキャラである公爵様の反逆を防いで、見事バッドエンドを回避できるのか……?! ゆるくて、甘くて、ふわっとした溺愛ストーリーです➴⡱ (外部URLで登録していたものを改めて登録しました! ◇他サイト様でも公開中です)

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

余命3ヶ月を言われたので静かに余生を送ろうと思ったのですが…大好きな殿下に溺愛されました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のセイラは、ずっと孤独の中生きてきた。自分に興味のない父や婚約者で王太子のロイド。 特に王宮での居場所はなく、教育係には嫌味を言われ、王宮使用人たちからは、心無い噂を流される始末。さらに婚約者のロイドの傍には、美しくて人当たりの良い侯爵令嬢のミーアがいた。 ロイドを愛していたセイラは、辛くて苦しくて、胸が張り裂けそうになるのを必死に耐えていたのだ。 毎日息苦しい生活を強いられているせいか、最近ずっと調子が悪い。でもそれはきっと、気のせいだろう、そう思っていたセイラだが、ある日吐血してしまう。 診察の結果、母と同じ不治の病に掛かっており、余命3ヶ月と宣言されてしまったのだ。 もう残りわずかしか生きられないのなら、愛するロイドを解放してあげよう。そして自分は、屋敷でひっそりと最期を迎えよう。そう考えていたセイラ。 一方セイラが余命宣告を受けた事を知ったロイドは… ※両想いなのにすれ違っていた2人が、幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いいたします。 他サイトでも同時投稿中です。

ひとりぼっち令嬢は正しく生きたい~婚約者様、その罪悪感は不要です~

参谷しのぶ
恋愛
十七歳の伯爵令嬢アイシアと、公爵令息で王女の護衛官でもある十九歳のランダルが婚約したのは三年前。月に一度のお茶会は婚約時に交わされた約束事だが、ランダルはエイドリアナ王女の護衛という仕事が忙しいらしく、ドタキャンや遅刻や途中退席は数知れず。先代国王の娘であるエイドリアナ王女は、現国王夫妻から虐げられているらしい。 二人が久しぶりにまともに顔を合わせたお茶会で、ランダルの口から出た言葉は「誰よりも大切なエイドリアナ王女の、十七歳のデビュタントのために君の宝石を貸してほしい」で──。 アイシアはじっとランダル様を見つめる。 「忘れていらっしゃるようなので申し上げますけれど」 「何だ?」 「私も、エイドリアナ王女殿下と同じ十七歳なんです」 「は?」 「ですから、私もデビュタントなんです。フォレット伯爵家のジュエリーセットをお貸しすることは構わないにしても、大舞踏会でランダル様がエスコートしてくださらないと私、ひとりぼっちなんですけど」 婚約者にデビュタントのエスコートをしてもらえないという辛すぎる現実。 傷ついたアイシアは『ランダルと婚約した理由』を思い出した。三年前に両親と弟がいっぺんに亡くなり唯一の相続人となった自分が、国中の『ろくでなし』からロックオンされたことを。領民のことを思えばランダルが一番マシだったことを。 「婚約者として正しく扱ってほしいなんて、欲張りになっていた自分が恥ずかしい!」 初心に返ったアイシアは、立派にひとりぼっちのデビュタントを乗り切ろうと心に誓う。それどころか、エイドリアナ王女のデビュタントを成功させるため、全力でランダルを支援し始めて──。 (あれ? ランダル様が罪悪感に駆られているように見えるのは、私の気のせいよね?) ★小説家になろう様にも投稿しました★

7歳の侯爵夫人

凛江
恋愛
ある日7歳の公爵令嬢コンスタンスが目覚めると、世界は全く変わっていたー。 自分は現在19歳の侯爵夫人で、23歳の夫がいるというのだ。 どうやら彼女は事故に遭って12年分の記憶を失っているらしい。 目覚める前日、たしかに自分は王太子と婚約したはずだった。 王太子妃になるはずだった自分が何故侯爵夫人になっているのかー? 見知らぬ夫に戸惑う妻(中身は幼女)と、突然幼女になってしまった妻に戸惑う夫。 23歳の夫と7歳の妻の奇妙な関係が始まるー。

処理中です...