さげわたし

凛江

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第三章 セドリック その二

弟マイロ

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セドリックの朝は早い。
まだ日が昇る前に目を覚まし、剣や弓矢の稽古に向かう。
それでもまだ時間がある時は、馬で近隣を駆けることもある。
昼間は執務で忙しくなかなか騎士団の鍛錬に合流できないため、主に自主練をしているのだ。

セドリックはもちろん一人で構わないのだが、部下たちにとってはそういうわけにいかないのだろう。
必ず数人やって来て、セドリックの早朝稽古に付き合っている。
それに、騎士団で一二を争うほど強いセドリックに手合わせしてもらえるのは嬉しくもあるからだ。

しかし今朝は、やたらと殺気立っている主人に近づこうとする者はいない。
いつもは兄に手合わせを願う弟マイロも何か感じるものがあるのか、剣の素振りをする兄の姿をただ眺めていた。

今年十五歳になる弟マイロが、早朝稽古に参加し始めたのはここ最近だ。
マイロ本人は昨年のソルベンティアとの戦で初陣を飾りたかったのだが、母の猛攻な反対によって留守隊に組み込まれてしまっていた。

セドリックは留守を守るのも大切だと弟に言ったが、そういう兄は僅か十七歳で先鋒隊長を任され、華々しい活躍を見せたのだ。
十五歳になるマイロが迎撃軍にさえ入れてもらえないことに焦っているのは、仕方のないことなのだろう。

だが、とにかくセドリックはあの義母が苦手なのだ。
義母はマイロがセドリックと関わることにも、サラトガ騎士団に入ることにも難色を示している。
もしマイロにかすり傷一つ付けようものなら、どれほど騒ぎ立てるかわかったものではない。
本当は朝少しの時間に稽古をつけてやるのだって気をつかっているのだから。
しかしマイロが自分に向ける憧憬の目は本物で、弟に慕われる兄というのも存外悪い気分ではなかった。

「マイロ、先に戻っていろ」
木刀をおさめると、セドリックは弟に声をかけた。

普段のセドリックは稽古を終えた後、本邸に戻って湯を使い、軽い朝食をとる。
だが今日のセドリックの足は自然と離れへと向いていた。
今頃アメリアも庭に出て、使用人たちと畑仕事に精を出しているだろうから。

昨夜は謝罪が空振りに終わり、アメリアとの認識が決定的に違うことも理解した。
彼女はすでにセドリックとの仲を諦め、自分の為すべき事のみを見据えていたのだ。

その決意があの『予定表』だ。
要するに、彼女の言う『赤ちゃんができやすい日』以外は寝室をたずねてくれるなということであり、セドリックとベッドを共にするのは必要最低限にしたいということだ。

彼女はセドリックの愛は求めないとキッパリと言い切った。
そして、セドリックを愛することもないと。
全ては自分が蒔いた種であり、自分が放った言葉がそのまま返ってきただけだ。
それなのに、どうしてこうも胸が痛むのか。

「兄上、離れへ向かわれるのですか?」
いつもなら自分と一緒に本邸に戻る兄を訝しく思ったのか、マイロはそのまま兄の後ろをついて来た。

「ああ。アメリアに朝の挨拶をしようと思う。だからおまえは先に本邸に戻れ」
セドリックは少々ぶっきら棒にそう言った。

マイロはアメリアを嫌っているはずだ。
義母もマイロも妹イブリンも、アメリアが国王の愛人だったと信じ込んでいるから蔑んでいるのだ。
それに、元はたかが子爵令嬢だと下に見ている節もある。

おそらくマイロたちは二ヶ月前に顔合わせをして以来アメリアには会っていないだろうから、あの時から彼女への認識はほぼ変わっていないことだろう。
それは、多分使用人たちがアメリアの良さをどんなに報告したって、彼らの認識が変わることはないだろうと思われる。
当然、ほんの少し前までアメリアを蔑んでいたセドリックが今更アメリアの肩を持ったところで、それは何の足しにもならないだろう。
結局は、セドリック自身がアメリアへの態度を変え、それを少しずつ見せることでしか彼らの認識を変えることは出来ないのだ。

とにかく、今マイロをアメリアに会わせたら、彼女を傷つける言葉を吐くかもしれない。
だから、今自分についてこようとするマイロを、セドリックはなんとか追い払おうと思った。

「マイロ、義母上は朝食もおまえが戻るまで待っているのだろう?だからおまえは、」
「兄上」
マイロはセドリックの言葉を皆まで言わせず遮った。

「義姉上のところに向かわれるのでしょう?私も一緒に行きます」
「……は?」
マイロの言葉に、セドリックは目を見開いた。
『義姉上』という聞き慣れないワードがあったからだ。
しかしその意味を問いかける隙もなく、マイロは笑った。
「ですから、私も義姉上に朝のご挨拶がしたいのですよ、兄上」
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