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第一章 セドリック
初夜?②
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「私は明日から本邸で過ごします。貴女はどうぞここでご自由にお過ごしください」
唐突にそう話し出したセドリックに、アメリアは「え?」と小さな驚きの声をあげた。
「この離れはいつか私が妻を迎えた時のための新居として整えられていたものです。しかし執務室も本邸にあり、仕事をするには本邸の方が都合が良いのです。ですからしばらくの間、私は本邸の方で寝泊まりするつもりです」
「寝泊まりも…、ですか?」
アメリアは小さな声でセドリックにそうたずねた。
「ええ。どうぞ王女殿下は離れでごゆるりとお過ごしください」
「そうですか…」
その声が残念そうに聞こえ、セドリックは舌打ちしそうになるのを我慢した。
この少女は、今晩から毎晩セドリックと一緒に寝るつもりだったのだろうか?
先日まで国王の愛人だったのに、一体なんなのだ。
男なら誰でもいいのか?
見た目と違ってなんて淫乱な女なのだろうか。
セドリックは溜息をつくと、再び話し始めた。
言い訳をするつもりはないが、セドリックは本当に忙しいのだ。
王家から押し付けられた妻のご機嫌をとっている暇などないほどに。
「半年前に終結はしましたが、未だに戦の残務処理も多く、問題も山積みなのです」
隣国からの賠償金はほぼサラトガ公爵領に与えられたため、金には困っていない。
だが戦で荒れ果ててしまった街や農地の整備・修繕、インフラや交通の復旧には人手も時間もかかる。
「部下たちも寝る間を惜しんで、本当によく働いてくれています。領主である私のみ新婚生活を楽しむわけにはいかないのですよ」
セドリックは皮肉げに苦笑した。
元より新婚生活を楽しむつもりなど露ほどもないのだから。
「それに本邸には私の義母や弟妹もおりますし、貴女も離れで過ごす方が気が楽でしょう?」
黙ってセドリックの言葉を聞いて考え込むような素振りを見せていたアメリアは、ふと顔を上げて彼の顔を覗き込んだ。
そして、こう言った。
「あの…、閣下。私にも何かお手伝い出来ることはございませんか?」
「……は?何のことですか?」
「皆さん戦の残務処理でお忙しいのでしょう?何か私にも出来ることがあればと…」
アメリアの言葉を聞いて正直セドリックは驚いていた。
こんな言葉が彼女の口から出るとは思いもよらなかったのだ。
だが、それさえも計算だとしたら、彼女は余程頭が回るのだろう。
「貴女に出来ることは何もございません」
セドリックはピシャリと撥ね付けた。
「王家からお預かりした王女殿下に公爵家の仕事をさせる気など毛頭ありません」
「でも…、私は公爵家に嫁入りした立場です」
「嫁…、ああ、でもそうですね。嫁の貴女しか出来ない仕事があります」
「まぁ、何でしょう?」
「公爵家の後継を生んでください」
「…え…っ?」
セドリックの顔を見上げて一瞬きょとんとしたアメリアは、次の瞬間その言葉の意味がわかって顔を真っ赤にした。
まるで処女のようなその反応に、セドリックは鼻白んだ。
セドリックは冷めた目でアメリアを見下ろすと、「この際ですから…」と彼女の方に向き直った。
「私たちは王命で結婚したのであって、おそらく、この先私があなたを愛することもないでしょう。だが、あなたも知っての通りこの国は側室を認めていないし、貴女を娶った以上唯一の妻として、生涯大切にすると誓います。だから貴女にも、私の唯一の妻として義務を果たしていただきたい。私には領主として後継をもうけるという義務があります。今のこの仕事が一段落ついたら、その時はどうぞ私の後継者を生んでください」
一気に言い切ると、セドリックはアメリアから目を逸らした。
酷い台詞を吐いている自覚はある。
だが、自分だって国王のお古を押し付けられたのだから、このくらいの嫌味は言ったってバチは当たらないだろう。
気持ちを落ち着かせて再びアメリアの方を見ると、案の定彼女は寂しそうに小さく笑った。
「お話はわかりましたわ、閣下」
そう言って。
「それでは、今夜はこれで失礼します」
セドリックはそう言うと部屋を出た。
初夜なのだから、押し倒しても良かったかもしれない。
だが、食指が動かなかったのだ。
(しばらく、近づくのはやめよう)
アメリアの寂しそうな笑顔を頭から振り払うと、セドリックは本邸の方へ戻った。
小さな胸の痛みには気づかないふりをして。
唐突にそう話し出したセドリックに、アメリアは「え?」と小さな驚きの声をあげた。
「この離れはいつか私が妻を迎えた時のための新居として整えられていたものです。しかし執務室も本邸にあり、仕事をするには本邸の方が都合が良いのです。ですからしばらくの間、私は本邸の方で寝泊まりするつもりです」
「寝泊まりも…、ですか?」
アメリアは小さな声でセドリックにそうたずねた。
「ええ。どうぞ王女殿下は離れでごゆるりとお過ごしください」
「そうですか…」
その声が残念そうに聞こえ、セドリックは舌打ちしそうになるのを我慢した。
この少女は、今晩から毎晩セドリックと一緒に寝るつもりだったのだろうか?
先日まで国王の愛人だったのに、一体なんなのだ。
男なら誰でもいいのか?
見た目と違ってなんて淫乱な女なのだろうか。
セドリックは溜息をつくと、再び話し始めた。
言い訳をするつもりはないが、セドリックは本当に忙しいのだ。
王家から押し付けられた妻のご機嫌をとっている暇などないほどに。
「半年前に終結はしましたが、未だに戦の残務処理も多く、問題も山積みなのです」
隣国からの賠償金はほぼサラトガ公爵領に与えられたため、金には困っていない。
だが戦で荒れ果ててしまった街や農地の整備・修繕、インフラや交通の復旧には人手も時間もかかる。
「部下たちも寝る間を惜しんで、本当によく働いてくれています。領主である私のみ新婚生活を楽しむわけにはいかないのですよ」
セドリックは皮肉げに苦笑した。
元より新婚生活を楽しむつもりなど露ほどもないのだから。
「それに本邸には私の義母や弟妹もおりますし、貴女も離れで過ごす方が気が楽でしょう?」
黙ってセドリックの言葉を聞いて考え込むような素振りを見せていたアメリアは、ふと顔を上げて彼の顔を覗き込んだ。
そして、こう言った。
「あの…、閣下。私にも何かお手伝い出来ることはございませんか?」
「……は?何のことですか?」
「皆さん戦の残務処理でお忙しいのでしょう?何か私にも出来ることがあればと…」
アメリアの言葉を聞いて正直セドリックは驚いていた。
こんな言葉が彼女の口から出るとは思いもよらなかったのだ。
だが、それさえも計算だとしたら、彼女は余程頭が回るのだろう。
「貴女に出来ることは何もございません」
セドリックはピシャリと撥ね付けた。
「王家からお預かりした王女殿下に公爵家の仕事をさせる気など毛頭ありません」
「でも…、私は公爵家に嫁入りした立場です」
「嫁…、ああ、でもそうですね。嫁の貴女しか出来ない仕事があります」
「まぁ、何でしょう?」
「公爵家の後継を生んでください」
「…え…っ?」
セドリックの顔を見上げて一瞬きょとんとしたアメリアは、次の瞬間その言葉の意味がわかって顔を真っ赤にした。
まるで処女のようなその反応に、セドリックは鼻白んだ。
セドリックは冷めた目でアメリアを見下ろすと、「この際ですから…」と彼女の方に向き直った。
「私たちは王命で結婚したのであって、おそらく、この先私があなたを愛することもないでしょう。だが、あなたも知っての通りこの国は側室を認めていないし、貴女を娶った以上唯一の妻として、生涯大切にすると誓います。だから貴女にも、私の唯一の妻として義務を果たしていただきたい。私には領主として後継をもうけるという義務があります。今のこの仕事が一段落ついたら、その時はどうぞ私の後継者を生んでください」
一気に言い切ると、セドリックはアメリアから目を逸らした。
酷い台詞を吐いている自覚はある。
だが、自分だって国王のお古を押し付けられたのだから、このくらいの嫌味は言ったってバチは当たらないだろう。
気持ちを落ち着かせて再びアメリアの方を見ると、案の定彼女は寂しそうに小さく笑った。
「お話はわかりましたわ、閣下」
そう言って。
「それでは、今夜はこれで失礼します」
セドリックはそう言うと部屋を出た。
初夜なのだから、押し倒しても良かったかもしれない。
だが、食指が動かなかったのだ。
(しばらく、近づくのはやめよう)
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