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第二章 アメリア
アウェイ領
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公爵領に初めてやって来た日ー。
期待などはしていなかったが、やはり公爵も、そして公爵家の使用人たちも皆アメリアに冷たかった。
国王の愛人…しかもお払い箱になって下げ渡されてきた女と噂されていたらしいから、当然の扱いだったのだろう。
むしろ、露骨に意地悪されなかっただけ良かったとさえ思う。
サラトガ公爵領に着いたあの日、アメリアは侍女たちに着替えさせられ、化粧を直され、セドリックとの晩餐に向かわせられた。
侍女たちは皆、仕事はきちんと丁寧に熟していた。
だが作業する間、彼女たちは何も余計なことは話さなかった。
アメリアが何かたずねてもかえってくるのは短い返事のみで、ほとんどの問いに「申し訳ありません、わかりません」「お答えできません」などと言われてしまう。
例えば、先ほど見た小麦でパンを作るのか。
何のパンが美味しいのか。
小麦以外の農作物は何が多いのか。
セドリックの弟妹たちは何歳なのか。
彼らとセドリックは仲が良いのか。
全ての問いに対する答えは「お答えできません」と、とりつく島もない。
見かねたハンナが苦言を呈しようとしたが、アメリアは苦笑しながらそれを制した。
後で二人きりになった時、アメリアはハンナにこう言った。
「結局私はどこに行っても嫌われ者なのね。でも、無視されないだけいいと思わなきゃ」と。
公爵邸で初めて迎えるセドリックとの二人きりの晩餐は、思った通り味気ないものだった。
長テーブルの端と端に座らされ、物理的にも、心理的にもとても距離を置かれているのを感じさせられた。
多分アメリアは、少しだけ、ほんの少しだけ期待していたのだと思う。
『国の英雄セドリック』は、曇りない瞳で、本当のアメリアを見てくれるのではないかと。
アメリアが初めてセドリックに会った時はまだ十歳の少女だったし一瞬のことだったから、彼が自分を覚えているとは思っていなかった。
でも、向き合って話す機会があればそんな思い出話も出来、もしかしたら思い出してくれるかもしれないという期待もあった。
しかし公爵領に到着した夜、それは脆くも崩れ去った。
悪い噂もあり、何も真実を伝えないアメリアを信じて欲しいなど虫がいい話だとわかっていた。
だが、それでも、やはり彼も世間の噂を信じ、アメリアが国王の愛人だと思っているとわかり、ガッカリした。
本当はすぐにでも母のこと、そして兄のことを打ち明けられたら良かったのだろう。
だが、出来なかった。
結婚前に兄がセドリックに告白しようとしていたのを止めたのもアメリアである。
兄からは、せめて公爵領に着いたら、セドリックにだけはアメリアの口から伝えるよう言われていた。
でもアメリアにとって、自分の悪い噂よりもよっぽど母のことを告白する方が怖かったのだ。
こんなことが国民に知られたら、クラーク王の血筋さえ疑われ、王権を揺るがすような醜聞になるだろう。
結局アメリアは、セドリックを心から信用することが出来なかったのだと思う。
そうして全くのアウェイ状態からサラトガ公爵領での生活を始めたアメリアであったが、思いのほかここでの生活は居心地が悪くなかった。
むしろ、グレイ領で母や兄姉たちの機嫌を伺って暮らしていた時よりも、王宮で兄家族の足を引っ張らないよう気を張っていた時よりも、圧倒的に自由だったのだ。
意地悪されるわけでも何かを強制されるわけでもなく、美味しい食事も提供される。
好きな時間に寝て好きな時間に起きて、好きな本を読んで過ごせる。
外に出れば空は青くて、風は気持ちが良くて、領民たちは(公爵夫人と気づかないからだが)気さくに話しかけてくる。
思えば、ここはなんて良いところなのだろう。
このままセドリックに愛されることがなくても、使用人たちに無視され続けることになっても、ここでのんびりと暮らせるなら、別にもういいのではないだろうか。
公爵閣下はアメリアの仕事は後継を生むことだけだと言っていた。
だったら、そのつとめさえ果たせば、お言葉に甘えて自由に過ごせばいいではないか。
そう思い至った時、アメリアは初めて息をした気がした。
期待などはしていなかったが、やはり公爵も、そして公爵家の使用人たちも皆アメリアに冷たかった。
国王の愛人…しかもお払い箱になって下げ渡されてきた女と噂されていたらしいから、当然の扱いだったのだろう。
むしろ、露骨に意地悪されなかっただけ良かったとさえ思う。
サラトガ公爵領に着いたあの日、アメリアは侍女たちに着替えさせられ、化粧を直され、セドリックとの晩餐に向かわせられた。
侍女たちは皆、仕事はきちんと丁寧に熟していた。
だが作業する間、彼女たちは何も余計なことは話さなかった。
アメリアが何かたずねてもかえってくるのは短い返事のみで、ほとんどの問いに「申し訳ありません、わかりません」「お答えできません」などと言われてしまう。
例えば、先ほど見た小麦でパンを作るのか。
何のパンが美味しいのか。
小麦以外の農作物は何が多いのか。
セドリックの弟妹たちは何歳なのか。
彼らとセドリックは仲が良いのか。
全ての問いに対する答えは「お答えできません」と、とりつく島もない。
見かねたハンナが苦言を呈しようとしたが、アメリアは苦笑しながらそれを制した。
後で二人きりになった時、アメリアはハンナにこう言った。
「結局私はどこに行っても嫌われ者なのね。でも、無視されないだけいいと思わなきゃ」と。
公爵邸で初めて迎えるセドリックとの二人きりの晩餐は、思った通り味気ないものだった。
長テーブルの端と端に座らされ、物理的にも、心理的にもとても距離を置かれているのを感じさせられた。
多分アメリアは、少しだけ、ほんの少しだけ期待していたのだと思う。
『国の英雄セドリック』は、曇りない瞳で、本当のアメリアを見てくれるのではないかと。
アメリアが初めてセドリックに会った時はまだ十歳の少女だったし一瞬のことだったから、彼が自分を覚えているとは思っていなかった。
でも、向き合って話す機会があればそんな思い出話も出来、もしかしたら思い出してくれるかもしれないという期待もあった。
しかし公爵領に到着した夜、それは脆くも崩れ去った。
悪い噂もあり、何も真実を伝えないアメリアを信じて欲しいなど虫がいい話だとわかっていた。
だが、それでも、やはり彼も世間の噂を信じ、アメリアが国王の愛人だと思っているとわかり、ガッカリした。
本当はすぐにでも母のこと、そして兄のことを打ち明けられたら良かったのだろう。
だが、出来なかった。
結婚前に兄がセドリックに告白しようとしていたのを止めたのもアメリアである。
兄からは、せめて公爵領に着いたら、セドリックにだけはアメリアの口から伝えるよう言われていた。
でもアメリアにとって、自分の悪い噂よりもよっぽど母のことを告白する方が怖かったのだ。
こんなことが国民に知られたら、クラーク王の血筋さえ疑われ、王権を揺るがすような醜聞になるだろう。
結局アメリアは、セドリックを心から信用することが出来なかったのだと思う。
そうして全くのアウェイ状態からサラトガ公爵領での生活を始めたアメリアであったが、思いのほかここでの生活は居心地が悪くなかった。
むしろ、グレイ領で母や兄姉たちの機嫌を伺って暮らしていた時よりも、王宮で兄家族の足を引っ張らないよう気を張っていた時よりも、圧倒的に自由だったのだ。
意地悪されるわけでも何かを強制されるわけでもなく、美味しい食事も提供される。
好きな時間に寝て好きな時間に起きて、好きな本を読んで過ごせる。
外に出れば空は青くて、風は気持ちが良くて、領民たちは(公爵夫人と気づかないからだが)気さくに話しかけてくる。
思えば、ここはなんて良いところなのだろう。
このままセドリックに愛されることがなくても、使用人たちに無視され続けることになっても、ここでのんびりと暮らせるなら、別にもういいのではないだろうか。
公爵閣下はアメリアの仕事は後継を生むことだけだと言っていた。
だったら、そのつとめさえ果たせば、お言葉に甘えて自由に過ごせばいいではないか。
そう思い至った時、アメリアは初めて息をした気がした。
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