さげわたし

凛江

文字の大きさ
上 下
28 / 101
第二章 アメリア

アウェイ領

しおりを挟む
公爵領に初めてやって来た日ー。
期待などはしていなかったが、やはり公爵も、そして公爵家の使用人たちも皆アメリアに冷たかった。
国王の愛人…しかもお払い箱になって下げ渡されてきた女と噂されていたらしいから、当然の扱いだったのだろう。
むしろ、露骨に意地悪されなかっただけ良かったとさえ思う。

サラトガ公爵領に着いたあの日、アメリアは侍女たちに着替えさせられ、化粧を直され、セドリックとの晩餐に向かわせられた。
侍女たちは皆、仕事はきちんと丁寧にこなしていた。
だが作業する間、彼女たちは何も余計なことは話さなかった。
アメリアが何かたずねてもかえってくるのは短い返事のみで、ほとんどの問いに「申し訳ありません、わかりません」「お答えできません」などと言われてしまう。

例えば、先ほど見た小麦でパンを作るのか。
何のパンが美味しいのか。
小麦以外の農作物は何が多いのか。
セドリックの弟妹たちは何歳なのか。
彼らとセドリックは仲が良いのか。
全ての問いに対する答えは「お答えできません」と、とりつく島もない。

見かねたハンナが苦言を呈しようとしたが、アメリアは苦笑しながらそれを制した。
後で二人きりになった時、アメリアはハンナにこう言った。
「結局私はどこに行っても嫌われ者なのね。でも、無視されないだけいいと思わなきゃ」と。

公爵邸で初めて迎えるセドリックとの二人きりの晩餐は、思った通り味気ないものだった。
長テーブルの端と端に座らされ、物理的にも、心理的にもとても距離を置かれているのを感じさせられた。

多分アメリアは、少しだけ、ほんの少しだけ期待していたのだと思う。
『国の英雄セドリック』は、曇りない瞳で、本当のアメリアを見てくれるのではないかと。

アメリアが初めてセドリックに会った時はまだ十歳の少女だったし一瞬のことだったから、彼が自分を覚えているとは思っていなかった。
でも、向き合って話す機会があればそんな思い出話も出来、もしかしたら思い出してくれるかもしれないという期待もあった。

しかし公爵領に到着した夜、それは脆くも崩れ去った。
悪い噂もあり、何も真実を伝えないアメリアを信じて欲しいなど虫がいい話だとわかっていた。
だが、それでも、やはり彼も世間の噂を信じ、アメリアが国王の愛人だと思っているとわかり、ガッカリした。

本当はすぐにでも母のこと、そして兄のことを打ち明けられたら良かったのだろう。
だが、出来なかった。

結婚前に兄がセドリックに告白しようとしていたのを止めたのもアメリアである。
兄からは、せめて公爵領に着いたら、セドリックにだけはアメリアの口から伝えるよう言われていた。
でもアメリアにとって、自分の悪い噂よりもよっぽど母のことを告白する方が怖かったのだ。
こんなことが国民に知られたら、クラーク王の血筋さえ疑われ、王権を揺るがすような醜聞になるだろう。
結局アメリアは、セドリックを心から信用することが出来なかったのだと思う。

そうして全くのアウェイ状態からサラトガ公爵領での生活を始めたアメリアであったが、思いのほかここでの生活は居心地が悪くなかった。
むしろ、グレイ領で母や兄姉たちの機嫌を伺って暮らしていた時よりも、王宮で兄家族の足を引っ張らないよう気を張っていた時よりも、圧倒的に自由だったのだ。

意地悪されるわけでも何かを強制されるわけでもなく、美味しい食事も提供される。
好きな時間に寝て好きな時間に起きて、好きな本を読んで過ごせる。
外に出れば空は青くて、風は気持ちが良くて、領民たちは(公爵夫人と気づかないからだが)気さくに話しかけてくる。
思えば、ここはなんて良いところなのだろう。

このままセドリックに愛されることがなくても、使用人たちに無視され続けることになっても、ここでのんびりと暮らせるなら、別にもういいのではないだろうか。
公爵閣下はアメリアの仕事は後継を生むことだけだと言っていた。
だったら、そのつとめさえ果たせば、お言葉に甘えて自由に過ごせばいいではないか。

そう思い至った時、アメリアは初めて息をした気がした。
しおりを挟む
感想 147

あなたにおすすめの小説

私の、虐げられていた親友の幸せな結婚

オレンジ方解石
ファンタジー
 女学院に通う、女学生のイリス。  彼女は、親友のシュゼットがいつも妹に持ち物や見せ場を奪われることに怒りつつも、何もできずに悔しい思いをしていた。  だがある日、シュゼットは名門公爵令息に見初められ、婚約する。 「もう、シュゼットが妹や両親に利用されることはない」  安堵したイリスだが、親友の言葉に違和感が残り…………。

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

幼なじみの親が離婚したことや元婚約者がこぞって勘違いしていようとも、私にはそんなことより譲れないものが1つだけあったりします

珠宮さくら
恋愛
最近、色々とあったシュリティ・バッタチャルジーは何事もなかったように話しかけてくる幼なじみとその兄に面倒をかけられながら、一番手にしたかったもののために奮闘し続けた。 シュリティがほしかったものを幼なじみがもっていて、ずっと羨ましくて仕方がなかったことに気づいている者はわずかしかいなかった。

「好き」の距離

饕餮
恋愛
ずっと貴方に片思いしていた。ただ単に笑ってほしかっただけなのに……。 伯爵令嬢と公爵子息の、勘違いとすれ違い(微妙にすれ違ってない)の恋のお話。 以前、某サイトに載せていたものを大幅に改稿・加筆したお話です。

【完結】幼い頃から婚約を誓っていた伯爵に婚約破棄されましたが、数年後に驚くべき事実が発覚したので会いに行こうと思います

菊池 快晴
恋愛
令嬢メアリーは、幼い頃から将来を誓い合ったゼイン伯爵に婚約破棄される。 その隣には見知らぬ女性が立っていた。 二人は傍から見ても仲睦まじいカップルだった。 両家の挨拶を終えて、幸せな結婚前パーティで、その出来事は起こった。 メアリーは彼との出会いを思い返しながら打ちひしがれる。 数年後、心の傷がようやく癒えた頃、メアリーの前に、謎の女性が現れる。 彼女の口から発せられた言葉は、ゼインのとんでもない事実だった――。 ※ハッピーエンド&純愛 他サイトでも掲載しております。

出世のために結婚した夫から「好きな人ができたから別れてほしい」と言われたのですが~その好きな人って変装したわたしでは?

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
古代魔法を専門とする魔法研究者のアンヌッカは、家族と研究所を守るために軍人のライオネルと結婚をする。 ライオネルもまた昇進のために結婚をしなければならず、国王からの命令ということもあり結婚を渋々と引き受ける。 しかし、愛のない結婚をした二人は結婚式当日すら顔を合わせることなく、そのまま離れて暮らすこととなった。 ある日、アンヌッカの父が所長を務める魔法研究所に軍から古代文字で書かれた魔導書の解読依頼が届く。 それは禁帯本で持ち出し不可のため、軍施設に研究者を派遣してほしいという依頼だ。 この依頼に対応できるのは研究所のなかでもアンヌッカしかいない。 しかし軍人の妻が軍に派遣されて働くというのは体裁が悪いし何よりも会ったことのない夫が反対するかもしれない。 そう思ったアンヌッカたちは、アンヌッカを親戚の娘のカタリーナとして軍に送り込んだ――。 素性を隠したまま働く妻に、知らぬ間に惹かれていく(恋愛にはぽんこつ)夫とのラブコメディ。

王女を好きだと思ったら

夏笆(なつは)
恋愛
 「王子より王子らしい」と言われる公爵家嫡男、エヴァリスト・デュルフェを婚約者にもつバルゲリー伯爵家長女のピエレット。  デビュタントの折に突撃するようにダンスを申し込まれ、望まれて婚約をしたピエレットだが、ある日ふと気づく。 「エヴァリスト様って、ルシール王女殿下のお話ししかなさらないのでは?」   エヴァリストとルシールはいとこ同士であり、幼い頃より親交があることはピエレットも知っている。  だがしかし度を越している、と、大事にしているぬいぐるみのぴぃちゃんに語りかけるピエレット。 「でもね、ぴぃちゃん。私、エヴァリスト様に恋をしてしまったの。だから、頑張るわね」  ピエレットは、そう言って、胸の前で小さく拳を握り、決意を込めた。  ルシール王女殿下の好きな場所、好きな物、好みの装い。  と多くの場所へピエレットを連れて行き、食べさせ、贈ってくれるエヴァリスト。 「あのね、ぴぃちゃん!エヴァリスト様がね・・・・・!」  そして、ピエレットは今日も、エヴァリストが贈ってくれた特注のぬいぐるみ、孔雀のぴぃちゃんを相手にエヴァリストへの想いを語る。 小説家になろうにも、掲載しています。  

7歳の侯爵夫人

凛江
恋愛
ある日7歳の公爵令嬢コンスタンスが目覚めると、世界は全く変わっていたー。 自分は現在19歳の侯爵夫人で、23歳の夫がいるというのだ。 どうやら彼女は事故に遭って12年分の記憶を失っているらしい。 目覚める前日、たしかに自分は王太子と婚約したはずだった。 王太子妃になるはずだった自分が何故侯爵夫人になっているのかー? 見知らぬ夫に戸惑う妻(中身は幼女)と、突然幼女になってしまった妻に戸惑う夫。 23歳の夫と7歳の妻の奇妙な関係が始まるー。

処理中です...