5 / 101
第一章 セドリック
領地へ
しおりを挟む
王都で結婚式を挙げた後、セドリックはアメリアを伴って領地に向かった。
住み慣れた王都を離れ国境近くの公爵領に赴くのは、どんなにか不安であろう。
そう思っていたのに、思いのほかアメリアの顔は晴れやかだった。
クラーク王の元を離れるという悲壮感も漂っていない。
かえって、アメリアを見送るクラーク王の方がなんとも悲しげであった。
道中はセドリックは馬に跨り、立派な領主専用の馬車にはアメリアと彼女の侍女を一緒に乗せた。
アメリアが王家の養女になる前から付いているハンナという侍女だ。
本来なら新婚夫婦である自分たちが一緒に乗るべきなのだろうが、何日もかけて移動する間ずっと向かい合って座るなど、なんの拷問なのかとさえ思う。
途中何度か宿に泊まったが、もちろん部屋も食事も別々だった。
言葉を交わすことも顔を合わせるのも宿への出入りや馬車の乗り降りの時のみ。
時折公爵家側で用意した侍女に様子を聞いたが、アメリアは不満を漏らすわけでもなく、純粋に旅を楽しんでいるように見える。
馬車の窓から見えたものに興味を持って護衛騎士に質問したり、宿の者に食事が美味しかったなどと気さくに声をかけていると言う。
さて、もうすぐサラトガ公爵領だ。
この領地は隣国との境に接し、セドリックの祖先が代々守ってきた土地である。
長い歴史の中隣国はたびたび国境を侵犯してきたが、その度サラトガ公爵家が追い払ってきた。
サラトガ公爵家が『王国の盾』と呼ばれる由縁であり、そのため、少々気の荒い家風なのは仕方がないと思われる。
王都から遠く離れた辺境の地の領民は、王家より領主への敬愛の方が断然強い。
だから今公爵邸では、アメリアを王家から押し付けられた悪女と思う使用人たちが手薬煉引いて待っているだろう。
だがしかし、彼女は王家からの『預かりもの』なのだから、皆丁重に扱ってはくれるはずだ。
ベテラン侍女であるソニアは感情と仕事をキッチリ分けられる人間だから、彼女に任せておけばまず間違いはないと、セドリックは考えていた。
領地に入ったところで行列を止め、セドリックはアメリアに声をかけた。
「王女殿下、今、サラトガ領に入りました。ご覧になられますか?」
「はい、ぜひ!」
思いがけず弾んだ返事があり、扉を開けると笑顔のアメリアが降りてきた。
アメリアは地面に降り立つと緑の大地を見渡している。
今サラトガ領には見渡す限り麦畑が広がっているのだ。
「ここが、公爵閣下の領地ですのね?なんて綺麗なんでしょう!」
目を輝かせて周囲を見回すアメリアに、セドリックは面食らった。
少々意地悪くはあるが、まずはここに来た洗礼を受けてもらおうと思ってアメリアを馬車から降ろしたのだ。
邸宅のある市街地に近づけばもう少し賑やかになるが、この辺りはただ麦畑が広がっているばかり。
畑しかない田舎の領地を見ればアメリアは早速落ち込むだろうと、そんな意地悪いことを考えていたのだ。
だがアメリアはガッカリする様子も見せず、青々と茂る麦の穂を眺めている。
アメリアは笑顔で振り返ると、
「これが美味しいパンになるのでしょう?閣下」
とたずねた。
「え?あ、ああ、まあそうです」
セドリックが相変わらず面食らっている間に、アメリアはずんずん畑の方に近づいて行く。
「あ、てんとう虫!」
アメリアが指をさして声をあげた。
「危ないですよ、アメリア様」
後ろからアメリアを追っているのは侍女のハンナだ。
(なんなんだ、一体。無邪気を装っているのか?だいたいなんで王女が虫の名前なんか知ってるんだ)
セドリックは楽しそうに麦畑を眺めているアメリアを訝しげに見つめていた。
住み慣れた王都を離れ国境近くの公爵領に赴くのは、どんなにか不安であろう。
そう思っていたのに、思いのほかアメリアの顔は晴れやかだった。
クラーク王の元を離れるという悲壮感も漂っていない。
かえって、アメリアを見送るクラーク王の方がなんとも悲しげであった。
道中はセドリックは馬に跨り、立派な領主専用の馬車にはアメリアと彼女の侍女を一緒に乗せた。
アメリアが王家の養女になる前から付いているハンナという侍女だ。
本来なら新婚夫婦である自分たちが一緒に乗るべきなのだろうが、何日もかけて移動する間ずっと向かい合って座るなど、なんの拷問なのかとさえ思う。
途中何度か宿に泊まったが、もちろん部屋も食事も別々だった。
言葉を交わすことも顔を合わせるのも宿への出入りや馬車の乗り降りの時のみ。
時折公爵家側で用意した侍女に様子を聞いたが、アメリアは不満を漏らすわけでもなく、純粋に旅を楽しんでいるように見える。
馬車の窓から見えたものに興味を持って護衛騎士に質問したり、宿の者に食事が美味しかったなどと気さくに声をかけていると言う。
さて、もうすぐサラトガ公爵領だ。
この領地は隣国との境に接し、セドリックの祖先が代々守ってきた土地である。
長い歴史の中隣国はたびたび国境を侵犯してきたが、その度サラトガ公爵家が追い払ってきた。
サラトガ公爵家が『王国の盾』と呼ばれる由縁であり、そのため、少々気の荒い家風なのは仕方がないと思われる。
王都から遠く離れた辺境の地の領民は、王家より領主への敬愛の方が断然強い。
だから今公爵邸では、アメリアを王家から押し付けられた悪女と思う使用人たちが手薬煉引いて待っているだろう。
だがしかし、彼女は王家からの『預かりもの』なのだから、皆丁重に扱ってはくれるはずだ。
ベテラン侍女であるソニアは感情と仕事をキッチリ分けられる人間だから、彼女に任せておけばまず間違いはないと、セドリックは考えていた。
領地に入ったところで行列を止め、セドリックはアメリアに声をかけた。
「王女殿下、今、サラトガ領に入りました。ご覧になられますか?」
「はい、ぜひ!」
思いがけず弾んだ返事があり、扉を開けると笑顔のアメリアが降りてきた。
アメリアは地面に降り立つと緑の大地を見渡している。
今サラトガ領には見渡す限り麦畑が広がっているのだ。
「ここが、公爵閣下の領地ですのね?なんて綺麗なんでしょう!」
目を輝かせて周囲を見回すアメリアに、セドリックは面食らった。
少々意地悪くはあるが、まずはここに来た洗礼を受けてもらおうと思ってアメリアを馬車から降ろしたのだ。
邸宅のある市街地に近づけばもう少し賑やかになるが、この辺りはただ麦畑が広がっているばかり。
畑しかない田舎の領地を見ればアメリアは早速落ち込むだろうと、そんな意地悪いことを考えていたのだ。
だがアメリアはガッカリする様子も見せず、青々と茂る麦の穂を眺めている。
アメリアは笑顔で振り返ると、
「これが美味しいパンになるのでしょう?閣下」
とたずねた。
「え?あ、ああ、まあそうです」
セドリックが相変わらず面食らっている間に、アメリアはずんずん畑の方に近づいて行く。
「あ、てんとう虫!」
アメリアが指をさして声をあげた。
「危ないですよ、アメリア様」
後ろからアメリアを追っているのは侍女のハンナだ。
(なんなんだ、一体。無邪気を装っているのか?だいたいなんで王女が虫の名前なんか知ってるんだ)
セドリックは楽しそうに麦畑を眺めているアメリアを訝しげに見つめていた。
23
お気に入りに追加
1,247
あなたにおすすめの小説

7年ぶりに帰国した美貌の年下婚約者は年上婚約者を溺愛したい。
なーさ
恋愛
7年前に隣国との交換留学に行った6歳下の婚約者ラドルフ。その婚約者で王城で侍女をしながら領地の運営もする貧乏令嬢ジューン。
7年ぶりにラドルフが帰国するがジューンは現れない。それもそのはず2年前にラドルフとジューンは婚約破棄しているからだ。そのことを知らないラドルフはジューンの家を訪ねる。しかしジューンはいない。後日王城で会った二人だったがラドルフは再会を喜ぶもジューンは喜べない。なぜなら王妃にラドルフと話すなと言われているからだ。わざと突き放すような言い方をしてその場を去ったジューン。そしてラドルフは7年ぶりに帰った実家で婚約破棄したことを知る。
溺愛したい美貌の年下騎士と弟としか見ていない年上令嬢。二人のじれじれラブストーリー!

【完結】幼い頃から婚約を誓っていた伯爵に婚約破棄されましたが、数年後に驚くべき事実が発覚したので会いに行こうと思います
菊池 快晴
恋愛
令嬢メアリーは、幼い頃から将来を誓い合ったゼイン伯爵に婚約破棄される。
その隣には見知らぬ女性が立っていた。
二人は傍から見ても仲睦まじいカップルだった。
両家の挨拶を終えて、幸せな結婚前パーティで、その出来事は起こった。
メアリーは彼との出会いを思い返しながら打ちひしがれる。
数年後、心の傷がようやく癒えた頃、メアリーの前に、謎の女性が現れる。
彼女の口から発せられた言葉は、ゼインのとんでもない事実だった――。
※ハッピーエンド&純愛
他サイトでも掲載しております。

声を取り戻した金糸雀は空の青を知る
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「大切なご令嬢なので、心して接するように」
7年ぶりに王宮へ呼ばれ、近衛隊長からそう耳打ちされた私、エスファニア。
国王陛下が自ら王宮に招いたご令嬢リュエンシーナ様との日々が始まりました。
ですが、それは私に思ってもみなかった変化を起こすのです。
こちらのお話には同じ主人公の作品
「恋だの愛だのそんなものは幻だよ〜やさぐれ女騎士の結婚※一話追加」があります。
(本作より数年前のお話になります)
もちろん両方お読みいただければ嬉しいですが、話はそれぞれ完結しておりますので、
本作のみでもお読みいただけます。
※この小説は小説家になろうさんでも公開中です。
初投稿です。拙い作品ですが、空よりも広い心でお読みいただけると幸いです。

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜
橘しづき
恋愛
姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。
私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。
だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
「私が……蒼一さんと結婚します」
姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

夫が不良債権のようです〜愛して尽して失った。わたしの末路〜
帆々
恋愛
リゼは王都で工房を経営する若き経営者だ。日々忙しく過ごしている。
売り上げ以上に気にかかるのは、夫キッドの健康だった。病弱な彼には主夫業を頼むが、無理はさせられない。その分リゼが頑張って生活をカバーしてきた。二人の暮らしでそれが彼女の幸せだった。
「ご主人を甘やかせ過ぎでは?」
周囲の声もある。でも何がいけないのか? キッドのことはもちろん自分が一番わかっている。彼の家蔵の問題もあるが、大丈夫。それが結婚というものだから。リゼは信じている。
彼が体調を崩したことがきっかけで、キッドの世話を頼む看護人を雇い入れことにした。フランという女性で、キッドとは話も合い和気藹々とした様子だ。気の利く彼女にリゼも負担が減りほっと安堵していた。
しかし、自宅の上の階に住む老婦人が忠告する。キッドとフランの仲が普通ではないようだ、と。更に疑いのない真実を突きつけられてしまう。衝撃を受けてうろたえるリゼに老婦人が親切に諭す。
「お別れなさい。あなたのお父様も結婚に反対だった。あなたに相応しくない人よ」
そこへ偶然、老婦人の甥という紳士が現れた。
「エル、リゼを助けてあげて頂戴」
リゼはエルと共にキッドとフランに対峙することになる。そこでは夫の信じられない企みが発覚して———————。
『愛して尽して、失って。ゼロから始めるしあわせ探し』から改題しました。
※小説家になろう様にも投稿させていただいております。

余命3ヶ月を言われたので静かに余生を送ろうと思ったのですが…大好きな殿下に溺愛されました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のセイラは、ずっと孤独の中生きてきた。自分に興味のない父や婚約者で王太子のロイド。
特に王宮での居場所はなく、教育係には嫌味を言われ、王宮使用人たちからは、心無い噂を流される始末。さらに婚約者のロイドの傍には、美しくて人当たりの良い侯爵令嬢のミーアがいた。
ロイドを愛していたセイラは、辛くて苦しくて、胸が張り裂けそうになるのを必死に耐えていたのだ。
毎日息苦しい生活を強いられているせいか、最近ずっと調子が悪い。でもそれはきっと、気のせいだろう、そう思っていたセイラだが、ある日吐血してしまう。
診察の結果、母と同じ不治の病に掛かっており、余命3ヶ月と宣言されてしまったのだ。
もう残りわずかしか生きられないのなら、愛するロイドを解放してあげよう。そして自分は、屋敷でひっそりと最期を迎えよう。そう考えていたセイラ。
一方セイラが余命宣告を受けた事を知ったロイドは…
※両想いなのにすれ違っていた2人が、幸せになるまでのお話しです。
よろしくお願いいたします。
他サイトでも同時投稿中です。

ひとりぼっち令嬢は正しく生きたい~婚約者様、その罪悪感は不要です~
参谷しのぶ
恋愛
十七歳の伯爵令嬢アイシアと、公爵令息で王女の護衛官でもある十九歳のランダルが婚約したのは三年前。月に一度のお茶会は婚約時に交わされた約束事だが、ランダルはエイドリアナ王女の護衛という仕事が忙しいらしく、ドタキャンや遅刻や途中退席は数知れず。先代国王の娘であるエイドリアナ王女は、現国王夫妻から虐げられているらしい。
二人が久しぶりにまともに顔を合わせたお茶会で、ランダルの口から出た言葉は「誰よりも大切なエイドリアナ王女の、十七歳のデビュタントのために君の宝石を貸してほしい」で──。
アイシアはじっとランダル様を見つめる。
「忘れていらっしゃるようなので申し上げますけれど」
「何だ?」
「私も、エイドリアナ王女殿下と同じ十七歳なんです」
「は?」
「ですから、私もデビュタントなんです。フォレット伯爵家のジュエリーセットをお貸しすることは構わないにしても、大舞踏会でランダル様がエスコートしてくださらないと私、ひとりぼっちなんですけど」
婚約者にデビュタントのエスコートをしてもらえないという辛すぎる現実。
傷ついたアイシアは『ランダルと婚約した理由』を思い出した。三年前に両親と弟がいっぺんに亡くなり唯一の相続人となった自分が、国中の『ろくでなし』からロックオンされたことを。領民のことを思えばランダルが一番マシだったことを。
「婚約者として正しく扱ってほしいなんて、欲張りになっていた自分が恥ずかしい!」
初心に返ったアイシアは、立派にひとりぼっちのデビュタントを乗り切ろうと心に誓う。それどころか、エイドリアナ王女のデビュタントを成功させるため、全力でランダルを支援し始めて──。
(あれ? ランダル様が罪悪感に駆られているように見えるのは、私の気のせいよね?)
★小説家になろう様にも投稿しました★

7歳の侯爵夫人
凛江
恋愛
ある日7歳の公爵令嬢コンスタンスが目覚めると、世界は全く変わっていたー。
自分は現在19歳の侯爵夫人で、23歳の夫がいるというのだ。
どうやら彼女は事故に遭って12年分の記憶を失っているらしい。
目覚める前日、たしかに自分は王太子と婚約したはずだった。
王太子妃になるはずだった自分が何故侯爵夫人になっているのかー?
見知らぬ夫に戸惑う妻(中身は幼女)と、突然幼女になってしまった妻に戸惑う夫。
23歳の夫と7歳の妻の奇妙な関係が始まるー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる