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第一章 セドリック
領地へ
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王都で結婚式を挙げた後、セドリックはアメリアを伴って領地に向かった。
住み慣れた王都を離れ国境近くの公爵領に赴くのは、どんなにか不安であろう。
そう思っていたのに、思いのほかアメリアの顔は晴れやかだった。
クラーク王の元を離れるという悲壮感も漂っていない。
かえって、アメリアを見送るクラーク王の方がなんとも悲しげであった。
道中はセドリックは馬に跨り、立派な領主専用の馬車にはアメリアと彼女の侍女を一緒に乗せた。
アメリアが王家の養女になる前から付いているハンナという侍女だ。
本来なら新婚夫婦である自分たちが一緒に乗るべきなのだろうが、何日もかけて移動する間ずっと向かい合って座るなど、なんの拷問なのかとさえ思う。
途中何度か宿に泊まったが、もちろん部屋も食事も別々だった。
言葉を交わすことも顔を合わせるのも宿への出入りや馬車の乗り降りの時のみ。
時折公爵家側で用意した侍女に様子を聞いたが、アメリアは不満を漏らすわけでもなく、純粋に旅を楽しんでいるように見える。
馬車の窓から見えたものに興味を持って護衛騎士に質問したり、宿の者に食事が美味しかったなどと気さくに声をかけていると言う。
さて、もうすぐサラトガ公爵領だ。
この領地は隣国との境に接し、セドリックの祖先が代々守ってきた土地である。
長い歴史の中隣国はたびたび国境を侵犯してきたが、その度サラトガ公爵家が追い払ってきた。
サラトガ公爵家が『王国の盾』と呼ばれる由縁であり、そのため、少々気の荒い家風なのは仕方がないと思われる。
王都から遠く離れた辺境の地の領民は、王家より領主への敬愛の方が断然強い。
だから今公爵邸では、アメリアを王家から押し付けられた悪女と思う使用人たちが手薬煉引いて待っているだろう。
だがしかし、彼女は王家からの『預かりもの』なのだから、皆丁重に扱ってはくれるはずだ。
ベテラン侍女であるソニアは感情と仕事をキッチリ分けられる人間だから、彼女に任せておけばまず間違いはないと、セドリックは考えていた。
領地に入ったところで行列を止め、セドリックはアメリアに声をかけた。
「王女殿下、今、サラトガ領に入りました。ご覧になられますか?」
「はい、ぜひ!」
思いがけず弾んだ返事があり、扉を開けると笑顔のアメリアが降りてきた。
アメリアは地面に降り立つと緑の大地を見渡している。
今サラトガ領には見渡す限り麦畑が広がっているのだ。
「ここが、公爵閣下の領地ですのね?なんて綺麗なんでしょう!」
目を輝かせて周囲を見回すアメリアに、セドリックは面食らった。
少々意地悪くはあるが、まずはここに来た洗礼を受けてもらおうと思ってアメリアを馬車から降ろしたのだ。
邸宅のある市街地に近づけばもう少し賑やかになるが、この辺りはただ麦畑が広がっているばかり。
畑しかない田舎の領地を見ればアメリアは早速落ち込むだろうと、そんな意地悪いことを考えていたのだ。
だがアメリアはガッカリする様子も見せず、青々と茂る麦の穂を眺めている。
アメリアは笑顔で振り返ると、
「これが美味しいパンになるのでしょう?閣下」
とたずねた。
「え?あ、ああ、まあそうです」
セドリックが相変わらず面食らっている間に、アメリアはずんずん畑の方に近づいて行く。
「あ、てんとう虫!」
アメリアが指をさして声をあげた。
「危ないですよ、アメリア様」
後ろからアメリアを追っているのは侍女のハンナだ。
(なんなんだ、一体。無邪気を装っているのか?だいたいなんで王女が虫の名前なんか知ってるんだ)
セドリックは楽しそうに麦畑を眺めているアメリアを訝しげに見つめていた。
住み慣れた王都を離れ国境近くの公爵領に赴くのは、どんなにか不安であろう。
そう思っていたのに、思いのほかアメリアの顔は晴れやかだった。
クラーク王の元を離れるという悲壮感も漂っていない。
かえって、アメリアを見送るクラーク王の方がなんとも悲しげであった。
道中はセドリックは馬に跨り、立派な領主専用の馬車にはアメリアと彼女の侍女を一緒に乗せた。
アメリアが王家の養女になる前から付いているハンナという侍女だ。
本来なら新婚夫婦である自分たちが一緒に乗るべきなのだろうが、何日もかけて移動する間ずっと向かい合って座るなど、なんの拷問なのかとさえ思う。
途中何度か宿に泊まったが、もちろん部屋も食事も別々だった。
言葉を交わすことも顔を合わせるのも宿への出入りや馬車の乗り降りの時のみ。
時折公爵家側で用意した侍女に様子を聞いたが、アメリアは不満を漏らすわけでもなく、純粋に旅を楽しんでいるように見える。
馬車の窓から見えたものに興味を持って護衛騎士に質問したり、宿の者に食事が美味しかったなどと気さくに声をかけていると言う。
さて、もうすぐサラトガ公爵領だ。
この領地は隣国との境に接し、セドリックの祖先が代々守ってきた土地である。
長い歴史の中隣国はたびたび国境を侵犯してきたが、その度サラトガ公爵家が追い払ってきた。
サラトガ公爵家が『王国の盾』と呼ばれる由縁であり、そのため、少々気の荒い家風なのは仕方がないと思われる。
王都から遠く離れた辺境の地の領民は、王家より領主への敬愛の方が断然強い。
だから今公爵邸では、アメリアを王家から押し付けられた悪女と思う使用人たちが手薬煉引いて待っているだろう。
だがしかし、彼女は王家からの『預かりもの』なのだから、皆丁重に扱ってはくれるはずだ。
ベテラン侍女であるソニアは感情と仕事をキッチリ分けられる人間だから、彼女に任せておけばまず間違いはないと、セドリックは考えていた。
領地に入ったところで行列を止め、セドリックはアメリアに声をかけた。
「王女殿下、今、サラトガ領に入りました。ご覧になられますか?」
「はい、ぜひ!」
思いがけず弾んだ返事があり、扉を開けると笑顔のアメリアが降りてきた。
アメリアは地面に降り立つと緑の大地を見渡している。
今サラトガ領には見渡す限り麦畑が広がっているのだ。
「ここが、公爵閣下の領地ですのね?なんて綺麗なんでしょう!」
目を輝かせて周囲を見回すアメリアに、セドリックは面食らった。
少々意地悪くはあるが、まずはここに来た洗礼を受けてもらおうと思ってアメリアを馬車から降ろしたのだ。
邸宅のある市街地に近づけばもう少し賑やかになるが、この辺りはただ麦畑が広がっているばかり。
畑しかない田舎の領地を見ればアメリアは早速落ち込むだろうと、そんな意地悪いことを考えていたのだ。
だがアメリアはガッカリする様子も見せず、青々と茂る麦の穂を眺めている。
アメリアは笑顔で振り返ると、
「これが美味しいパンになるのでしょう?閣下」
とたずねた。
「え?あ、ああ、まあそうです」
セドリックが相変わらず面食らっている間に、アメリアはずんずん畑の方に近づいて行く。
「あ、てんとう虫!」
アメリアが指をさして声をあげた。
「危ないですよ、アメリア様」
後ろからアメリアを追っているのは侍女のハンナだ。
(なんなんだ、一体。無邪気を装っているのか?だいたいなんで王女が虫の名前なんか知ってるんだ)
セドリックは楽しそうに麦畑を眺めているアメリアを訝しげに見つめていた。
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