さげわたし

凛江

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第一章 セドリック

サラトガ公爵セドリック

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国王への凱旋報告のため王都へ出向いていたセドリックが領地に帰って来た時、側近や侍女たちは皆歓喜して主を出迎えた。
此度の戦功の褒賞として、まだ独身だった主が妻を迎えることになったと聞いたからだ。

しかしその妻がアメリア王女だと知った瞬間、皆の反応は180°変わった。
王都から遠く離れたサラトガ領にまで、アメリア王女の噂は届いていたからである。

「自分の愛妾を下賜だなどと、旦那様をバカにするにもほどがあります!」
「旦那様は初婚でいらっしゃるのに、陛下のお古を妻に迎えろなんて!」
「旦那様は英雄なんですよ⁈こんな扱いってありますか⁈」
「まさか、本当に娶るつもりじゃないでしょうね⁈」

激怒し、口々に王家を罵る言葉を吐いているのは侍女長のソニアと騎士団長のオスカーだ。
この二人に家令トマスを含む三人は、セドリックが幼い頃から側近くに侍る最も信頼する者たちだ。

今セドリックは自身の執務室で彼らに王都凱旋の報告をしていたのだが、ソニアやオスカーの激怒ぶりに苦笑した。
そして執務室のソファに座ってダラリと長い足を伸ばすと、いかにも面倒臭そうにこう言った。

「名誉ある下賜だ。もちろん、謹んでお受けしてきたさ」
「まぁ、愛妾というのはただの噂ということもあります。あまり露骨なことを言うと、不敬罪になりますよ?」
ただ一人冷静に皆を諌めているのは家令のトマスだ。
そんなトマスを、ソニアはキッと眉を吊り上げて見返した。

「バカにされているのは旦那様なんですよ⁈もっとお怒りなさいませ!」
ソニアの頭からは湯気が立ちそうで、セドリックは思わず声を立てて笑った。
「旦那様!」
「あまり怒るなソニア。それに陛下ご自身は下賜なんて一言も言っていないぞ?王女様を降嫁させると言ったんだ」
「物は言いようですね!愛人を王女様だなどと」
オスカーもそう言うと舌打ちした。

「国王陛下の褒美なんだ。断るわけにはいかないだろう。まぁ…、俺の妻になる人なんだから、それなりにもてなしてやってくれ」
「当たり前です!仕事はちゃんとやりますわ!これ以上サラトガ公爵家をバカにされたらたまりませんもの!」
ソニアはセドリックを睨みつけるとぷりぷり怒りながら部屋を出て行った。
怒りながらも、急いで公爵夫人を迎える準備をするつもりなのだろう。

それに続き、騎士団長のオスカーも仏頂面で出て行く。
彼も不本意ながらも、騎士団長として色々準備をするのだ。

トマスはそんな二人の後ろ姿を見送って、溜息をついている。
彼は職務上いつも冷静沈着だが、それでも怒っているだろうことは、付き合いの長いセドリックにはわかる。
まぁ、ソニアをはじめ、皆が怒るのも無理はないのだ。
褒美と言いながら国王が押し付けてきた嫁は、サラトガ公爵家にとって厄介ごとでしかないのだから。

ランドル国王クラークが血など繋がっていないほど遠縁の娘を養女にしたという噂は、こんな辺境の地にも届いていた。
もちろん、実はその娘がクラーク王の愛人なのではないかという噂も一緒に。

「国境を守り抜いた褒美として、余の娘アメリア王女をつかわす」
戦勝の報告のため訪れた王宮の謁見室でそれを聞いた時、正直セドリックも自分の耳の性能を疑った。
あまり物事には動じずいつも冷静沈着な自分が、思わず声を上げてしまいそうになるほどに。
本当は即座に断ってしまいたい案件だったのだが、多くの貴族の前で告げられた王の言葉であり、粛々と受け入れるしかなかったのだ。

戦勝報告後に行われた祝賀パーティで、セドリックはクラーク王からアメリア王女に引き合わせられた。
ほとんど王都に来ることのなかったセドリックが、アメリアを見るのは初めて。
たしかに、美しい少女だと思った。
絹糸のような美しい銀色の髪に、エメラルドを思わせる碧色の瞳。
そして清楚な中にも凛とした佇まいは、養女とは言え王家の一員である気品を感じさせた。
しかし、噂が正しければ…、とセドリックは冷めた目で少女を眺めた。
この少女は、ランドル国王の恋人なのだから。
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