王太子妃は離婚したい

凛江

文字の大きさ
上 下
51 / 53
【番外編】もう一度

6

しおりを挟む

「私がなかなか次に進めなかったのは、愛情のせいではありません。贖罪と、後悔のせいですわ」

そう言うと、エリザベットは小さく笑って目を伏せた。

彼女の心は、その不誠実だった婚約者が今も占めているのだろう。

そしておそらく、彼女はセレンとの縁談を全く望んではいない。

俯くエリザベットの横顔を、セレンは黙って見つめる。

今なんて声をかけるべきなのか言葉が見つからなかったからだ。

エリザベットはそんなセレンを見上げると、困ったように微笑んだ。

「貴方は…、ベリンダお義姉さまに聞いていた方とは別人のようですわね。とても優しくて気遣いのできる方だわ」

「まさか…。私は優しくなどありません。優しい男なら、たった三年で離婚などしないでしょう」

セレンは自嘲気味に笑う。

「…そうですね。たしかに王族同士の結婚を三年で終わらせた経緯は気になります。でも今フレイア様が生き生きと活躍されているのを見ると、悪い選択ではなかったように思います。それに、決して一方的なものでもなかっただろうと伺えますわ」

彼女の言葉は、思いの外セレンの胸を衝いた。

やがてセレンは、何かを覚悟するかのように体ごとエリザベットに向き直った。

「やはり私は、この縁談をこのまま進めたいと思います」

そう告げると、エリザベットは少しだけ困ったような顔をした。

「貴方はまだフレイア様に未練がございますでしょう?後悔している私と、傷を舐め合って生きていこうということですか?それとも、無理矢理忘れて前に進もうというお誘いですか?」

しかしそんな彼女に、セレンは微笑んだ。

「忘れなくてもいいではありませんか。貴女は元婚約者への、私は元妻への想いを持ったまま、寄り添っていくことはできませんか?」

「想いを…、持った、ままで…?」

「ええ。きっと貴女と私は、穏やかに同じ方向を向いて歩いて行ける。それに私は…、多分、貴女を好きになると思います」

そう言って笑ったセレンの顔は、エリザベットにはとても眩しく見えた。

この先、ずっと一人でも構わないと思っていた。

でも睦じい兄夫婦を目の当たりにして、羨ましい気持ちもたしかにあった。

本当は望んでいたのかもしれない。

もう一度誰かを想い、想われる未来を。

「そうですね…。私ももしかしたら、貴方を好きになるかもしれません」

エリザベットもそう言うと柔らかく微笑んだ。

彼女の初めて見せた素の微笑みに、セレンは一瞬魅入られた。



「また近いうちに参ります。その時は、良いお返事がいただけると嬉しいのですが」

そう言い残し、翌日セレンは帰国した。

テルルに戻ったセレンは日々の徒然を手紙にしたため、エリザベットに書き送った。

それは求婚への返事を急かすものでも、婚姻が両国にもらたす利を説くものでもなく、本当に他愛もない話ばかりである。


これは、まだ恋ではない。

もしかしたら恋にはならないかもしれない。

だが、共に手を携え、共に同じ時を刻むうちに、育まれる何かがあるかもしれない。

セレンは思う。

かつて、こんな自分に恋してくれた少女がいた。

そして、そんな少女を一途に想う青年がいた。

叶うなら、自分ももう一度、そんな気持ちを味わってみたいと思う。



クロム王女エリザベットがテルル王セレンの求婚を承諾したのは、見合いの日より一月後のことであった。


おしまい



※セレンの再婚話でした。
本編とは違い穏やかになったセレンに戸惑われた方もいらっしゃったでしょうか。
彼も成長したということで見守っていただけたら嬉しいです。

※本編・番外編を通じて、ここでいちおう完結になります。
ジュリアンやメアリのその後、フレイアの子供たちのことなど、まだまだ書きたいことはあるので、そのうちまたお目にかけるかもしれません。
その時はまたおつきあいくださいね!
あたたかい応援、激励、本当にありがとうございました!
しおりを挟む
感想 886

あなたにおすすめの小説

1年後に離縁してほしいと言った旦那さまが離してくれません

水川サキ
恋愛
「僕には他に愛する人がいるんだ。だから、君を愛することはできない」 伯爵令嬢アリアは政略結婚で結ばれた侯爵に1年だけでいいから妻のふりをしてほしいと頼まれる。 そのあいだ、何でも好きなものを与えてくれるし、いくらでも贅沢していいと言う。 アリアは喜んでその条件を受け入れる。 たった1年だけど、美味しいものを食べて素敵なドレスや宝石を身につけて、いっぱい楽しいことしちゃおっ! などと気楽に考えていたのに、なぜか侯爵さまが夜の生活を求めてきて……。 いやいや、あなた私のこと好きじゃないですよね? ふりですよね? ふり!! なぜか侯爵さまが離してくれません。 ※設定ゆるゆるご都合主義

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

口は禍の元・・・後悔する王様は王妃様を口説く

ひとみん
恋愛
王命で王太子アルヴィンとの結婚が決まってしまった美しいフィオナ。 逃走すら許さない周囲の鉄壁の護りに諦めた彼女は、偶然王太子の会話を聞いてしまう。 「跡継ぎができれば離縁してもかまわないだろう」「互いの不貞でも理由にすればいい」 誰がこんな奴とやってけるかっ!と怒り炸裂のフィオナ。子供が出来たら即離婚を胸に王太子に言い放った。 「必要最低限の夫婦生活で済ませたいと思います」 だが一目見てフィオナに惚れてしまったアルヴィン。 妻が初恋で絶対に別れたくない夫と、こんなクズ夫とすぐに別れたい妻とのすれ違いラブストーリー。 ご都合主義満載です!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。