王太子妃は離婚したい

凛江

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【番外編】もう一度

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※話が前後しますが、セレンの再婚話です。
フレイアの再婚より前の話になります。


◇     ◇     ◇

「エリザベットさま!お見合いするとは真実まことでございますか⁈」

荘厳なクロム王宮の回廊に、甲高い声が響き渡る。

声の主は、クロム王太子妃ベリンダである。

ベリンダは王太子妃にもまるまじき速足で回廊を進むと、少し先に佇むエリザベットに駆け寄った。

「あらお義姉さま。もうお聞き及びになりまして?」

エリザベットはおっとりと義姉を振り返り、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「では、本当ですのね?テルル王と縁談があると言うのは…!」

ベリンダは鼻息も荒く、エリザベットをキッと見据えた。

しかしエリザベットは面白そうにベリンダを見やると、持っていた扇子で口元を隠す。

「いけませんわよ、お義姉さま。クロム王太子妃ともあろうお方がそのように眉を吊り上げて」

「でも私は貴女のことが心配で…!」

「まだ決まったわけじゃありませんわ。お義姉さま」

「でもテルル王に会うのは本当なのでしょう?それでは決まってしまったも同然ではありませんか。私は貴女には幸せになっていただきたいのよ、エリザベットさま…!」

「ええ、わかっていますわ、お義姉さま。わかっていますとも。でも私は大丈夫ですの。大丈夫ですのよ?お義姉さま」

エリザベットは自らに言い聞かせるように言うと、ベリンダの両手を自分の両手で包みこんだ。

ベリンダが心配そうに眉を寄せるのを、あたたかい気持ちで見返す。


エリザベットはクロムの第一王女であり、現クロム王太子の実妹だ。

だから、アルゴンからクロム王太子に嫁いできたベリンダは、エリザベットには義姉にあたる。

昔はクロム国は古代王国の末裔を誇り血をたっとぶあまり、他国の血を入れないことで有名であった。

近隣国のテルル、アルゴン、タンタルがお互いの王族同士で政略結婚するのを横目に、クロムは自国の王族内で血族結婚を繰り返していたのである。

しかし近すぎる血族結婚には弊害が多く、それにやっと気づいたクロムはここ何代か他国の妃を迎えるようになった。

だからといって他国の妃を諸手を挙げて歓迎している風でもない。

ベリンダはそんなクロムに嫁入りしてきたのだが、彼女の人柄ゆえか、王太子とも仲睦まじく、貴族たちとの仲もそれなりに良好のようだ。

そして庶民的で有名なアルゴン王室から嫁いできたベリンダは、義理の妹であるエリザベットに対しても本当の妹のように接してくれている。

特に、今回エリザベットに舞い込んだ縁談の相手はテルル国王で、その国王の元妻はベリンダの妹フレイアだったという因縁がある。

ベリンダにしたら可愛い妹を離縁した憎むべき相手が、今度は可愛がっている義妹の縁談相手と知り、複雑な思いなのである。

それでなくとも、エリザベットには幼い頃からの婚約者を亡くしたという過去がある。

義理ではありながら、義妹を傷つけられたくないと思うベリンダの思いを知り、エリザベットはあたたかい気持ちになった。


クロム王女エリザベットにテルルから縁談が舞い込んだのは、つい三日前のことである。

『テルル国王の王妃にクロムの第一王女エリザベット姫を望んでいる。ついては、クロムを訪問する機会に、顔合わせの時間を作って欲しい』

要約するとそんな内容だった。

表向き表敬訪問であるが、その裏で見合いの席を設けて欲しい、と言うわけである。

父であるクロム王直々にその話を聞いた時、エリザベットは「何故私に?」と思った。

エリザベットは幼い頃より公爵家の嫡男と婚約しており、時期がきたら降嫁する予定であった。

だが、婚約者は婚姻前に亡くなった。

その後エリザベットは結婚もせず、現在23歳。

10代で嫁ぐことが多い王族や貴族の社会では、すでに行き遅れの部類に入る。

表向き長年の婚約者を忘れられず…などという美談になってはいるが、そんな美しいものではないと、多くの貴族は知っている。

いや、たしかに婚約者のことは好きだった。

ずっと幼い頃より『この人のお嫁さんになるのだ』と思ってきたし、それなりにあたたかい関係を作ってきたつもりだ。

彼だってエリザベットが好きだと口にしていたし、実際嘘ではなかったのだと思う。

だが、彼はおっとり育った王女だけでは物足りなかったらしい。

彼は成人する前から、上手にクロム社交界の裏で派手に遊び回っていた。

大方、王女を嫁にもらう前の一花二花と思っていたのだろう。

しかし、それに気づいた王家が婚約の解消を考えていたところへ、肝心の婚約者が急死した。

社交界では、遊び過ぎて身を持ち崩したらしいとか、女に恨まれて刺されたらしいとかいう不名誉な噂まで流れている。

結局、婚約が解消されないうちに男は亡くなった。

エリザベットは長年の婚約者を亡くすという、悲恋の主人公になったのである。

たしかに、この公爵令息のせいで男性不信に陥ったし、結婚なんて懲り懲りだとも思った。

だが、彼を忘れられなくて…などというのは民衆が勝手に作った幻想だ。

実際社交界の中には彼の女性遍歴を知っている者もいるのに、なんとも馬鹿馬鹿しい美談である。

当時エリザベットは17歳。

目ぼしい王族、貴族はすでに結婚したり婚約者がいた中で、ひたすら行き遅れの道を歩み始める。

エリザベットを気の毒に思っていた父も兄も結婚を迫ることもなく、なんならこのまま一生独身でもいいかと思い始めていた矢先、縁談が舞い込んだのである。


それにしても、エリザベットにはまだ婚約者が決まっていない妹もいるのに何故自分なのだろう。

再婚とはいえ、テルル国王は眉目秀麗な美丈夫で知られ、持ち込まれる縁談も後を絶たないと聞く。

行き遅れの引きこもり王女である自分を選んだ理由が、全く思い当たらないのだ。


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