王太子妃は離婚したい

凛江

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【番外編】タンタル王宮で〜王太女は叔父の幸せを願う〜

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ハロルドは差出人の箇所をそっと指でなぞった。

ただの、近況を報告する手紙かもしれない。

かつての幼馴染を思い出して、懐かしくて思わず筆をとっただけなのかもしれない。

そう思うのに、どうしてフレイアからの手紙というだけでこんなにも心が掻き乱されるのだろう。

封筒を手にしたまま突っ立っている叔父を、コーディリアは訝しげに見上げた。

「…読まないの?おじさま」

「いや…」

「おじさまがいつまでも迎えに来ないから、フレイア様は焦れてらっしゃるんじゃないかしらねぇ」

「はは、まさか…」

ハロルドは自嘲するように笑った。

フレイアがハロルドを待っているはずなどない。

自分の手をとるなら、これまでにたくさん機会はあったはず。

夫であるテルル王太子に妻として扱われていなかったフレイアを、ハロルドは何度も誘ったのだから。

俺と、逃げようと。

俺を、選んで欲しいと。

でも、フレイアはハロルドの手をとらなかった。

フレイアにとって、ハロルドは幼馴染以上の何者でもなかった証拠だ。


一方コーディリアは、なかなか手紙の封を切らない叔父の横顔を見つめていた。

ハロルドがフレイアを想う時、決まってこんな顔をする。

優しげで、眩しそうで、それでいて遠い目を。

(おじさまをこんな顔にできるのは、やっぱりフレイア様だけね)

コーディリアはフレイアに会ったことはないが、きっととても素敵な女性なのだろうと思う。



ハロルドは手紙の封を切った。

そこには、便箋が1枚だけ入っていた。

コーディリアは叔父を1人にしてあげようかとも思ったが、便箋を開いてみるみる変わっていく叔父の顔色を見て考えを変えた。

もちろん後で揶揄うネタにするつもりだ。


「フレイアが…。
…俺に、会いに来るって…」

そう言うと、ハロルドは右手を口に持っていった。

「じゃあ早く、お返事を書かなきゃ!」

「いや、もう間に合わない。
手紙を出したのが一昨日だとして…、もう近くまで来ているだろう」

戸惑ったような振りはしているが、その声は嬉しさを隠しきれていない。

「不器用ね、ハルおじさまは」


その時、ハロルドの側近イヴォンが駆け寄ってくるのが見えた。

イヴォンは平民出身の青年だが、官吏志望の中で一際優秀だった彼を、ハロルドが自分の側近に取り立てたという経緯がある。

「ハロルド殿下!こちらにいらっしゃいましたか!」

イヴォンは息を切らしながら駆けて来ると、ハロルドの前で止まった。

「今ビスマス領主殿の使いから先触れがありまして、領主殿が王都に入られたと…!」

最後までイヴォンの言葉を聞かず、ハロルドは即座に身を翻した。

慌てたイヴォンが、ハロルドの背中に言葉を投げかける。

「伝言です、殿下!
『もうすぐ着きます。桜を見ながら、貴方に会いに行きます』
と…!」


足早に去って行くハロルドの右手には、フレイアの手紙が握られている。

そしてここからでもわかるほど、ハロルドの耳も首も真っ赤に染まっている。


「…仕方ないわね。
ハルおじさまは、フレイア様にあげるわ。
もちろん宰相としてのお仕事はきっちりしていただくけど、それ以外のおじさまは全部あげる。ちょっと妬けるけどね」

コーディリアがそう呟くと、イヴォンはキョトンと首を傾げた。



『親愛なるハルへ

また桜が咲く季節がやって来ましたね。
この花を見ると、私はどうしようもなく貴方が恋しくなります。
だから今、無性に貴方に会いたい。

アルゴン王女でもなく、
テルル王太子妃でもなく、
ビスマスの女領主でもなく、
ただのフレイアとしてー。

今から、貴方に会いに行きます』



【タンタル王宮で~王太女は叔父の幸せを願う~】

おしまい



※ハロルドの想いが叶う直前のお話でした。
お付き合い、ありがとうございました。
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