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【番外編】タンタル王宮で〜王太女は叔父の幸せを願う〜
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「私は…、おじさまより先に婚約が整ってしまって複雑だわ」
そう言うとコーディリアは美しい眉をひそめ、叔父に乱された髪に手をやった。
昨年王太女となったコーディリアは、つい先日侯爵家の三男と婚約した。
将来王配になるそのポストには他国の王族を迎えるのではないかと巷の噂になっていたが、結局選ばれたのは自国の貴族で王女の幼馴染であった。
当然、政略結婚ではなくコーディリア自身が望んだ婚約者である。
15歳同士という初々しいカップルと王女の初恋・純愛物語に、国民は今夢中だ。
国中祝賀ムードで、経済の活性化にも貢献しているとは思う。
でも。
「私の初恋は、本当はおじさまなのに」
「こらこら。婚約者が聞いたら妬くぞ?
俺は宰相として王配殿下と仲良くこの国を守っていかなくちゃいけないんだから、仲違いするような言動は慎んでくれよ?」
ハロルドはそう言うともう一度コーディリアの頭を撫でた。
そして、また「しまった」という顔をする。
慌てて離れていこうとする手を、コーディリアはパシリと掴んだ。
コーディリアはこの、叔父の大きくて温かい手が大好きだ。
初恋と言うのもあながち嘘じゃない。
血さえ繋がっていなかったら、絶対にこの人に恋していたと思うほどに。
でも、いつまでもこの手に甘えることは出来ない。
これからは、王太女と宰相として、国王を支えていくのだから。
それに…、純愛というなら、自分より叔父の方にピッタリくる言葉だと思う。
叔父は多くを語らないが、右目を失ったのも、体に大怪我を負ったのも、彼が愛したたった1人の女性を守るためだったことは、コーディリアも知っている。
しかも当時彼女は人妻だったにもかかわらず、ハロルドは一途に想いを貫いていたことも。
「おい、そろそろ離してくれないか?」
姪に手を掴まれたまま、ハロルドは苦笑している。
しかしコーディリアはそれを無視して、自分の両手で叔父の手を包み込んだ。
「ねぇ、おじさま?」
コーディリアがハロルドを見上げ、小首を傾げる。
「ん?」
ハロルドは目を細めてコーディリアを見下ろす。
コーディリアはこの、ハロルドの「ん?」がすごく好きだ。
柔らかくて、あたたかくて、すごく優しい声だから。
だからやっぱり、すごくハロルドが好きだ。
そして、ハロルドにも幸せになって欲しいと思う。
「私は婚約したけど、結婚するまでにはまだ時間があるわ。
だからおじさま、私より先に結婚してね」
「うーん、どうだろうね?
俺は生涯独り身かもしれないからな」
困ったように笑って答えるハロルドに、コーディリアは眉をひそめる。
「またどこぞのご令嬢を袖にしたらしいわね。お父様にお聞きしたわ」
「人聞きの悪いことを言うんじゃないよ。縁談を持ち込まれたから、俺には勿体ないとお断りしただけだ」
そう言ってハロルドは苦笑するが、この叔父が次から次へと縁談を切って捨てているのは知っている。
もちろんこの国の次期宰相である彼と縁を持ちたいがための縁談もあるが、純粋にハロルドを慕っている令嬢が数多くいるのも本当だ。
そう、この叔父はかなりモテるのだ。
「それより、だいぶ急いでいたようだったが、何か用があったのかな?
俺に用があったんだろう?」
「ええ…、どうしようかしら。
おじさまは女性に興味無いようだし」
「ん?どうしようって…、何が?」
ハロルドが訝しげに首を傾げると、コーディリアはやっと彼の手を離した。
そして右手を自分の胸元に差し入れると、そっとハロルドの目の前に出した。
その手には、一体どこに隠していたのか、手紙が載せられている。
「…俺に?」
「ええ」
「なんでそんなところから?」
「おじさまを驚かせたくて?」
何故か疑問形で返す姪を訝しげに見やり、ハロルドはその手紙を手に取った。
そして、差出人の名を見て目を見開いた。
彼の唯一の想い人、フレイアの名前があったからだ。
あの、テルルでのクーデターの折に東の砦で別れてから、実に4年の月日が流れている。
(何故、今更…)
そんな想いが込み上げてきて、ハロルドは戸惑った。
フレイアへの気持ちは、4年前、あの砦に置いて来たのに。
あれから、彼女がセレンと離婚し、自治領ビスマスの領主として活躍しているのは知っている。
それを知った時、彼女はもう誰かの妻として生きる道を拒んだのだと思った。
セレンと交わる道も、ハロルドと交わる道も絶ったのだと。
そう言うとコーディリアは美しい眉をひそめ、叔父に乱された髪に手をやった。
昨年王太女となったコーディリアは、つい先日侯爵家の三男と婚約した。
将来王配になるそのポストには他国の王族を迎えるのではないかと巷の噂になっていたが、結局選ばれたのは自国の貴族で王女の幼馴染であった。
当然、政略結婚ではなくコーディリア自身が望んだ婚約者である。
15歳同士という初々しいカップルと王女の初恋・純愛物語に、国民は今夢中だ。
国中祝賀ムードで、経済の活性化にも貢献しているとは思う。
でも。
「私の初恋は、本当はおじさまなのに」
「こらこら。婚約者が聞いたら妬くぞ?
俺は宰相として王配殿下と仲良くこの国を守っていかなくちゃいけないんだから、仲違いするような言動は慎んでくれよ?」
ハロルドはそう言うともう一度コーディリアの頭を撫でた。
そして、また「しまった」という顔をする。
慌てて離れていこうとする手を、コーディリアはパシリと掴んだ。
コーディリアはこの、叔父の大きくて温かい手が大好きだ。
初恋と言うのもあながち嘘じゃない。
血さえ繋がっていなかったら、絶対にこの人に恋していたと思うほどに。
でも、いつまでもこの手に甘えることは出来ない。
これからは、王太女と宰相として、国王を支えていくのだから。
それに…、純愛というなら、自分より叔父の方にピッタリくる言葉だと思う。
叔父は多くを語らないが、右目を失ったのも、体に大怪我を負ったのも、彼が愛したたった1人の女性を守るためだったことは、コーディリアも知っている。
しかも当時彼女は人妻だったにもかかわらず、ハロルドは一途に想いを貫いていたことも。
「おい、そろそろ離してくれないか?」
姪に手を掴まれたまま、ハロルドは苦笑している。
しかしコーディリアはそれを無視して、自分の両手で叔父の手を包み込んだ。
「ねぇ、おじさま?」
コーディリアがハロルドを見上げ、小首を傾げる。
「ん?」
ハロルドは目を細めてコーディリアを見下ろす。
コーディリアはこの、ハロルドの「ん?」がすごく好きだ。
柔らかくて、あたたかくて、すごく優しい声だから。
だからやっぱり、すごくハロルドが好きだ。
そして、ハロルドにも幸せになって欲しいと思う。
「私は婚約したけど、結婚するまでにはまだ時間があるわ。
だからおじさま、私より先に結婚してね」
「うーん、どうだろうね?
俺は生涯独り身かもしれないからな」
困ったように笑って答えるハロルドに、コーディリアは眉をひそめる。
「またどこぞのご令嬢を袖にしたらしいわね。お父様にお聞きしたわ」
「人聞きの悪いことを言うんじゃないよ。縁談を持ち込まれたから、俺には勿体ないとお断りしただけだ」
そう言ってハロルドは苦笑するが、この叔父が次から次へと縁談を切って捨てているのは知っている。
もちろんこの国の次期宰相である彼と縁を持ちたいがための縁談もあるが、純粋にハロルドを慕っている令嬢が数多くいるのも本当だ。
そう、この叔父はかなりモテるのだ。
「それより、だいぶ急いでいたようだったが、何か用があったのかな?
俺に用があったんだろう?」
「ええ…、どうしようかしら。
おじさまは女性に興味無いようだし」
「ん?どうしようって…、何が?」
ハロルドが訝しげに首を傾げると、コーディリアはやっと彼の手を離した。
そして右手を自分の胸元に差し入れると、そっとハロルドの目の前に出した。
その手には、一体どこに隠していたのか、手紙が載せられている。
「…俺に?」
「ええ」
「なんでそんなところから?」
「おじさまを驚かせたくて?」
何故か疑問形で返す姪を訝しげに見やり、ハロルドはその手紙を手に取った。
そして、差出人の名を見て目を見開いた。
彼の唯一の想い人、フレイアの名前があったからだ。
あの、テルルでのクーデターの折に東の砦で別れてから、実に4年の月日が流れている。
(何故、今更…)
そんな想いが込み上げてきて、ハロルドは戸惑った。
フレイアへの気持ちは、4年前、あの砦に置いて来たのに。
あれから、彼女がセレンと離婚し、自治領ビスマスの領主として活躍しているのは知っている。
それを知った時、彼女はもう誰かの妻として生きる道を拒んだのだと思った。
セレンと交わる道も、ハロルドと交わる道も絶ったのだと。
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