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【番外編】ラストダンス〜元公爵夫人も離縁したい〜
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しおりを挟むセレンの暗殺計画も、その後のクーデターも、もちろんサーシャは蚊帳の外であった。
全てを知ったのは、謀叛が制圧された後のことである。
もちろん知っていたからといって、サーシャに出来ることはなかったし、多分知っていても何も動かなかっただろう。
父や兄が殺そうとしたセレンは、かつてサーシャが愛した男である。
ー知っていたとして、私はセレンの命を惜しんだだろうかー
今のサーシャには、それすらわからなかった。
サーシャは立ち上がって侍女の腕から息子アンリを抱き取った。
そしてスヤスヤと安らかに眠るその寝顔を見つめる。
汚れを知らぬ、天使のようなその顔を。
自分は何をしようとしていたのだろう。
自分勝手にこの無垢な存在を捨てようとしていたのだろうか。
サーシャはただ叛逆者の娘という汚名から逃げ出したかっただけなのかもしれない。
修道院に入り、夫からも世間からも離れて、何もかも忘れたかっただけなのかもしれない。
でもー。
叛逆者の娘と孫だと言って妻と息子を切り捨てることもできただろうに、クリスはそうしなかった。
他の妻子は早々に手放したのに、サーシャとアンリは手元に置き続けたのだ。
「ごめんね…」
サーシャはアンリの頬を指で撫でながら呟いた。
アンリはそんな母に無垢な笑顔を向ける。
「ごめんなさい、私…」
震えるサーシャの肩を、クリスは抱きしめた。
その夫の腕もまた、微かに震えていた。
しばらく泣いて落ち着いた頃、サーシャの耳に優雅な曲が流れてきた。
ホールの隅で、アキテーク公爵お抱えの楽士たちが円舞曲を奏で始めたのだ。
「サーシャ嬢。
私と踊っていただけませんか?」
今にも泣き出しそうな顔に無理に笑顔を浮かべ、クリスが手を差し出す。
それは、かつて王宮の夜会で、セレンと破局したばかりのサーシャにクリスが声をかけた時と全く同じ台詞。
サーシャはそっとアンリを侍女に手渡すと、涙をこらえ、差し伸べられたその手をとった。
王都の公爵邸で。
かつて社交界を華やかに彩った二人のラストダンス。
手を取り合い、見つめ合い、二人は優雅にステップを踏む。
クリスにも、サーシャにも、そしてアンリにも、この先の道は相当険しいものになるだろう。
やっぱりどうしてもダメで、壊れてしまうこともあるかもしれない。
でも、今はー。
今だけは、ちょっとだけ信じてみたい。
そうサーシャは思った。
もしかしたら今度こそ、本当の夫婦に、本当の家族になれるかもしれないと。
どうしたって…、結局私は、この人を心から嫌いにはなれないのだから。
数年後、嫡男アンリはセレンの嫡男の側近として取り立てられた。
アンリは王太子に誠実に尽くし、信頼を得るようになる。
クリスは一から領地経営を勉強し、荒れた辺境の地に向き合った。
領地までついてきた配下に助けられ、なんとか治めていたようだ。
そこには、サーシャ夫人の内助の功もあったと言う。
ただ…、クリス夫妻が社交界の表舞台に立つことは、二度となかった。
ラストダンス~元公爵夫人も離縁したい~
おしまい
※クリス夫妻の話にお付き合いいただきありがとうございました。
全てを知ったのは、謀叛が制圧された後のことである。
もちろん知っていたからといって、サーシャに出来ることはなかったし、多分知っていても何も動かなかっただろう。
父や兄が殺そうとしたセレンは、かつてサーシャが愛した男である。
ー知っていたとして、私はセレンの命を惜しんだだろうかー
今のサーシャには、それすらわからなかった。
サーシャは立ち上がって侍女の腕から息子アンリを抱き取った。
そしてスヤスヤと安らかに眠るその寝顔を見つめる。
汚れを知らぬ、天使のようなその顔を。
自分は何をしようとしていたのだろう。
自分勝手にこの無垢な存在を捨てようとしていたのだろうか。
サーシャはただ叛逆者の娘という汚名から逃げ出したかっただけなのかもしれない。
修道院に入り、夫からも世間からも離れて、何もかも忘れたかっただけなのかもしれない。
でもー。
叛逆者の娘と孫だと言って妻と息子を切り捨てることもできただろうに、クリスはそうしなかった。
他の妻子は早々に手放したのに、サーシャとアンリは手元に置き続けたのだ。
「ごめんね…」
サーシャはアンリの頬を指で撫でながら呟いた。
アンリはそんな母に無垢な笑顔を向ける。
「ごめんなさい、私…」
震えるサーシャの肩を、クリスは抱きしめた。
その夫の腕もまた、微かに震えていた。
しばらく泣いて落ち着いた頃、サーシャの耳に優雅な曲が流れてきた。
ホールの隅で、アキテーク公爵お抱えの楽士たちが円舞曲を奏で始めたのだ。
「サーシャ嬢。
私と踊っていただけませんか?」
今にも泣き出しそうな顔に無理に笑顔を浮かべ、クリスが手を差し出す。
それは、かつて王宮の夜会で、セレンと破局したばかりのサーシャにクリスが声をかけた時と全く同じ台詞。
サーシャはそっとアンリを侍女に手渡すと、涙をこらえ、差し伸べられたその手をとった。
王都の公爵邸で。
かつて社交界を華やかに彩った二人のラストダンス。
手を取り合い、見つめ合い、二人は優雅にステップを踏む。
クリスにも、サーシャにも、そしてアンリにも、この先の道は相当険しいものになるだろう。
やっぱりどうしてもダメで、壊れてしまうこともあるかもしれない。
でも、今はー。
今だけは、ちょっとだけ信じてみたい。
そうサーシャは思った。
もしかしたら今度こそ、本当の夫婦に、本当の家族になれるかもしれないと。
どうしたって…、結局私は、この人を心から嫌いにはなれないのだから。
数年後、嫡男アンリはセレンの嫡男の側近として取り立てられた。
アンリは王太子に誠実に尽くし、信頼を得るようになる。
クリスは一から領地経営を勉強し、荒れた辺境の地に向き合った。
領地までついてきた配下に助けられ、なんとか治めていたようだ。
そこには、サーシャ夫人の内助の功もあったと言う。
ただ…、クリス夫妻が社交界の表舞台に立つことは、二度となかった。
ラストダンス~元公爵夫人も離縁したい~
おしまい
※クリス夫妻の話にお付き合いいただきありがとうございました。
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