王太子妃は離婚したい

凛江

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【番外編】ラストダンス〜元公爵夫人も離縁したい〜

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「どうか、私を離縁して修道院へ送ってくださいませ」


この邸での最後の晩餐の席でも、サーシャはまだそう訴えていた。

王都での最後の夜を家族水入らずで過ごそうと、クリスが用意させた晩餐である。

かつて幾度となく夜会が開かれた豪奢なホールで、クリスとサーシャは向かい合って座っている。

これが最後と料理人が腕をふるった料理の数々に、しかしサーシャは手をつけずに俯いていた。

本当は自ら離縁の手続きをするなり修道院へ逃れるなりすればよかったのかもしれないが、公爵令嬢として蝶よ花よと育てられたサーシャはその術を持たなかった。

婚姻前はドウェイン公爵家に、そして婚姻後はアキテーク公爵家に守られ、社交界の花として君臨してきたサーシャには、結局一人で生きていく覚悟も勇気もないのである。

こんな境遇に自分を追いやった夫に素直にもなれず、ただ離縁してくれと言うばかりであった。


「それが、本心か?
そなたが修道院に入ってしまったらアンリはどうする?」

クリスは気まずそうにサーシャを見つめた。

まだ赤子のアンリは今、傍らに控える侍女の腕の中でスヤスヤと眠っている。

「叛逆者の娘が母では…、アンリの未来に影を落としますわ」

「…それを言うのは今更だろう。
私の息子というだけで、すでにアンリの汚点になっている」

「…アンリ…」

サーシャはアンリのあどけない寝顔を振り返り、涙を零した。

クーデターを起こして処刑された祖父とその旗印となった父をもつ息子のこの先の道は、相当険しいものになるだろう。

「私を憎んでも嫌ってもいい。
もう夫婦として生活できないというならそれでもいい。
だが、どうか、アンリのために逃げずに留まってくれないか?」

「逃げ…、る…?」

「私のことを信用できないのは当然だ。
たしかに今までの私は嫌なことから目を背け、自分の欲望のままに生きてきた。
だが、せめてこれからは、父として、アンリに恥ずかしい姿を見せないようつとめていきたいと思う」

夫の言葉に、サーシャは目を見開いた。

とても夫が発したとは思えないような言葉の数々だったからだ。

これほど真摯で、これほど殊勝な言葉を、サーシャは夫から聞いたことはない。

それが、たとえ建前だとしても。


クリスの何人かいた愛人と子供は、クーデターの報を聞いてすぐ実家に帰されていた。

その時手元にあったありったけの財宝を持たせてやったという。

それ以外の財宝はほぼ、事変後に王家に引き渡している。


人はすぐには変われない。

今は殊勝なことを述べていても、根っからの享楽主義の夫が変わるのは難しいだろう。

でも、彼は変わると、努力すると言ったのだ。


夫が父を見捨てたことを、サーシャは生涯忘れはしないだろう。

恨んでもいるし、憎む気持ちも、許せない気持ちもある。

だが…。


サーシャは顔を上げて夫の顔を見た。

優雅で美しかった貴公子の、けれど今は疲れを滲ませたその顔を。


この美しいテルルの第一王子に、サーシャはたしかに救われてもきた。

かつての恋人セレンとの未来がなくなった時、声をかけてきたのは彼だった。

クリスと結婚することにより、クリス、サーシャ双方にメリットはあった。

クリスにとってはただ弟への嫌がらせだったかもしれないが、サーシャのプライドはギリギリのところで保たれた。

お互いの欲を満たす結婚ではあったが、それだけではなかったはずだ。

ただ、この結婚によって、父は滅び、夫は失脚してしまったけれどー。
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