王太子妃は離婚したい

凛江

文字の大きさ
上 下
32 / 53
【番外編】シスコン王太子は女性騎士と結婚したい

3-6

しおりを挟む
「………は?」

ソラリスは淑女らしからぬ呆けた顔でサイラスを見上げた。

そんなソラリスに畳み掛けるように、サイラスはズイッと距離を詰める。

「結婚しよう、ソラリス。
私の妃になって欲しい」

サイラスは唐突に、何の準備も無く、そして妹を迎えに来たはずの他国で、あろうことかプロポーズをしていた。

今ではない…、今ではないと、もう1人の自分も警告している。

だが、口から出てしまったものは仕方がない。

戦疲れと、ソラリスに久しぶりに会えた喜びに、ハイになっているに違いない。


「…おっしゃる意味が、わからないのですが」

ソラリスが心底困惑した顔で見上げてくる。

それはそうだ。

当たり前だ。

何の前振りもなく突然プロポーズされたのだから。

サイラスは一つ深呼吸をすると、ソラリスの手を握りなおした。

「ソラリス、結婚してくれ。
私の妻となり、生涯、私のそばにいて欲しい」

「…酔っておられるのですか?殿下」

「いや、酔っていない」

祝勝の宴で酒は飲んだが、ハロルド失踪の騒ぎで酒などすっかり抜けてしまっている。

「でも…、私はフレイア様の侍女で…」

「悪いが、フレイアの侍女はやめて王太子妃になってくれ」

「王太子妃⁈無理です、無理です!
私は伯爵家の娘で、とてもお妃様になど…!」

「今までにも伯爵家出身の王妃はいる。
大丈夫だ、ソラリス」

「王妃⁈ いえ、無理です!
殿下はどうかどこかのお姫様をお迎えくださいませ!」

ソラリスはなんとか手を引き抜こうとするが、サイラスは絶対に離さない。

そして真剣な、懇願するような目で、ソラリスを見つめた。

「ソラリスは…、それで良いのか?
本当に、私がどこかの姫を迎えることを望むのか?」

「だって…、私は生涯フレイア様にお仕えするつもりで…」

サイラスを見上げるソラリスの瞳が揺れる。

フレイアに心酔している彼女は、優雅な王族の姫でありながら女性騎士であり、そして一流ブランドの経営者でもあるフレイアと、常に共にありたいと願っている。

ソラリスの生きる意味は全てフレイアであり、彼女から離れることはあり得ない。

今回籠城戦に向かうフレイアから離れサイラスの元に向かったのも、もちろんフレイアの命令だったからだ。

だが…。

瞳を揺らし、唇を噛むソラリスに、サイラスが優しくたずねる。

「ではあの時…、何故私について来た?」と。

「…いつのことでございますか?」

突然のサイラスの問いに、ソラリスは首を傾げた。

「ハルをフレイアに託した後のことだ」

「…それは…」

ソラリスは気まずそうに口ごもった。

「いつもの貴女ならフレイアの側を離れなかっただろう。それにあの時は、フレイアについていてやるべきであった」

「…それは…」

サイラスが言っているのは、戦の最中、傷ついたハロルドを安全な場所におろし、再び戦場にとって返した時のことである。

あの時、サイラスを東の砦まで案内するというソラリスの任務は完了していた。

本来なら主であるフレイアの側を離れるべきではない。

それなのにソラリスは、とどまれと言うサイラスの言葉も無視して彼についてきた。

そして戦場ではサイラスの側を離れず、彼を守るように戦っていた。

「あの時は…、姫様は安全な場所におりましたから、私は殿下をお守りしなければと…」

「でも貴女はフレイアの侍女だろう?
私を守る義務はないはずだ」

その言葉を聞いたソラリスの目から、ボロボロッと大粒の涙がこぼれ出した。

初めて見るソラリスの涙に、サイラスはギョッとする。


「ソラリス…?」

サイラスが顔を覗きこもうとするのを避け、ソラリスは俯いた。

「私が…、殿下をお守りしようと思ったのは、未来の国王陛下への尊敬と、お仕えする姫様の兄上としての信頼以上のものはございません。
貴方様を失えば、姫様が悲しまれるからです。
今までも、これからも、この気持ちが変わることは未来永劫ございません」

まるで自分に言い聞かせるように話すソラリスに、サイラスは優しく諭すように語りかける。

「あの時貴女が私について来たのは、少しでも私を慕ってくれる気持ちがあるからではないかと思っていた。
私の思い過ごしだろうか?」

ソラリスは黙ったまま俯いている。

「私は貴女が好きだ。
どうか、私の妃になってはくれないだろうか」

「いいえ、私のような者にもったいないお言葉です。
私の幼い頃よりの願いはフレイア様のお側で盾になること。
私の一番は、生涯フレイア様なのです」

「本当に?」

「はい」

「貴女の一番がフレイアでも、それでも私は構わない」

「いいえ、そんな気持ちで貴方様にお仕えすることは出来ません」

どこまでも頑ななソラリスにサイラスは苦笑した。

しかし初めて見る彼女の涙が、サイラスの気持ちを強くしてもいた。

「私は貴女が愛おしいんだ、ソラリス。
本当は、生涯伝えるつもりはなかった。
貴女はフレイアと共に生涯テルルに暮らすものと諦めていたから。
だが、フレイアを取り戻そうと決意した時から欲が出た」

ボタンのかけ違いですれ違った兄弟、そして夫婦がいる。

サイラスは決してかけ違えたくはないと思う。

しおりを挟む
感想 886

あなたにおすすめの小説

1年後に離縁してほしいと言った旦那さまが離してくれません

水川サキ
恋愛
「僕には他に愛する人がいるんだ。だから、君を愛することはできない」 伯爵令嬢アリアは政略結婚で結ばれた侯爵に1年だけでいいから妻のふりをしてほしいと頼まれる。 そのあいだ、何でも好きなものを与えてくれるし、いくらでも贅沢していいと言う。 アリアは喜んでその条件を受け入れる。 たった1年だけど、美味しいものを食べて素敵なドレスや宝石を身につけて、いっぱい楽しいことしちゃおっ! などと気楽に考えていたのに、なぜか侯爵さまが夜の生活を求めてきて……。 いやいや、あなた私のこと好きじゃないですよね? ふりですよね? ふり!! なぜか侯爵さまが離してくれません。 ※設定ゆるゆるご都合主義

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

妻の死で思い知らされました。

あとさん♪
恋愛
外交先で妻の突然の訃報を聞いたジュリアン・カレイジャス公爵。 急ぎ帰国した彼が目にしたのは、淡々と葬儀の支度をし弔問客たちの対応をする子どもらの姿だった。 「おまえたちは母親の死を悲しいとは思わないのか⁈」 ジュリアンは知らなかった。 愛妻クリスティアナと子どもたちがどのように生活していたのか。 多忙のジュリアンは気がついていなかったし、見ようともしなかったのだ……。 そしてクリスティアナの本心は——。 ※全十二話。 ※作者独自のなんちゃってご都合主義異世界だとご了承ください ※時代考証とか野暮は言わないお約束 ※『愚かな夫とそれを見限る妻』というコンセプトで書いた第三弾。 第一弾『妻の死を人伝てに聞きました。』 第二弾『そういうとこだぞ』 それぞれ因果関係のない独立したお話です。合わせてお楽しみくださると一興かと。 ※この話は小説家になろうにも投稿しています。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。 隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。 周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。 ※設定はゆるいです。

本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~

なか
恋愛
 私は本日、貴方と離婚します。  愛するのは、終わりだ。    ◇◇◇  アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。  初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。  しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。  それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。  この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。   レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。    全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。  彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……  この物語は、彼女の決意から三年が経ち。  離婚する日から始まっていく  戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。  ◇◇◇  設定は甘めです。  読んでくださると嬉しいです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。