26 / 53
【番外編】シスコン王太子は女性騎士と結婚したい
2-5
しおりを挟む
その晩、サイラスは僅かながらソラリスと対面する時間を設けた。
本来ならいくら王太子と侍女と言えど男女が2人きりになるなどあり得ないが、そこは旅の空の下、あり得ないことも起こり得るものである。
サイラスはテルル滞在中に与えられた貴賓室にケティ、メアリ、ソラリスを呼んだ。
今一度、フレイアを守るという誓いを聞くために。
…と、それは、建前である。
サイラスはカイトに、母と妹と団欒するための時間を僅かながら設けてやったのだ。
ハロルドはすでにフレイアの護衛騎士としてテルルに残していくという承認を得、騎士団に加わっている。
フレイアはすでに自室のベッドでやすんでいる。
サイラスはカイト、ケティ、メアリを部屋に残し、ソラリスを誘ってバルコニーに出た。
「テルルは夜も蒸し暑いのだな」
サイラスはバルコニーからテルルの王都アッザムを眺めた。
アルゴンの王都は海に近く夜は海風の影響でだいぶ涼しくなるが、ここアッザムはこうしてバルコニーに出ても蒸し暑い。
ソラリスはそんなサイラスの次の言葉を直立不動で待っていた。
フレイアのことで何か指示があって呼ばれたのだと思っているのだろう。
生真面目なソラリスに、サイラスは思わず苦笑した。
別に、ソラリスとフレイアの話をするつもりで2人になったわけではないのだ。
だいたい、フレイアの現状ならソラリスから受けている報告でわかっているし、今回直接目にしたことで余計にフレイアをアルゴンに取り戻そうという気持ちは固まっている。
ソラリスの報告によると、フレイアはセレンから一方的に三年後の離婚を言い渡されていると言う。
そしてフレイアはその三年後の離婚をアルゴンにとって有利に運ぼうと努力し、心配をかけたくないからと両親や兄には伏せて欲しいと言っているのだ。
セレンはアルゴンを小国と見て、またフレイアを見捨てられた姫と侮っていたのだろうが、向こうがそんな理不尽な物言いをするなら我慢することはない。
見たところ、フレイアにはセレンへの未練は全く無いように見える。
なら、三年後を待たず、取り返せばいいだけだ。
「ありがとう、ソラリス。
貴女がそばにいてくれて、フレイアも相当心強いだろう」
サイラスはソラリスを労わるように声をかけた。
「とんでもございません。
もったいないお言葉でございます」
ソラリスは恐縮したように答えた。
侍女姿ながら騎士のような佇まいに、サイラスは再び苦笑する。
「貴女は息災だったか?
辛い思いなどはしてはいないか?」
優しげに目を細めながらたずねてくるサイラスに、ソラリスは少々戸惑いながら「何もございません」
と答えた。
「ただ…」
「ただ?」
「私の喜びは姫様が笑顔でいらっしゃること。
姫様が辛い思いをされている時は、私も辛うございます。
それはメアリも。もちろんケティ様も」
ソラリスはそう言って目を伏せた。
おそらく、テルルに来てから幾度となくそんな目に遭ってきたのだろう。
「本当に…、フレイアは侍女には恵まれたな」
フレイアは自分はテルル国民になるのだからと、輿入れに際し、侍女を最低限しか伴わなかった。
その精鋭がこの3人だ。
「近いうちに必ず迎えに来る。
それまでフレイアを頼む」
サイラスは周りを警戒しながら、そっとソラリスに耳打ちした。
貴賓室は部屋として独立しているが、どこに耳があるともわからない。
近づき過ぎたからか、ソラリスがピクリと肩を揺らした。
髪に息がかかるほどの距離で見下ろせば、彼女もサイラスを見上げてくる。
そこにはいつもの彼女のようなキリリと凛々しい眼差しは無く、困惑したように揺れる瞳がある。
「ソラリス」
いつになく甘い響きを持った声で名前を呼ばれ、ソラリスの頬がサッと朱に染まる。
その頬に思わず手を伸ばしそうになり…、触れる寸前で、サイラスは弾かれたように手を引いた。
想いも告げぬまま、不用意に触れるわけにはいかない。
サイラスはスッと目を逸らし、バルコニーから外を眺めた。
「明日、アルゴンに帰る。
次に会う時は、フレイアを迎えに来る時だ」
ーそしてソラリス、貴女を迎えに来る時ー
サイラスはその言葉を飲み込んだ。
夜空を見上げて呟くサイラスの横顔を、ソラリスは眩しいものでも見るように目を細めた。
「お待ちしております、殿下」
囁くように答えたソラリスに振り返らぬまま、サイラスは頷く。
その琥珀色の瞳には、力強い意思を秘めていた。
本来ならいくら王太子と侍女と言えど男女が2人きりになるなどあり得ないが、そこは旅の空の下、あり得ないことも起こり得るものである。
サイラスはテルル滞在中に与えられた貴賓室にケティ、メアリ、ソラリスを呼んだ。
今一度、フレイアを守るという誓いを聞くために。
…と、それは、建前である。
サイラスはカイトに、母と妹と団欒するための時間を僅かながら設けてやったのだ。
ハロルドはすでにフレイアの護衛騎士としてテルルに残していくという承認を得、騎士団に加わっている。
フレイアはすでに自室のベッドでやすんでいる。
サイラスはカイト、ケティ、メアリを部屋に残し、ソラリスを誘ってバルコニーに出た。
「テルルは夜も蒸し暑いのだな」
サイラスはバルコニーからテルルの王都アッザムを眺めた。
アルゴンの王都は海に近く夜は海風の影響でだいぶ涼しくなるが、ここアッザムはこうしてバルコニーに出ても蒸し暑い。
ソラリスはそんなサイラスの次の言葉を直立不動で待っていた。
フレイアのことで何か指示があって呼ばれたのだと思っているのだろう。
生真面目なソラリスに、サイラスは思わず苦笑した。
別に、ソラリスとフレイアの話をするつもりで2人になったわけではないのだ。
だいたい、フレイアの現状ならソラリスから受けている報告でわかっているし、今回直接目にしたことで余計にフレイアをアルゴンに取り戻そうという気持ちは固まっている。
ソラリスの報告によると、フレイアはセレンから一方的に三年後の離婚を言い渡されていると言う。
そしてフレイアはその三年後の離婚をアルゴンにとって有利に運ぼうと努力し、心配をかけたくないからと両親や兄には伏せて欲しいと言っているのだ。
セレンはアルゴンを小国と見て、またフレイアを見捨てられた姫と侮っていたのだろうが、向こうがそんな理不尽な物言いをするなら我慢することはない。
見たところ、フレイアにはセレンへの未練は全く無いように見える。
なら、三年後を待たず、取り返せばいいだけだ。
「ありがとう、ソラリス。
貴女がそばにいてくれて、フレイアも相当心強いだろう」
サイラスはソラリスを労わるように声をかけた。
「とんでもございません。
もったいないお言葉でございます」
ソラリスは恐縮したように答えた。
侍女姿ながら騎士のような佇まいに、サイラスは再び苦笑する。
「貴女は息災だったか?
辛い思いなどはしてはいないか?」
優しげに目を細めながらたずねてくるサイラスに、ソラリスは少々戸惑いながら「何もございません」
と答えた。
「ただ…」
「ただ?」
「私の喜びは姫様が笑顔でいらっしゃること。
姫様が辛い思いをされている時は、私も辛うございます。
それはメアリも。もちろんケティ様も」
ソラリスはそう言って目を伏せた。
おそらく、テルルに来てから幾度となくそんな目に遭ってきたのだろう。
「本当に…、フレイアは侍女には恵まれたな」
フレイアは自分はテルル国民になるのだからと、輿入れに際し、侍女を最低限しか伴わなかった。
その精鋭がこの3人だ。
「近いうちに必ず迎えに来る。
それまでフレイアを頼む」
サイラスは周りを警戒しながら、そっとソラリスに耳打ちした。
貴賓室は部屋として独立しているが、どこに耳があるともわからない。
近づき過ぎたからか、ソラリスがピクリと肩を揺らした。
髪に息がかかるほどの距離で見下ろせば、彼女もサイラスを見上げてくる。
そこにはいつもの彼女のようなキリリと凛々しい眼差しは無く、困惑したように揺れる瞳がある。
「ソラリス」
いつになく甘い響きを持った声で名前を呼ばれ、ソラリスの頬がサッと朱に染まる。
その頬に思わず手を伸ばしそうになり…、触れる寸前で、サイラスは弾かれたように手を引いた。
想いも告げぬまま、不用意に触れるわけにはいかない。
サイラスはスッと目を逸らし、バルコニーから外を眺めた。
「明日、アルゴンに帰る。
次に会う時は、フレイアを迎えに来る時だ」
ーそしてソラリス、貴女を迎えに来る時ー
サイラスはその言葉を飲み込んだ。
夜空を見上げて呟くサイラスの横顔を、ソラリスは眩しいものでも見るように目を細めた。
「お待ちしております、殿下」
囁くように答えたソラリスに振り返らぬまま、サイラスは頷く。
その琥珀色の瞳には、力強い意思を秘めていた。
27
お気に入りに追加
7,421
あなたにおすすめの小説
お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!
水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。
シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。
緊張しながら迎えた謁見の日。
シエルから言われた。
「俺がお前を愛することはない」
ああ、そうですか。
結構です。
白い結婚大歓迎!
私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。
私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

1年後に離縁してほしいと言った旦那さまが離してくれません
水川サキ
恋愛
「僕には他に愛する人がいるんだ。だから、君を愛することはできない」
伯爵令嬢アリアは政略結婚で結ばれた侯爵に1年だけでいいから妻のふりをしてほしいと頼まれる。
そのあいだ、何でも好きなものを与えてくれるし、いくらでも贅沢していいと言う。
アリアは喜んでその条件を受け入れる。
たった1年だけど、美味しいものを食べて素敵なドレスや宝石を身につけて、いっぱい楽しいことしちゃおっ!
などと気楽に考えていたのに、なぜか侯爵さまが夜の生活を求めてきて……。
いやいや、あなた私のこと好きじゃないですよね?
ふりですよね? ふり!!
なぜか侯爵さまが離してくれません。
※設定ゆるゆるご都合主義
うたた寝している間に運命が変わりました。
gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。
ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。
ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。
対面した婚約者は、
「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」
……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。
「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」
今の私はあなたを愛していません。
気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。
☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。
☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます
冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。
そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。
しかも相手は妹のレナ。
最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。
夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。
最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。
それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。
「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」
確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。
言われるがままに、隣国へ向かった私。
その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。
ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。
※ざまぁパートは第16話〜です
旦那様は大変忙しいお方なのです
あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。
しかし、その当人が結婚式に現れません。
侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」
呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。
相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。
我慢の限界が――来ました。
そちらがその気ならこちらにも考えがあります。
さあ。腕が鳴りますよ!
※視点がころころ変わります。
※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。