王太子妃は離婚したい

凛江

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【番外編】シスコン王太子は女性騎士と結婚したい

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「なるほど、これが初恋か」

まるで乙女のようなことを…、ポエマーか、と、主人の呟きにカイトは鼻白んだ。

あれからサイラスは、稽古中、休憩中、ソラリスを目で追うようになった。

姿が見えなければソワソワと目が探す。

そして、彼女が頑張っている姿を見て安心する。

そんな主に呆れながらも、カイトは微笑ましく思い、また安心する気持ちもあった。

今まで妹にしか興味がなかったシスコン王子が、やっと年頃の少年らしい片鱗を見せてきたのだから。



12歳のソラリスは、女性騎士団でも最年少のようだ。

小さな体で厳しい稽古に参加したり雑用をこなしている姿を見れば助けてやりたくなるサイラスであるが、そうもいかない。

サイラスは、第一王子である自分の言動が持つ力を知っている。

万が一にもソラリスが王子の想い人などと世間に知られれば、ソラリスがどんな目にあうかも容易に想像できるのだ。

だから、不用意に彼女に近づくわけにはいかない。

見かければ軽い挨拶を交わし、すれ違えば言葉を交わすこともあるが、あくまでである。

それから…、あれからソラリスが少年たちにからかわれたりすることも少なくなった。

サイラスが現れるからだ。

そう、


それからそれは彼女に気がありそうな男たちにも同様だった。

近づいたり言い寄ったりしようとすれば、第一王子が現れるのだから。

普段キリリとしてどちらかというと無表情なソラリスも、サイラスに会うと花が綻ぶような笑顔を見せる…ような気がする。

そう。

他の男子には仏頂面のソラリスが、サイラスに、笑顔をみせるような気がするのだ。


たしかにこれは、サイラスの遅い初恋なのだろう。

ソラリスの姿を目にすれば嬉しい。

時々言葉を交わせば胸があたたかくなる。

笑顔を見せられれば、胸の奥がキュンと鳴るのだ。

自分自身、妹以外の女性に興味を持つとは思っていなかったのだが、いつもキリリとしているソラリスがたまに見せる笑顔…あの笑顔に、やられてしまったのだと思う。



アルゴンの第一王子で未来の国王であるサイラスには、当然幼い頃から縁談が多数寄せられていた。

騎士団に入る前は婚約者候補の令嬢たちと顔合わせさせられたり、お茶会に呼ばれたりというのもしばしばあったものである。

皆礼儀正しく美しい令嬢たちだったのだとは思うが、サイラスの心を惹く女性は皆無だった。

彼にとっては、妹フレイア以外の女性は皆同じ顔にしか見えなかったのだ。

そんなサイラスにとって、ソラリスは初めて興味を惹かれた女性だった。


武勇に秀でた家に育った娘らしく、ソラリスは武術も騎馬も巧みにこなし、その立ち姿は凛として美しい。

武に長けているからといって決して性格は強いわけではなくかえって大人しく従順な様子であるが、ただ、その瞳は力強く、強い意志を秘めているようでもある。



ある日稽古終わりにソラリスと会ったサイラスは、まるで世間話のようにこうソラリスにたずねた。


「ソラリスはその…、許婚などはいるのか?」

カスター伯爵家には跡継ぎであるソラリスの兄がいるため、彼女はいずれ誰かに嫁ぐのであろう。

貴族の子女は幼い頃より許婚がいる場合も多い。

少し探りを入れたところ婚約者はいないようだが、もしかしたら表立っていないだけで、水面下では家同士で約束などしているかもしれない。

もしかしたらソラリスにだってそういった類いの者がいるかもしれないのだ。


だが、それを聞いたソラリスはキョトンと目を丸くした。

「私の許婚…、ですか?
私に許婚はおりませんが」

「だったら…、カスター伯爵の眼鏡にかなうような男を騎士団から選ぶのか?」

許婚はいないと聞いて、思わずサイラスの口角が上がる。

だが、ソラリスは静かに首を横に振った。

「私は除隊したらフレイア王女殿下の護衛騎士になります。
そのために、今もこうして励んでいるのです。
一度護衛についたらおそばを離れず、命を賭して王女殿下をお守りするつもりですので、当然生涯独り身を貫く覚悟です」

キッパリと言い切るソラリスを前に、今度はサイラスの方が目を丸くした。

「護衛騎士だと…?フレイアの?生涯?」

「はい。
光栄にも、フレイア様の護衛騎士です」

ソラリスはまるで夢見る乙女のような目で空を見上げた。

(……ん?)

「賢く愛らしく天使のような見た目とは違い、フレイア様は武術にも長けていらっしゃいます。
そのフレイア様のおそば近く仕えられるなど、私は本当に幸運な騎士です」

「いや待て、フレイアと会ったことがあるのか?
…と言うかもうそれは決まっていることなのか?」

たしかに賢く愛らしく天使のようなフレイアだということには激しく同意するが、さっきからソラリスの言葉には色々含みきれない言葉が入っていた。

護衛騎士?

生涯独り身?

それにこの、フレイアに心酔しきった様子はなんなんだ?

訝しげに目を細めるサイラスをよそに、ソラリスは頬を染めて話を続ける。

「何度か、母に連れられて王宮をたずね、王妃様の主催されるお茶会に参加したことがございます。
フレイア様や私などと同年代の令嬢たちも集められており、フレイア様を囲む令嬢たちの親睦の意味もあったのでしょう。
フレイア様は利発で、それはそれは可愛らしいお姫様だと思ったのですが、それにも増して、誰にでも分け隔てなく優しく接する態度に感じ入りました。
それから、何度か殿下に剣の稽古をつけられているのをお見かけしたこともございます」

「…私に…?」

「ええ。
深窓のお姫様が真剣に武術の稽古に取り組む姿に感服しました。
賢く美しく、そして強いフレイア様。
私はフレイア様に心酔し、将来フレイア様の護衛騎士となり、誠心誠意お仕えしたいと父に頼み込みました。
元々我がカスター家は騎士を多く輩出している家であり、それを誉にしております。
それ故父も、私の願いをすんなり受け入れてくれました」

「では…、先日の出会い以前から、私のことも知っていたのか?」

「当然存じ上げておりました。
自国の王子殿下を存じ上げぬなど、あり得ぬことです。
ただ…、殿下があのフレイア様のお兄上だと思うと、ついつい馴れ馴れしく接していたようにも思います。
ご無礼申し訳ありませんでした、殿下」

なんのてらいもない純粋な目を向けられ、サイラスは言葉を失った。

つまり…、サイラスを見ると嬉しそうに顔を綻ばせていたのも、元々はなフレイアの兄だからということなのだろうか?

サイラスは絶句した。

少し離れた場所ではカイトが、こちらに背を向け笑いを堪えるように肩を揺らしている。



「……いつまで笑ってる?」

ソラリスが去った後も笑い続けるカイトに、サイラスは胡乱な目を向けた。

「いや…、色々納得しまして…」

カイトは片手で口を抑えながら、涙目でサイラスを見た。

「…納得…?」

「いや、女性に全く興味がなかった殿下がいくら令嬢っぽくないとは言え何故ソラリス嬢に惹かれたのかと思っていたのですが…、なるほど、フレイア様を溺愛する殿下は、フレイア様に心酔するソラリス嬢に同じ匂いを嗅ぎとったのでしょう」

「匂いって…、おまえ…」

令嬢っぽくないとか、色々失礼過ぎる発言があったが…。

未だ笑い続けるカイトに、サイラスは苦虫を噛み潰したような顔になっていた。
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