花婿が差し替えられました

凛江

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近づく、離れる

王女の画策

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ある日ルイーズは、侍女から面白い話を耳にした。
コラール侯爵家三男のレイモンが、義妹であるアリスに色目を使っているというのだ。
それはアリスが既婚者であるくせにあちらにもこちらにも良い顔をするからレイモンが勘違いしたというもので、そのせいでレイモンと婚約していた男爵令嬢は婚約解消をされたらしい。
侍女はレイモンが婚約解消した男爵家の令嬢と縁が深かったため令嬢を庇ってアリスを悪く言っていたようだが、ルイーズにそんなことはわからない。
侍女が話す噂話を全て事実と受け止めた。
元々ナルシスとの破談でクロードが身代わりになったのは知っていたが、レイモンの話は初耳だったので、ルイーズは興味深く聞いた。
それにナルシスだって、未だにアリスに未練たらたらだというではないか。

「アリスって、思ったよりずっと嫌な女だったのね」
ルイーズはそうひとりごちた。
クロードという夫がいながらその兄たちと不適切な噂が流れるなんて、アリスに問題があるからに違いない。
そんな女と結婚して縛られているなんて、クロードが可哀想だ。
ならば、やはりクロードから引き離してやらなければ。

ルイーズだって、クロードがアリスと離縁したからと言って、自分と再婚出来るとは考えていない。
クロードは爵位も持たないただの騎士で、王女である自分と結婚するには身分が低すぎるからだ。
それでもずっと二人が一緒にいるためには、やはりクロードとアリスを離縁させ、護衛騎士として隣国に連れて行くのが一番良いのだ。
公にできない秘密の恋なんて、なんて素敵な響きだろうか。

もちろん離縁せずに連れても行けるが、離縁しておいた方が、後顧の憂いも無いというものだろう。
そのためには、二人が離縁するきっかけが欲しい。
本当はクロードとルイーズが恋愛関係にあると噂になり、アリスとの仲に亀裂が走ればいいとも考えたが、クロードに醜聞があればルイーズの護衛騎士を外される可能性もある。
それでは本末転倒だ。
それなら…。
「アリス、貴女に醜聞があればいいんだわ」

醜聞とは言っても、アリスにはすでに花婿を差し替えて結婚した女という醜聞がある。
あの女には、そんなことは醜聞にさえならないのだ。
ならば、それ以上の、本当の醜聞を作ってやらなければならない。

「ナルシスとレイモン…、どちらにしようかしら」
ルイーズはそう呟いた。
どちらかを使って、アリスが離縁せざるを得ない状況を作るのだ。
または、二人ともを使って。

ルイーズは、アリスとクロードがすでに離縁に向かって歩んでいることなど知らない。
とにかくお気に入りのクロードとずっと一緒にいるための策を、ひたすら考えているのであった。

◇◇◇

「先日は本当にごめんなさいね、アリス」
王太子妃ゾフィーは、改めて先日のルイーズ王女の不調法をアリスに謝罪した。
今日アリスはゾフィーに誘われ、温室の花々を愛でながらお茶を楽しんでいる。
アリスを可愛がっているゾフィーは、こうしてちょくちょく彼女をお茶に付き合わせるのだ。
仕事と関係なくお茶に誘ってくれるゾフィーとの時間は、アリスにとっても良い息抜きになっている。

「クロードはあの子のお気に入りだから、妻の貴女が気に入らないのでしょう。今だって、どこかから睨んでいるかもしれなくてよ」
ゾフィーは悪戯っぽくそう言って笑った。
全く、この人の言うことはどこまで本気なんだか…とアリスも苦笑した。
でもクロードが本当に想っているのはルイーズ王女の方なのだから、妻だからという理由だけで嫌われるのはなんだか納得がいかない。
「なるほど。もしかしたら王女殿下は、輿入れの際にクロード様がタンタルについて来ないのではと心配してらっしゃるのかもしれませんね。仮にも、既婚者ですし」
そう言ってアリスは目の前の菓子をつまんだ。
いつものことだが、王宮御用達の菓子は美味し過ぎてつまむ手が止まらない。

クロードとアリスが離縁前提であるのも、クロードのタンタル行きはほぼ決定事項であることも、おそらくルイーズは知らないのだろう。
だから心配して、妻のアリスを邪魔だと思っているのだろうか。
(そんな心配、いらないのに…)
アリスはこっそりため息をついた。
ルイーズ王女が不安に思っているなら、クロードがきちんと話して彼女の憂いを取り除いてやればよいだけのことだ。
王女が妻であるアリスに嫉妬して何か仕掛けてくるとは思えないが、まるで逆恨みのような思いを向けられるのは、正直迷惑である。
アリスはとうにクロードとの離縁を心に決めているのに。

「実は…、これはクロードの気持ち次第なのだけれどね」
ゾフィーは声を顰め、アリスに囁いた。
「…何かありましたか?」
「殿下はね、クロードをアルゴンに残したいと考えているの」
「それは、どういう…?」
ゾフィーの言う殿下とは、彼女の夫である王太子殿下のことだ。
「クロードをよその国にやるのはもったいないって常々おっしゃってるのよ。自分か、そうでなければ私や王子たちの護衛にするのがいいんじゃないかって。それから、近衛隊に戻すというのもあるっておっしゃってたわ。貴女の夫は、それだけ将来を見込まれている立派な騎士なのよ、アリス」
「王太子殿下や妃殿下の護衛か、近衛隊…、ですか…?」
「そうよ。タンタルでだってルイーズに護衛騎士は付けてくれるでしょうし、だったら、何も若手で一、二を争う有望な騎士を、わざわざ隣国に行かせることはないでしょう?」
「それは…」
そうなのかもしれない。
クロードは自分自身で、騎馬試合の優勝候補だと話していた。
それだけ実力も、自信もあるということだ。
そんな有望な騎士を自国に残さず他国に嫁ぐ王女に付けてやるのは、たしかに国の損失になる。
嫁ぎ先が敵対している国で王女に危険でもあるならいざ知らず、タンタルは友好国で、平和な国でもあるのだから。

(もし王女殿下の護衛騎士を離れて近衛隊に戻るなり王太子殿下の護衛騎士になったなら…)
あり得るかもしれない未来を思って、アリスの胸がどくんと鳴った。
そうしたら、離縁する理由はなくなる。クロードは王宮勤め、アリスは当主として寄り添っていけるだろうか。
(そんなこと…、望んでもいいのかな)

でも…、と、アリスは唇を噛んだ。
そもそもクロードの希望は、ルイーズ王女の護衛騎士になることこそにあったはず。
それに彼が護衛騎士になれるようはからったのは、誰でもない、アリス自身なのだから。
(それに私はもう、とっくに心を決めているもの…)
あと二ヶ月もすれば、結婚して一年になる。
(そうしたら…)
アリスはゾフィーが淹れてくれた琥珀色のお茶を、ぼんやりと眺めていた。
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