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守りたいもの
御前試合
しおりを挟む「勝者、クロード!」
またクロードの勝ちが高らかに宣言され、会場は割れんばかりの拍手に包まれた。
ルイーズ王女がひっそりと北の離宮に送られた数日後、王宮では予定通り武術の御前試合が開催されている。
21歳以下の部の騎馬試合に出場しているクロードは余裕で予選を勝ち上がってきている。
そして今、国王陛下が観覧する本戦に出場し、準決勝で勝ったところだった。
「旦那様…、本当にお強いのね」
アリスは夫の大活躍に興奮し、手に汗握りながら応援していた。
強いとは聞いていたが、ここまでとは思わなかった。
アリスは騎馬試合自体初めて見るし、(怪我をしたらどうしよう)と心配で昨夜は眠れなかったくらいなのだが、いざ蓋を開けてみればクロードは軽々と勝っている。
甲冑を身に着けながらもしなやかに舞うクロードの剣捌きは、会場の紳士淑女たちの目を釘付けにしていた。
そして今勝って兜を取れば、下から現れた爽やかな美青年に、会場はまたあらゆる熱気をはらんでいる。
手を挙げて周囲の歓呼に応えていたクロードは、その手を下ろすと馬に跨ったままアリスが座る席に近寄ってきた。
「また勝ちましたよ、アリス」
柵越しに微笑みかけるクロードに、アリスも立ち上がって駆け寄る。
「おめでとうございます、旦那様!とても素敵でしたわ!」
「ではご褒美をください」
言うや否や、クロードは手を伸ばしてぐいっとアリスを引き寄せると、彼女の顔の前に自分の頬を寄せた。
その頬に、アリスが恥ずかしそうにしながらキスをする。
すると、周囲からまた一際大きな歓声が上がるのだ。
(…砂吐きそう)
そんな二人を隣で見ていたフェリシーは、呆れながらも、しかしホッとした笑みを浮かべていた。
あの事件からすでに十日ほど経つが、クロードは護衛騎士を解任になったためずっとサンフォース邸に滞在していた。
所属は近衛騎士団のままになっているが、次の任務が決まるまで休暇扱いになっているのだ。
早朝の鍛錬は続けているが食事は全てアリスと共にとり、アリスが所用で出かける時は護衛の一人として付き従っている。
しかも、今までは全く近寄ろうとしなかったアリスの執務室にも顔を出し、何か手伝えることはないかと尋ねる始末。
いいからゆっくり休んでいてくれとは言ったのだが、元来クロードはのんびりする性格では無いらしい。
伯爵家の執務や雑務的なことも何か手伝えたらと、秘書のラウルや家令のマルセルにまで声をかけている。
せっかく申し出てくれているのだから、と、アリスはクロードに何か頼むことにした。
彼はテルル語が堪能だったことを思い出し、テルルの貴族や商人とのやり取りや翻訳を頼むことにしたのである。
(でも、やっぱり旦那様はこちらの方がずっと合ってるわね)
執務に従事している彼も素敵だが、馬に跨って剣を振るう騎士姿のクロードは圧倒的に格好良い。
やはり彼は、天性の武人なのだろう。
◇◇◇
決勝戦が始まった。
相手はクロードの友人で、第二騎士団所属のミハエルだ。
普段ヘラヘラ笑っていることが多いミハエルだが、人一倍努力家なのも、クロードは知っている。
(相手に不足なし、だな)
クロードは振りかぶって向かってくるミハエルの剣を受けた。
キンッと金属音が鳴り響き、会場を興奮の渦に巻き込む。
ーカンッ、カンッー
二度、三度と剣を交え、騎馬で近づいては遠去かる。
そのうち、カンッと鈍い音を立てて、剣が打ち落とされた。
瞬間、会場が水を打ったように静かになる。
「く…っ」
腕を押さえたのは、クロードの方だった。
「勝者、ミハエル!」
高らかに宣言され、再び会場が熱気に包まれる。
「フェリシー、旦那様が!」
クロードの勝利を疑ってみなかったアリスは、驚いて声を上げた。
一瞬悔しそうな顔を見せたものの、クロードは顔を上げ、ミハエルに歩み寄った。
そして握手を求め、彼の右手を高く掲げ、勝者を褒め称えた。
その顔は、とても晴れやかだ。
「旦那様…」
アリスは駆け寄りたい気持ちを抑え、成り行きを見守った。
クロードはそんなアリスに目をやると、ちょっと恥ずかしそうに微笑んだ。
その笑顔に、アリスの胸はバクバクと高鳴る。
(ああ私、やっぱりあの人が好きだわ)
手を挙げて歓呼に応えていたミハエルだが、やがて手を下ろすと、ふいにクロードの右腕を掴んだ。
「う…っ」
クロードが低く唸ると、ミハエルは彼の腕を掴んだまま、肘から下の装備を外した。
「ミハエル、何をする」
「俺がわからないとでも思ったのか?」
クロードの右腕は、手首の辺りが青黒く変色していた。
もちろん、今の試合で打たれたせいではない。
「おまえ、これでよくここまで勝ち残ってきたな」
「うるさい、離せ」
「陛下には報告するからな。おまえが怪我してたって」
「余計なことするな。こんなことは関係なく優勝したのはおまえだ」
「これは、俺のプライドの問題だ。まぁ、ありがたく褒美は頂戴するけど」
ミハエルはヘラヘラ笑うと、恋人の待つ観覧席の方へ馬を向けた。
今回優勝したら恋人にプロポーズし、報奨金で結婚式を挙げると話していたのだ。
クロードはミハエルの後ろ姿を見送ると自分も観覧席に馬を向けた。
歩み寄るクロードの目に映ってきたのは、大きな瞳いっぱいに涙を溜めた愛妻の姿だった。
またクロードの勝ちが高らかに宣言され、会場は割れんばかりの拍手に包まれた。
ルイーズ王女がひっそりと北の離宮に送られた数日後、王宮では予定通り武術の御前試合が開催されている。
21歳以下の部の騎馬試合に出場しているクロードは余裕で予選を勝ち上がってきている。
そして今、国王陛下が観覧する本戦に出場し、準決勝で勝ったところだった。
「旦那様…、本当にお強いのね」
アリスは夫の大活躍に興奮し、手に汗握りながら応援していた。
強いとは聞いていたが、ここまでとは思わなかった。
アリスは騎馬試合自体初めて見るし、(怪我をしたらどうしよう)と心配で昨夜は眠れなかったくらいなのだが、いざ蓋を開けてみればクロードは軽々と勝っている。
甲冑を身に着けながらもしなやかに舞うクロードの剣捌きは、会場の紳士淑女たちの目を釘付けにしていた。
そして今勝って兜を取れば、下から現れた爽やかな美青年に、会場はまたあらゆる熱気をはらんでいる。
手を挙げて周囲の歓呼に応えていたクロードは、その手を下ろすと馬に跨ったままアリスが座る席に近寄ってきた。
「また勝ちましたよ、アリス」
柵越しに微笑みかけるクロードに、アリスも立ち上がって駆け寄る。
「おめでとうございます、旦那様!とても素敵でしたわ!」
「ではご褒美をください」
言うや否や、クロードは手を伸ばしてぐいっとアリスを引き寄せると、彼女の顔の前に自分の頬を寄せた。
その頬に、アリスが恥ずかしそうにしながらキスをする。
すると、周囲からまた一際大きな歓声が上がるのだ。
(…砂吐きそう)
そんな二人を隣で見ていたフェリシーは、呆れながらも、しかしホッとした笑みを浮かべていた。
あの事件からすでに十日ほど経つが、クロードは護衛騎士を解任になったためずっとサンフォース邸に滞在していた。
所属は近衛騎士団のままになっているが、次の任務が決まるまで休暇扱いになっているのだ。
早朝の鍛錬は続けているが食事は全てアリスと共にとり、アリスが所用で出かける時は護衛の一人として付き従っている。
しかも、今までは全く近寄ろうとしなかったアリスの執務室にも顔を出し、何か手伝えることはないかと尋ねる始末。
いいからゆっくり休んでいてくれとは言ったのだが、元来クロードはのんびりする性格では無いらしい。
伯爵家の執務や雑務的なことも何か手伝えたらと、秘書のラウルや家令のマルセルにまで声をかけている。
せっかく申し出てくれているのだから、と、アリスはクロードに何か頼むことにした。
彼はテルル語が堪能だったことを思い出し、テルルの貴族や商人とのやり取りや翻訳を頼むことにしたのである。
(でも、やっぱり旦那様はこちらの方がずっと合ってるわね)
執務に従事している彼も素敵だが、馬に跨って剣を振るう騎士姿のクロードは圧倒的に格好良い。
やはり彼は、天性の武人なのだろう。
◇◇◇
決勝戦が始まった。
相手はクロードの友人で、第二騎士団所属のミハエルだ。
普段ヘラヘラ笑っていることが多いミハエルだが、人一倍努力家なのも、クロードは知っている。
(相手に不足なし、だな)
クロードは振りかぶって向かってくるミハエルの剣を受けた。
キンッと金属音が鳴り響き、会場を興奮の渦に巻き込む。
ーカンッ、カンッー
二度、三度と剣を交え、騎馬で近づいては遠去かる。
そのうち、カンッと鈍い音を立てて、剣が打ち落とされた。
瞬間、会場が水を打ったように静かになる。
「く…っ」
腕を押さえたのは、クロードの方だった。
「勝者、ミハエル!」
高らかに宣言され、再び会場が熱気に包まれる。
「フェリシー、旦那様が!」
クロードの勝利を疑ってみなかったアリスは、驚いて声を上げた。
一瞬悔しそうな顔を見せたものの、クロードは顔を上げ、ミハエルに歩み寄った。
そして握手を求め、彼の右手を高く掲げ、勝者を褒め称えた。
その顔は、とても晴れやかだ。
「旦那様…」
アリスは駆け寄りたい気持ちを抑え、成り行きを見守った。
クロードはそんなアリスに目をやると、ちょっと恥ずかしそうに微笑んだ。
その笑顔に、アリスの胸はバクバクと高鳴る。
(ああ私、やっぱりあの人が好きだわ)
手を挙げて歓呼に応えていたミハエルだが、やがて手を下ろすと、ふいにクロードの右腕を掴んだ。
「う…っ」
クロードが低く唸ると、ミハエルは彼の腕を掴んだまま、肘から下の装備を外した。
「ミハエル、何をする」
「俺がわからないとでも思ったのか?」
クロードの右腕は、手首の辺りが青黒く変色していた。
もちろん、今の試合で打たれたせいではない。
「おまえ、これでよくここまで勝ち残ってきたな」
「うるさい、離せ」
「陛下には報告するからな。おまえが怪我してたって」
「余計なことするな。こんなことは関係なく優勝したのはおまえだ」
「これは、俺のプライドの問題だ。まぁ、ありがたく褒美は頂戴するけど」
ミハエルはヘラヘラ笑うと、恋人の待つ観覧席の方へ馬を向けた。
今回優勝したら恋人にプロポーズし、報奨金で結婚式を挙げると話していたのだ。
クロードはミハエルの後ろ姿を見送ると自分も観覧席に馬を向けた。
歩み寄るクロードの目に映ってきたのは、大きな瞳いっぱいに涙を溜めた愛妻の姿だった。
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