花婿が差し替えられました

凛江

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それぞれの役割

急接近!

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 帰りの馬車の中。
 劇の途中で眠り込んでしまったクロードは、しきりに恥ずかしがって、アリスに謝ってきた。
「決してつまらなかったわけじゃなくて、貴女の隣が妙に居心地が良くて、なんだか安心してしまって…」
 そう言って頭を掻くクロードに、アリスは小さく微笑む。
 おそらく何も意図していないのだろうが、正直口説き文句にしか聞こえない。
無自覚でこんな台詞が出るなんて、なんて末恐ろしい子なのだろうかとアリスは思う。
 馬車の中だというのに、手はすっかりクロードに繋がれたまま。
 今日一日中手を繋いでいたから、まるでくっついてしまったのだと言うかのように。

 馬車が邸に着いて、クロードが先に降りて手を差し出した。
 アリスはいつものようにその手に自分の手を重ね合わせる。
 しかしステップを降りる時、かくんと膝が折れて踏み外しそうになってしまった。
 博物館ではかなり長い距離を歩いたから、思いの外足が疲れていたのだろう。
 落ちる…っと思った瞬間、ふわりと体が宙に浮いた。
 気づけばクロードに抱き上げられていて、彼は心配そうにアリスの顔を覗き込んだ。
「大丈夫ですか?」
「だ…、大丈夫です!」
「いや、だいぶ足が疲れているようだから、このまま部屋までお運びしましょう」
「部屋まで…⁈大丈夫だからおろしてください!」
「いいえ。疲れたのは、私がたくさん歩かせたせいですから」
 クロードは軽々とアリスを抱き上げると、そのままエントランスに向かった。
 迎えに出て来た使用人たちは驚くやらニヤニヤするやら。
 アリスは恥ずかしくなって、クロードの胸に顔を埋めた。

 侍女フェリシーは最初は驚いていたものの、先に立ってアリスの部屋のドアを開けると、二人を残してサッサと部屋を出て行ってしまった。
 部屋を出て行く時に思わせぶりに頷いて見せたのがなんだか腹立たしい。

 クロードはアリスをそっとソファの上におろすと、跪いて彼女の靴を脱がせた。
 突然足に触れられて、アリスの体がピクリと反応する。
「赤くなってしまいましたね…。ごめんなさい」
 クロードは擦れて赤くなったアリスの踵をそっと撫でた。
「キャッ」
 くすぐったくて、アリスはあらぬ声を上げて足を引いた。
 そんなアリスを見上げ、クロードはいたずらっ子のように笑う。
(何この子…。この前までの姿はどこいっちゃったの…⁈)
 そこには結婚当初の仏頂面のクロードはいない。
 年相応の、いやそれよりも若い、可愛らしい少年のような笑顔だ。

「それでは、今日は早く休んでくださいね」
 クロードはすっくと立ち上がると、ドアの方に足を向けた。
 早くとは言っても、もうとっくに深夜である。
(待って…)
 アリスは思わずクロードのコートの裾を掴んでしまった。
 クロードが驚いて振り返ると、アリスは潤んだ目で彼を見上げていた。
「泊まって…、行かないんですか?」
「…え…?」
 クロードは思いがけないアリスの言葉に目を丸くした。
「泊まる…って…」
「だってもう時間も遅いし…。ここは旦那様の家でもあるのだし…」
 言ってしまってから恥ずかしくなって、アリスはクロードの裾を掴んだまま俯いた。

「……いいんですか?」
「…え…?」
「俺が泊まっても、いいんですか?」
「だから、だってここは貴方の家だし…」
「俺、ここに泊まったら歯止めが効かなくなるかもしれませんよ」
「それって…」
「こういうことです」
 アリスの視界は、突然彼の顔で覆われた。
 唇に、柔らかいものが押し当てられる。
(え…⁈私、キスされてる…⁈)
 確認するまでもなく、クロードの唇はあっという間に離れて行った。
その間、アリスは目を見開いたままだ。

「おやすみ、アリス」
 クロードは耳元で囁くと、颯爽と部屋から出て行った。

 ◇◇◇

 翌朝、アリスはスッキリとした気分で目を覚ました。
 前の晩よく眠れなかった分、昨夜はよく眠れたらしい。

(昨夜、私…)
 アリスは指でそっと自分の唇に触れた。
(キス、しちゃった…)
 二十二歳にして、初めてのキスである。
 ナルシスと婚約中何度も死守した唇なのに、昨夜はいともあっさりとクロードに奪われてしまった。
 警戒していなかった分本当にあっさりと、流されるように。
あんな、どう見ても女慣れしていない少年のような彼に。
(…でも、全然嫌じゃなかった…)

 アリスは隣の部屋に続く扉の鍵を開けて、足を踏み入れた。
 そうだとは思っていたが、やはりクロードは泊まらずに宿舎に帰ったらしい。
何故とか、どういうつもりかとか、色々と聞きたいことはある。
でも一方で、ハッキリさせたくないという思いもある。

(次彼と会った時、どんな顔で会えばいいのかな)

 アリスはクロードと会う日を心待ちにしていたが、クロードが次にサンフォース邸を訪れたのは、しばらく後のことだった。



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