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突然の花婿交替劇
婚約者はミツバチ野郎
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この結婚式より遡ること約一年前。
サンフォース伯爵家令嬢アリスは、もうすぐ二十一歳を迎える時になって、ようやく婚約式の席に臨んでいた。
幼い頃から婚約者がいたりする貴族界の中では、かなり遅い婚約である。
だが、これは決してアリスに問題があった訳ではない。
ここアルゴン王国で、海に面した領地を持つサンフォース伯爵家は、海運事業で発展してきた家だ。
大きな港を持ち他国との貿易で栄えてきた街は異国情緒に溢れ、又、人々の活気に満ち溢れている。
王国の玄関口としての役割も果たしてきた伯爵家は他の貴族たちに一目置かれ、繋がりを求める家門も後を絶たない。
そんなサンフォース伯爵家のひとり娘で次期伯爵、しかも才色兼備の令嬢とくれば、当然アリスへの求婚は多かった。
特に継ぐべき爵位のない貴族の次男三男は挙ってアリス嬢に求婚していたであろう。
裕福で美しい令嬢に婿入りできれば、一生幸せに暮らせると思えたから。
要するにアリスはここ数年の結婚市場において、超優良物件だったのだ。
貴族の令嬢は幼い頃から婚約を結ぶことが多いが、アリスに婚約者はいなかった。
それはひとり娘を溺愛する両親が可愛い娘を政略結婚の道具になどしたくないという親心であったし、サンフォース伯爵家の方針がしっかり固まっていなかったこともある。
当主の子が娘一人のみだったため、優秀な婿をとって当主に立てるか、親類・縁者から養子をとるか決めかねていたのである。
もちろん弟妹が生まれる可能性も皆無ではなかったが、アリス出産時の母親は相当な難産で命がけだったため、当主は早い時期から子どもはアリスだけでいいと決めていたようだ。
そんな中、アリスは両親の愛情を一身に受け、賢く健やかに成長した。一を聞けば十を知り、岩に水が染み込むごとく知識を吸収していく令嬢に、家庭教師たちは皆舌を巻いた。
そして挙って進言した。
『当主には、アリス嬢を立てられませ』と。
そうしてサンフォース伯爵はひとり娘を後継に立てる意思を表明し、その配偶者を選ぶことにした。
しかしそれも政略に重きを置かず、あくまで娘が気に入った男を迎えるつもりだと宣言する。
アリスを大切に想う父親は、彼女の意思を尊重したかったのだ。
だが、親の想いをよそに、娘の方はまったくもってドライであった。
「結婚するならサンフォース家の事業に役立つ家のご子息を。それ以外の要望は特にありませんわ」
可愛い娘の口からそんな言葉を聞かされた両親は驚愕する。
いくら事業に夢中な娘であってもそこは花も恥じらう年頃の乙女。
恋に夢見て、好きな男性の花嫁になることを望んでいると思っていたのに。
実際、アリスは夫という存在に必要性を感じていなかった。
伯爵家にはずっと伯爵家を支えてくれた優秀な人材がたくさんいる。自分が采配を振るって彼らが手助けしてくれれば、それで十分だ。
夫として迎えた男に口出しされたりしたらかえって迷惑だし、夫として立てなくてはならないのも面倒だ。
しかしやはり、女伯爵として立つためにも結婚は必要なのだろう。
非常に理不尽ではあるが、まだまだこの世の中、男も女も結婚することで一人前扱いされることが多いからだ。
それにサンフォース伯爵として、自分は後継者をもうける必要もある。
現在王国では国家事業として、汽車、汽船の開発、生産に取り組んでいる。
海に面した領地を持つサンフォース家には造船所があり、最近国から造船の公共事業をもぎ取ったところである。
そのため王都からサンフォース領に鉄道を敷く布石にもなった。
鉄道を敷くためにもちろん近隣の領主との仲も良好で、また、造船事業で提携している領主ともよい関係だ。
もちろん事業で敵対している家もあるし、成功者であるサンフォース家を妬む者、恨む者もいるだろう。
しかし今のところ表立って攻撃してくるようなこともない。
そこでアリスは事業で提携でき、尚且つ現在も良好な関係の貴族の中から婚約者を選ぶことにした。
伯爵家より格上なら程よい緩衝材になって尚良いと思う。
そのため、今までは事業の話だけのために参加していた夜会にも、違う目的で足を運ぶようになる。
求婚者は皆アリスのお眼鏡に叶おうと優しく親切だ。
そして求婚者の中でとりわけ熱心だったのが、領地が隣り合わせであるコラール侯爵家の、次男ナルシスであった。
サンフォース伯爵家は王都に出る時コラール侯爵領を通らねばならず、コラール侯爵家は貿易のためサンフォース伯爵領の港を使う。
隣り合わせた家門は言わばウィンウィンの関係だ。
それに古くから続くコラール侯爵家は王妃を輩出したこともある名門で、王室や高位貴族との良いパイプ役を果たしてくれるだろう。
裕福だが商人貴族と揶揄されることもあるサンフォース伯爵家にとってはなかなか良い縁談相手だ。
そうして時を置かず婚約を発表したアリスとナルシスであるが、二人の婚約のニュースは社交界に衝撃を与えた。
ナルシスは社交界きってのプレイボーイ…女ったらしと有名だからだ。
社交界の花から花へと移り行くナルシスは陰で『ミツバチ』と揶揄されている。
そんな噂を知らぬはずがなかっただろうに、超優良物件の令嬢が選んだのは社交界一の尻軽男なのだ。
「顔か…?やっぱり顔なのか?アリス嬢ともあろう方が、やっぱり選ぶのは顔なのか?」
「所詮アリス嬢と言えど、男を顔で見る普通の女なのだ」
衝撃を受けた求婚者たちは、皆腹立ち紛れにアリスを罵ったという。
サンフォース伯爵家令嬢アリスは、もうすぐ二十一歳を迎える時になって、ようやく婚約式の席に臨んでいた。
幼い頃から婚約者がいたりする貴族界の中では、かなり遅い婚約である。
だが、これは決してアリスに問題があった訳ではない。
ここアルゴン王国で、海に面した領地を持つサンフォース伯爵家は、海運事業で発展してきた家だ。
大きな港を持ち他国との貿易で栄えてきた街は異国情緒に溢れ、又、人々の活気に満ち溢れている。
王国の玄関口としての役割も果たしてきた伯爵家は他の貴族たちに一目置かれ、繋がりを求める家門も後を絶たない。
そんなサンフォース伯爵家のひとり娘で次期伯爵、しかも才色兼備の令嬢とくれば、当然アリスへの求婚は多かった。
特に継ぐべき爵位のない貴族の次男三男は挙ってアリス嬢に求婚していたであろう。
裕福で美しい令嬢に婿入りできれば、一生幸せに暮らせると思えたから。
要するにアリスはここ数年の結婚市場において、超優良物件だったのだ。
貴族の令嬢は幼い頃から婚約を結ぶことが多いが、アリスに婚約者はいなかった。
それはひとり娘を溺愛する両親が可愛い娘を政略結婚の道具になどしたくないという親心であったし、サンフォース伯爵家の方針がしっかり固まっていなかったこともある。
当主の子が娘一人のみだったため、優秀な婿をとって当主に立てるか、親類・縁者から養子をとるか決めかねていたのである。
もちろん弟妹が生まれる可能性も皆無ではなかったが、アリス出産時の母親は相当な難産で命がけだったため、当主は早い時期から子どもはアリスだけでいいと決めていたようだ。
そんな中、アリスは両親の愛情を一身に受け、賢く健やかに成長した。一を聞けば十を知り、岩に水が染み込むごとく知識を吸収していく令嬢に、家庭教師たちは皆舌を巻いた。
そして挙って進言した。
『当主には、アリス嬢を立てられませ』と。
そうしてサンフォース伯爵はひとり娘を後継に立てる意思を表明し、その配偶者を選ぶことにした。
しかしそれも政略に重きを置かず、あくまで娘が気に入った男を迎えるつもりだと宣言する。
アリスを大切に想う父親は、彼女の意思を尊重したかったのだ。
だが、親の想いをよそに、娘の方はまったくもってドライであった。
「結婚するならサンフォース家の事業に役立つ家のご子息を。それ以外の要望は特にありませんわ」
可愛い娘の口からそんな言葉を聞かされた両親は驚愕する。
いくら事業に夢中な娘であってもそこは花も恥じらう年頃の乙女。
恋に夢見て、好きな男性の花嫁になることを望んでいると思っていたのに。
実際、アリスは夫という存在に必要性を感じていなかった。
伯爵家にはずっと伯爵家を支えてくれた優秀な人材がたくさんいる。自分が采配を振るって彼らが手助けしてくれれば、それで十分だ。
夫として迎えた男に口出しされたりしたらかえって迷惑だし、夫として立てなくてはならないのも面倒だ。
しかしやはり、女伯爵として立つためにも結婚は必要なのだろう。
非常に理不尽ではあるが、まだまだこの世の中、男も女も結婚することで一人前扱いされることが多いからだ。
それにサンフォース伯爵として、自分は後継者をもうける必要もある。
現在王国では国家事業として、汽車、汽船の開発、生産に取り組んでいる。
海に面した領地を持つサンフォース家には造船所があり、最近国から造船の公共事業をもぎ取ったところである。
そのため王都からサンフォース領に鉄道を敷く布石にもなった。
鉄道を敷くためにもちろん近隣の領主との仲も良好で、また、造船事業で提携している領主ともよい関係だ。
もちろん事業で敵対している家もあるし、成功者であるサンフォース家を妬む者、恨む者もいるだろう。
しかし今のところ表立って攻撃してくるようなこともない。
そこでアリスは事業で提携でき、尚且つ現在も良好な関係の貴族の中から婚約者を選ぶことにした。
伯爵家より格上なら程よい緩衝材になって尚良いと思う。
そのため、今までは事業の話だけのために参加していた夜会にも、違う目的で足を運ぶようになる。
求婚者は皆アリスのお眼鏡に叶おうと優しく親切だ。
そして求婚者の中でとりわけ熱心だったのが、領地が隣り合わせであるコラール侯爵家の、次男ナルシスであった。
サンフォース伯爵家は王都に出る時コラール侯爵領を通らねばならず、コラール侯爵家は貿易のためサンフォース伯爵領の港を使う。
隣り合わせた家門は言わばウィンウィンの関係だ。
それに古くから続くコラール侯爵家は王妃を輩出したこともある名門で、王室や高位貴族との良いパイプ役を果たしてくれるだろう。
裕福だが商人貴族と揶揄されることもあるサンフォース伯爵家にとってはなかなか良い縁談相手だ。
そうして時を置かず婚約を発表したアリスとナルシスであるが、二人の婚約のニュースは社交界に衝撃を与えた。
ナルシスは社交界きってのプレイボーイ…女ったらしと有名だからだ。
社交界の花から花へと移り行くナルシスは陰で『ミツバチ』と揶揄されている。
そんな噂を知らぬはずがなかっただろうに、超優良物件の令嬢が選んだのは社交界一の尻軽男なのだ。
「顔か…?やっぱり顔なのか?アリス嬢ともあろう方が、やっぱり選ぶのは顔なのか?」
「所詮アリス嬢と言えど、男を顔で見る普通の女なのだ」
衝撃を受けた求婚者たちは、皆腹立ち紛れにアリスを罵ったという。
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