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不穏な足音

ミゲルを探して

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ルナは、かつてミゲルと旅した道を逆に進んだ。
2人で準備した結婚資金を使って馬を買い、馬に跨っての1人旅だ。
女1人の旅は危険が伴うため、髪を短く切り、いちおう男装している。
通行証はミゲルの世界のペンで細工をして、『ルネ』という男性名に書き換えた。
ミゲルがルナにくれたペンだが、まさか彼もこんなことに使っているとは思わないだろう。
さすがにミゲルとの旅のように洞窟に泊まったりは危険過ぎて出来ないが、それでも、馬のおかげで宿に3泊しただけで国境近くまで来ることが出来た。

ローレンシウム領発行の通行証で、ルナは簡単にキセノン王国に入国した。
目指すのは、あの、ミゲルと出会った森だ。
簡単に拉致などされるわけがないミゲルが失踪した理由…。
それは、あの森にあるような気がしてならない。
ミゲルは違う星から空を飛ぶ船でやって来て、あの森に不時着したと言っていた。
ルナは見ていないが、その船はまだ森に残っているのかもしれない。

(そこに、ミゲルがいるかもしれない…。いえ、いなくても、何か見つかるかもしれない…)
確信などないが、何かを感じるのだ。
あの森は父の命令を受けた御者に殺されそうになった場所であり、正直に言えば近づくのも怖い。
でも、それよりもミゲルに関する僅かな手がかりがあればと、今のルナは藁をも掴む思いだったのだ。
「待っていてミゲル。絶対に見つけるから…!」

国境を越えた途端、どんよりとした空気が流れてくる。
街には活気がなく、人々は皆鬱々とした顔をしている。
(魔女狩りのせいで、隣り合う国でもこんなに違うのね…)
ルナは万が一にも魔女などと見られないよう、短い髪に帽子を目深に被った。

森は広く、夜は真っ暗闇だ。
ルナは森から1番近い街に宿を取って森に通い、朝から夕方までミゲルの痕跡を探した。
しかし、彼の痕跡どころか、彼が話していた不時着した船さえ見つからない。

「みんな、心配してるだろうな…」
アルド家族やモニカ宛に手紙は残して来た。
ミゲルを探しに行くから心配しないでくれという内容だが、それでもきっと皆心配していることだろう。

「ミゲル…、一体どこにいるの…?」
本当は今頃、視察から帰って来たミゲルと楽しく過ごしているはずだった。
結婚式の準備をして、新居の準備をして…。
2人で作る未来を語り合っていたはずなのに。

「ミゲル…、会いたい…」
近くにいれば、ミゲルは必ずルナの声をキャッチするはず。
森の中をくまなく探しても何の反応もないということは、ミゲルはこの森や周辺にはいないということだ。
唯一の手がかりだと思っていた森での収穫もなく、ルナは途方に暮れた。
(でも…、でも、何かあるはず…。せめて、船の欠片でも…)

そして3日目の夕刻。
そろそろ宿に戻ろうとしていたところに、突然数人の人間が向こうからやって来た。
旅人か、野盗の類いかさえわからない。
(しまった…。探すのに夢中で、物音に気づかなかったわ)
囲まれる前に馬に乗って逃げようとすると、それに気づいた奴らも猛スピードで追って来る。

「そこの者!止まれ!我らは役人だ!」
(役人…?)
それを聞いたルナは馬を止め、その場に下りた。
逃げ切れるわけがないし、役人から逃げれば余計に面倒なことになると思ったのだ。
役人と名乗った男は馬に跨り、その後ろに歩兵が何人も控えている。

「おまえ、何故逃げた?何かやましいことでもあるのか?」
馬に乗った男が、居丈高にたずねて来る。
「ち、違います。野盗の類いかと勘違いして…」
「宿の主人から、顔を隠すようにして怪しい小柄な男がいると通報があった。また、森の炭焼き小屋の主人からも、毎日森に通う怪しげな人物がいると。それはおまえだな?」
「いいえ、私は怪しい者ではありません」
「なら、こんな森の奥で何をしている」
「それは…」
「む、おまえ…!」
役人は大股でルナに近寄ると、乱暴に帽子を取り払った。
「おまえ、女じゃないか。通行証を見せてみろ」
「はい…」
通行証を差し出すと、役人はちらりと目を通した後、ルナを鋭い目で睨んだ。

「性別詐称と、怪しい行動。おまえには、魔女ではないかと疑いがかかっている」
「魔女…⁈まさか!私は魔女ではありません!」
「魔女であっても、皆が皆自分は違うと言うんだ。申し開きは異端審問所で聞こう」
(異端審問所ですって⁈)
ルナはみるみる青ざめた。
異端審問所に連れて行かれたら最後、魔女だと自白するまで拷問され、結局は魔女として裁かれると聞く。
「いや…!違う!私は魔女じゃない!」
「うるさい!こいつを連れて行け!」
役人の後ろに控えていた男たちがわらわらと出て来て、ルナを取り囲んだ。
乱暴に腕を取られ、頭を押されて跪かされ、あっという間に体に縄をかけられる。

体に触れられるたび、男たちの下卑た声が流れ込んでくる。
(ははっ、可哀想に。魔女として捕まったら最期、もうお日様を拝むことはないだろ)
(こんな綺麗な顔して、もったいないことだ。体の方もいいんだろうに)
(どうせ殺されるなら、俺たちのおもちゃとしてくれればいいのになぁ)

聞きたくもない言葉が勝手に流れこんできて、ルナは唇を噛んで涙をこらえた。
ここで泣けば、彼らはもっと喜ぶだけだと思ったから。
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