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不穏な足音

失踪

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嵐のようなエルミラが去った後も、ルナの日常は表面上は穏やかに過ぎた。
ポーラに怪我がなかったから良かったようなものの、大変なことになっていたところだ。
この件はアルドから大公家に報告され、ルナの周囲はさらに厳重な警備がされることになった。

あの後アルド夫妻は、ドリーを解雇した。
仲間を信じられない人間は雇えないと。
そして夫妻から、ルナの身の上をある程度察していたということも告白された。
アルドは生糸や絹織物の調達で、ローレンシウム子爵領とも取り引きがあった。
書類上ではあるが、領主の丁寧な取引と、子爵夫人からの細やかな気遣いに感じ入り、ものとしてさほど良品ではない年があったとしても、長く細く付き合いたいと思っていたところだ。
ところが、ある日を境にローレンシウム領は杜撰な取引をするようになり、気遣いも全くなくなった。
経理は杜撰、粗悪品が紛れていても保障も無いばかりか謝罪の一つも無い。
それが、アルド自身が森で襲撃された事件の頃からだったと気づいたのは、あれから間もなくのことだ。
不審に思って調べてみると、あの事件の少し前に、ローレンシウム家の長女が馬車の事故で亡くなっていたことを知った。
その長女のことをもっと調べてみようとしたが、病弱で家に引きこもっていたということ以外、驚くほど、その容姿も性格も見えてこない。

(まさか…)
アルドの脳裏に、1つの仮説が浮かんだ。
彼がミゲルとルナに出会ったのは、ローレンシウム家の長女が亡くなったとされている数日後だ。
そしてルナは、平民を装ってはいてもその言葉遣いや所作から簡単に良い家の令嬢だと察せられた。
アルドは確信はないままに、ローレンシウム家との取引を打ち切った。
アルド商会が打ち切ったのを皮切りに、他のガリウム公国内の商会も次々に取引を辞めたという。

「私と手紙のやり取りをしていたのは、ずっと君だったんだね」
アルドの言葉に、ルナが黙ってうなずく。
「君とミゲルは私の命の恩人だ。それに、恩人とか関係なく、私はもう君を実の娘のように思っている。だからルナ、君の父として、ミゲルがいない間は私に守らせておくれ。そして、どうかここから嫁に出させて欲しい」
そう話すアルドの隣で、エヴァも大きく頷いている。

「嬉しい…。私には、ミゲルだけじゃなかったんですね」
ルナはポロポロと涙を溢した。
その肩を、エヴァが優しく摩ってくれる。
「そうよ。あなたは私たちの娘よ。ポーラだってあなたのこと本当のお姉さんだと思ってるわ」
ルナは泣きながらうんうんとうなずいた。
ポーラがあんな小さな体でルナを守ってくれようとしたことは、身をもってわかっている。
それに、アルド家族が自分を大事に思ってくれているのもわかっていた。
時折触れてしまう指先から溢れてくる彼らの心の声に嘘はなかったから。
でもこうして嘘偽りない言葉で、きっぱりと家族だと思っていると言い切ってくれるのは、本当に涙が出るほど嬉しい。
実の家族からは、欲しくても得られなかった言葉だから。

ただ、嬉しさと同時に、やり切れなさも感じてしまう。
どうしても今はまだ、自分の異能だけは打ち明けられないから。
彼らはエルミラが言ったルナの『心が読める』異能については全く信じていないようだ。
それをルナは、有難くも申し訳なくも思っている。
(打ち明けることは出来ないけど、より誠実に接していけたらな)
そしていつかミゲルと相談して折り合いがついたら…、そうしたら、この新しい家族に全てを打ち明けたいと思う。

◇◇◇

しばらく穏やかな日が続いた。
アルドの話によると、ガリウム公国の首都に滞在していたエルミラは、結局自国に帰ったらしい。
アルドからの報せを受け、公子の婚約者モニカが、ローレンシウム子爵に激しい抗議の手紙を送ったらしい。
属国と侮ってはいても未来の大公夫人と今ことを構えるのには分が悪いと、子爵も相当焦っただろう。

しかしホッとしたのも束の間、そんなルナに信じられないような報せが届いた。
それは、視察団が首都を離れて半月後のことだった。
視察先から、ミゲルが忽然と消えたという報せだったのだ。

ユリアス公子の視察先で、護衛騎士のミゲルはほとんどの時間を主の側で過ごしていたはずだった。
夜も交代で公子の部屋の前に立っていたし、休憩時間も他の騎士たちと同じ部屋で仮眠をとっていた。
だが、それでも一人になる時間はあっただろう。
同僚の話によると、ミゲルは婚約者への土産を買いたいと、夜番明けに一人で出かけたと言う。
そして彼は、翌日の交代の時間になっても戻らなかった。
その一人になる時間を狙ったように、ミゲルは失踪したのだ。

失踪前のミゲルに、何ら不審な点は見当たらなかった。
護衛の任はきっちりと果たし、休憩時間は気さくに同僚たちに声をかけていた。
なんなら、可愛い婚約者ののろけ話を聞かされて、皆辟易していたくらいだという。

目の前には出世の道が開けていて、もうすぐ愛する婚約者と結婚するというこの時期に、自ら失踪するなどあり得ない。
ユリアスは視察を切り上げてミゲルの捜索を行ったが、彼の足取りは杳として知れなかった。
最後に彼を見かけたのは宝飾店の主人だったが、店を出た後の彼の姿を目撃した者は誰もいなかったのだ。

結局ユリアスは数人の精鋭を捜索隊として残し、首都へ帰ったのだった。

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