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2人の未来へ

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目を覚ますと、ふかふかの布団に包まれていた。
貴族令嬢として扱われていた時でさえ眠ったことがないような、上質な布団だとわかる。
しかしルナがそれよりも驚いたのは、目の前に彫刻のように整った寝顔があったことである。

(ミゲル…)
ルナは部屋の中を一通り見渡すと、もう一度ミゲルの寝顔を見つめた。
彼はルナの手を握ったまま、ベッドの傍らの椅子でうとうとしている。
記憶の最後は怪しげなものを飲んで倒れたところだったから、おそらくあれからここに運び込まれたのだろう。
そしてどのくらい時間が経ったのかわからないが、ミゲルはずっとついていてくれたのだろうか。

「…ルナ、気がついたの?」
顔を上げたミゲルが、ルナの額に右手をのせる。
「熱も下がってる…、よかった…」
泣き顔とも笑い顔ともつかぬ顔でそう呟くと、ミゲルはぽすんと布団に顔を埋めた。
ミゲルの手と肩が震えている。
「ルナ…、どうしてこんな無茶するんだ…。約束して。もう二度とこんなことしないって…」

今いち状況がつかめていないが、ミゲルがこんな風に言うということは、自分はかなり危機的状況だったということなのだろう。
「ごめんなさい、ミゲル…っ!ケホっ!」
起き上がって話そうとしたら、強烈な喉の痛みに咳き込んだ。
体の節々も痛いし、声もよく出せないようだ。
「ルナ…!急に起き上がっちゃダメだ!」
ミゲルが慌てたようにルナの背中を撫でる。
そして、言葉には出さずにルナの頭に話しかけた。
(ごめんどころじゃないんだよ、ルナ。あのコップには毒が入ってたんだ。君は、下手したら死んじゃうところだったんだからかね?)
(毒…?)

やはり、あの喉が焼けそうな熱さは毒のせいだったのだ。
コップを持って来た侍女の尋常じゃない様子を見て咄嗟に自分が飲んでしまったが、そうしなければ、あれを飲むはずだったのはユリアス公子の婚約者モニカだったはず。
元家族に会って身辺に気をつけようと思った矢先に人の身代わりに毒を飲んでしまったのだ。
ミゲルからしてみれば、一体何をしてるんだという感じだろう。
(でも、モニカ様の命を狙って…?一体、誰が…?)
ルナがあれこれ考えていることは全てミゲルに筒抜けだ。
ミゲルは呆れたようにため息をつくと、ゆっくりと水を一杯飲ませてくれた。

(さ、ルナはもう一度横になって。今はとにかく休むんだ。僕はずっとここにいるから)
(待ってミゲル、モニカ様は?)
布団をかけて寝かしつけようとするミゲルに、ルナがたずねた。
(彼女は無事だよ。あれからすぐパーティはお開きになって、コップを持ってきた侍女が詮議を受けた。さあ、その先は良くなったら話すから)
(ダメよミゲル。気になって寝られないわ)
(ルナ…)
ミゲルは困ったような顔でルナを見た。
しかしルナの縋るような瞳に負けて、結局は話し始める。

(あの侍女は、花嫁修業として一定期間宮殿に勤めている子爵令嬢らしいよ)
(どうして子爵令嬢がモニカ様を…?)
(ユリアス公子の婚約者候補の一人だったらしい。ま、逆恨みってやつだろうね。公子はずいぶん前から未来の花嫁はモニカ様だと公言していたらしいのに、実際婚約が整ったのはここ最近でしょ。そこには、モニカ様自身が自分は大公夫人の器ではないと固辞していたって要因もあるけど、ガリウム公国を自国の属国のように思い込んでいるキセノン王国からの横槍がうるさかったせいもあるらしいよ)

子爵令嬢の父親はガリウム公国に籍を置きながらキセノン王国とも近しい立場で、自分の娘を未来の大公夫人にしたいと野望を持っていた。
子爵令嬢はそんな父の思惑を受けて婚約者になるべくユリアスに近づいているうち、本気で彼に恋するようになったのだという。
何かとモニカと張り合い、彼女を敵視していた。
そしてとうとうモニカが婚約者として発表されても、あきらめることができなかったらしい。
父親からの圧と自身の恋心からどんどん追い詰められ、「モニカさえいなくなれば」と考えるに至ったようだ。

(彼女はすでに、殺人未遂の罪で牢獄に入れられたよ。彼女単独での犯行らしいけど、子爵家も罰を受けるだろうね)
(罪って…。罰がもう決まるほど、私眠っていたの?)
(ルナは丸3日も眠ってたんだ。医者の話では命には別条ないってことだったんだけど、いつ起きてくれるかってひやひやしたよ)
(3日も⁈…)
(うん)
ミゲルの顔は明らかに疲れが滲んでいて、どれだけ心配をかけたのだろうかと申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
それにルナがこんなに軽症だったのは、ミゲルがすぐに毒を吐き出させていたからだそうだ。

(ところで、ここはどこなの?)
ルナは周囲を見回した。
いつも寝ているアルドの家のベッドルームとは違うようだ。
(大公宮殿の貴賓室だよ。僕もずっと一緒にいたんだよ?)
(えーーー⁈)
ルナは飛び起きそうになって、しかしその体はミゲルにがっしりと包まれた。

(大公家の主治医がすぐに解毒してくれたから良かったけど、本当に危ないところだったんだからね?)
ミゲルがルナを抱きしめたまま、その首筋に自分の頭を埋める。
ルナの背中に回された彼の両腕は震えていて、本当にどれだけ心配をかけたのだろうか。

(本当にごめんね、ミゲル)
(謝らないで。謝らなくていいから、お願いだから自分のこともっと大事にして)
(うん…)

たしかにルナは、今まで自分を大事にするなどという発想はなかったように思う。
育ってきた環境において、『ディアナ』を大切に扱ってくれる人間などいなかったから。
でもミゲルは、こうして何度も、言葉や態度でルナが大切だと伝えてくれる。

(もう、私は1人じゃないんだ…)
ルナは自分の腕もミゲルの背中に回すと、その腕にキュッと力をこめた。
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