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2人の未来へ

戦勝祝賀パーティ②

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「…お姉様?」

無粋な声は、ルナの妹エルミラのものだった。
彼女も踊っていたのだろう、その隣にはディアナのかつての婚約者イグナシオがいる。
イグナシオは目を大きく見開いて、かつて自分が捨てた婚約者を見つめていた。

「自国を追い出されたくせに、よくも恥ずかしくもなく隣国のパーティに参加してるわね!」
エルミラにがっちりと腕を掴まれ、ルナはそれ以上踊り続けることはできなくなった。
仕方なく立ち止まると、小さくため息をついてエルミラを見据える。
ここで無視をしたって、エルミラが見逃してくれるはずはないだろうから。

「人違いだと言ったはずです。私はあなたの姉ではありません」
「そんな言い訳が通用すると思ってるの?」
「言い訳も何も、私はただのお針子なんです」
「いいから!こっちへ来て!」
問答無用とばかりに無理矢理引っ張ろうとしたエルミラを、ミゲルが引き止めた。

「やめろ。この人に触るな」
冷え冷えとした声が響き渡り、エルミラは一瞬怯んだ。
でもすぐに媚びるような目でミゲルを見上げる。
エルミラだって、姉のパートナーであるこの人が戦勝の英雄として大公直々に褒美を与えられていたのは見ていたのだから。

「この女は自分の国を追われた罪人なんです。こんな煌びやかな場所にいるべき人間じゃないのよ。あなたは騙されてるんです。お願いだから目を覚まして」
うるうると瞳を潤ませて小首を傾げる仕草は、エルミラお得意のポーズだ。
しかしミゲルは冷ややかに見返すだけ。
ルナは、ミゲルの目を見て小さく微笑むと、エルミラに従ってホールを降りる仕草を見せた。
貴族たちが見ている今、このままここで言い合いになっては、ミゲルの評判を落とすだけだ。
それに、ダンスの妨げにもなってしまう。

ルナの気持ちを読んだミゲルは仕方なく彼女に従ってホールを降りた。
そうしてルナがエルミラに黙ってついていけば、その先には見知った顔がある。かつて父であったはずのローレンシウム子爵である。
「ディアナ…!おまえ、本当に生きていたのか!」
子爵は驚愕の表情でルナを見た。
自分が殺せと命じたはずの娘が生きていたのだから、驚くのは当然だ。

ルナは再びため息をついた。
あの、エルミラが店で騒いだ日から、もしかしたらこんなこともあり得るかもしれないと思っていた。
エルミラが一人で隣国に来るわけはないのだから、子爵や元婚約者も一緒のはずだと。
そして隣国の貴族として来ているのなら、こうして宮殿のパーティーで顔を合わせることもあるかもしれないと。

しかし、ここで逃げるわけにはいかない。
ミゲルの隣で生きていくなら、これからも大公家との関わりは不可欠だ。
そうして大公家に関わっていれば、隣国の貴族である元実家とも顔を合わせる機会があるかもしれないのだから。

「違います…。私は平民のルナです。どなかと、勘違いされているのでは?」
ルナはつとめて冷静にそう言った。
本当は子爵と面と向かい合うのは怖い。
自分はこの男に殺されかけたのだから。
しかし二度と子爵家の人間と関わらないためにも、ここはなんとしても別人で通さなければならない。

別人だと訴えると、子爵は顔を真っ赤にした。
「ディアナ、おまえ…!」
掴みかからんばかりに憤慨している子爵を、ミゲルが牽制する。
「この人は私の婚約者ルナです。ディアナとは一体誰のことですか?」
「うるさい!平民は口をはさむな!」
「でも私はルナなんです。あなた方のことは本当に知りません!」
なんとしてでも、認めるつもりはない。
この人だって、殺した娘が生きていたら都合が悪いだろうにどうして突っかかってくるのだろう。
まさか、もう一度殺そうとでもいうのだろうか。

「埒が明かないな。ルナ、もう行こう」
ミゲルがルナの肩を抱いて遠ざかろうとするのを、それでも子爵は引き留めた。
「待て。その娘を連れ去るなら、貴様を誘拐罪で訴えるぞ!」
振り返ったミゲルは、視線だけで射殺せるような殺気を子爵に向けた。
「す…すごんだって無駄だぞ!戦で戦功を立てたからって、所詮は属国の平民風情が!」
ミゲルはそれにも答えず、そのままルナと去ろうとする。
「おまえ…っ!」
子爵が後ろからルナの腕を掴もうとした時、場違いに穏やかな声がかけられた。

「ルナ嬢」
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