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本当の魔法使い
牢で②
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ルナが泣いているー
ルナが僕を呼んでいるー
でも、遠すぎて声が聞こえないーー
ルナが牢で意識を手放しかけていた頃、ミゲルの意識もまた、深く深く沈んでいた。
◇◇◇
ルナが去った後のアルド商会は、火が消えたような静けさだった。
誰もがルナの身を案じ、しかしミゲルを探しに行った彼女の気持ちを慮っていた。
アルドは2人が帰ってくるのを信じて、結婚式の準備を続けている。
エヴァも、ルナがやり残していったウェディングドレスの刺繍の続きを、引き継いで刺している。
ポーラは、元はミゲルの部屋で現在はルナが使っていた部屋に、毎日風を入れて掃除をしている。
そしてそんな気持ちは、ユリアスやモニカも同様であった。
ルナが何を思って何処に向かったのかなど誰も知らない。
しかし、ミゲルとルナの間には彼らにしかわからない何かがあるのだろうと、誰もが思っていた。
そんな時、隣国キセノン王国の王太子ヘンリからガリウム公国宛に手紙が届いた。
ルナという娘を、魔女の疑いで捕縛したと。
彼女を知る者に面通ししたところ、ユリアス公子の護衛騎士ミゲルの恋人らしいと判明した。
貴国の英雄と呼ばれるミゲルを我が国に渡してもらえるなら、ルナは無罪放免にしよう。
掻い摘むとそんな内容で、ユリアスは拳を握って歯軋りした。
ルナは、ユリアスの婚約者モニカの恩人であり、今や友人でもある。
本当ならどんなことをしてでも助けてやりたいが、当のミゲルが行方不明なのだから打つ手が無い。
ユリアスは身代金を払うことを条件に交渉しようとしたが、それはヘンリに却下された。
キセノン王国はあくまでも、英雄ミゲルだけが欲しいと言うのだ。
ルナ1人奪還するために兵を動かすわけにもいかない。
隣国と緊張状態の今何かと迂闊に動くことも出来ず、ユリアスは頭を抱えた。
「このままだと、ルナは魔女として火刑に処されるかもしれない」
「そんな…!なんとかならないのですか⁈」
「ミゲルと結婚していないルナは、まだキセノン王国の国民なんだ。その彼女の裁判などに口を出せば、それは内政干渉になる」
「そんな…!」
モニカはルナの身を案じて、最近思うように眠れていない。
本来なら結婚式を間近に控えた一番幸せな時期なのに。
ルナは出奔する直前に仕上げたウェディングドレスをモニカの元に送り届けている。
そのドレスを胸に抱いて、モニカは涙に暮れるのだった。
◇◇◇
「寒い…。私、もうこのまま死ぬのかな…」
石床に横たわり、もう指一本さえ動かす力が無い。
あれから何日経ったのだろう。
ルナはヘンリの愛人を拒んで死を選ぶと言ったが、自分が魔女であることだけは認めなかった。
そのせいか、相変わらず食事抜きの日が続いている。
「このままじゃ、火炙りになる前に餓死か凍死しちゃうじゃない…」
そう呟いて、ルナは自嘲気味に笑った。
まだ笑う力があるのかと、自分で不思議になるくらいだ。
でも、その方がいいかもしれない。
民衆の前で火炙りにされるのは、単に王国のスケープゴートにされるということ。
だったら、誰も知らない所で、誰にも看取られずに死んでいく方がよっぽどマシだ。
「ミゲル…」
目を閉じると、ミゲルの人懐っこい笑顔が浮かんでくる。
飛び抜けた才能を持ち妬まれやすい立場にありながら、ミゲルは不思議と周囲から可愛がられていた。
きっとあの、人たらしの笑顔のせいだ…。
どこにいるのかわからないけれど、万が一帰ってきたら…、きっとミゲルは、すごく悲しむのだろう。
ルナの、哀れな最期を知って。
「さよならミゲル。幸せにね…」
周囲に静寂が訪れている。
今夜は泣き叫ぶ囚人がいないのか、それともルナの耳がもう音を拾わなくなったのか。
もうルナにとってはどちらでも良いことだった。
「…ミゲル…、愛してるわ…」
生まれ変わりとか信じていないけれど、もし、万が一生まれ変われるとしたら、そうしたら、またミゲルと出会って、彼と恋がしたいと思う。
「ミゲル………」
疲れ果てたルナは、うとうとと意識を手放そうとしていた。
夢の中でなら、愛おしいミゲルに会えるから。
(ダメだルナ!生きるのを諦めちゃダメだ!)
何故か、聞こえないはずの耳の奥で、ミゲルの声が木霊した。
(なんだろう…、夢…?)
(夢じゃないよ!ルナ!しっかり目を開けて!)
(……え?)
ルナは目を開けた。
力を振り絞って体を起こし、周囲を見回したが、やはり見えるのは暗闇だけだ。
(ミゲル?ミゲルなの?)
(僕だよルナ!今そっちに向かってるから待ってて!絶対助けるから!)
(……え⁈)
その時、鉄格子の前にいた衛兵がパタリと倒れた。
(……え⁇)
動かない足をひきずって、夢中で鉄格子に近寄る。
(ああ……っ!)
暗闇の中目を凝らせば、こちらに向かって走って来るのは愛おしい恋人だ。
「ミゲル…っ!」
「ルナ……っ!」
ミゲルはルナの元に走り寄るとガッと鉄格子を鷲掴みにした。
「ああルナ!こんなに窶れて…!」
ルナが僕を呼んでいるー
でも、遠すぎて声が聞こえないーー
ルナが牢で意識を手放しかけていた頃、ミゲルの意識もまた、深く深く沈んでいた。
◇◇◇
ルナが去った後のアルド商会は、火が消えたような静けさだった。
誰もがルナの身を案じ、しかしミゲルを探しに行った彼女の気持ちを慮っていた。
アルドは2人が帰ってくるのを信じて、結婚式の準備を続けている。
エヴァも、ルナがやり残していったウェディングドレスの刺繍の続きを、引き継いで刺している。
ポーラは、元はミゲルの部屋で現在はルナが使っていた部屋に、毎日風を入れて掃除をしている。
そしてそんな気持ちは、ユリアスやモニカも同様であった。
ルナが何を思って何処に向かったのかなど誰も知らない。
しかし、ミゲルとルナの間には彼らにしかわからない何かがあるのだろうと、誰もが思っていた。
そんな時、隣国キセノン王国の王太子ヘンリからガリウム公国宛に手紙が届いた。
ルナという娘を、魔女の疑いで捕縛したと。
彼女を知る者に面通ししたところ、ユリアス公子の護衛騎士ミゲルの恋人らしいと判明した。
貴国の英雄と呼ばれるミゲルを我が国に渡してもらえるなら、ルナは無罪放免にしよう。
掻い摘むとそんな内容で、ユリアスは拳を握って歯軋りした。
ルナは、ユリアスの婚約者モニカの恩人であり、今や友人でもある。
本当ならどんなことをしてでも助けてやりたいが、当のミゲルが行方不明なのだから打つ手が無い。
ユリアスは身代金を払うことを条件に交渉しようとしたが、それはヘンリに却下された。
キセノン王国はあくまでも、英雄ミゲルだけが欲しいと言うのだ。
ルナ1人奪還するために兵を動かすわけにもいかない。
隣国と緊張状態の今何かと迂闊に動くことも出来ず、ユリアスは頭を抱えた。
「このままだと、ルナは魔女として火刑に処されるかもしれない」
「そんな…!なんとかならないのですか⁈」
「ミゲルと結婚していないルナは、まだキセノン王国の国民なんだ。その彼女の裁判などに口を出せば、それは内政干渉になる」
「そんな…!」
モニカはルナの身を案じて、最近思うように眠れていない。
本来なら結婚式を間近に控えた一番幸せな時期なのに。
ルナは出奔する直前に仕上げたウェディングドレスをモニカの元に送り届けている。
そのドレスを胸に抱いて、モニカは涙に暮れるのだった。
◇◇◇
「寒い…。私、もうこのまま死ぬのかな…」
石床に横たわり、もう指一本さえ動かす力が無い。
あれから何日経ったのだろう。
ルナはヘンリの愛人を拒んで死を選ぶと言ったが、自分が魔女であることだけは認めなかった。
そのせいか、相変わらず食事抜きの日が続いている。
「このままじゃ、火炙りになる前に餓死か凍死しちゃうじゃない…」
そう呟いて、ルナは自嘲気味に笑った。
まだ笑う力があるのかと、自分で不思議になるくらいだ。
でも、その方がいいかもしれない。
民衆の前で火炙りにされるのは、単に王国のスケープゴートにされるということ。
だったら、誰も知らない所で、誰にも看取られずに死んでいく方がよっぽどマシだ。
「ミゲル…」
目を閉じると、ミゲルの人懐っこい笑顔が浮かんでくる。
飛び抜けた才能を持ち妬まれやすい立場にありながら、ミゲルは不思議と周囲から可愛がられていた。
きっとあの、人たらしの笑顔のせいだ…。
どこにいるのかわからないけれど、万が一帰ってきたら…、きっとミゲルは、すごく悲しむのだろう。
ルナの、哀れな最期を知って。
「さよならミゲル。幸せにね…」
周囲に静寂が訪れている。
今夜は泣き叫ぶ囚人がいないのか、それともルナの耳がもう音を拾わなくなったのか。
もうルナにとってはどちらでも良いことだった。
「…ミゲル…、愛してるわ…」
生まれ変わりとか信じていないけれど、もし、万が一生まれ変われるとしたら、そうしたら、またミゲルと出会って、彼と恋がしたいと思う。
「ミゲル………」
疲れ果てたルナは、うとうとと意識を手放そうとしていた。
夢の中でなら、愛おしいミゲルに会えるから。
(ダメだルナ!生きるのを諦めちゃダメだ!)
何故か、聞こえないはずの耳の奥で、ミゲルの声が木霊した。
(なんだろう…、夢…?)
(夢じゃないよ!ルナ!しっかり目を開けて!)
(……え?)
ルナは目を開けた。
力を振り絞って体を起こし、周囲を見回したが、やはり見えるのは暗闇だけだ。
(ミゲル?ミゲルなの?)
(僕だよルナ!今そっちに向かってるから待ってて!絶対助けるから!)
(……え⁈)
その時、鉄格子の前にいた衛兵がパタリと倒れた。
(……え⁇)
動かない足をひきずって、夢中で鉄格子に近寄る。
(ああ……っ!)
暗闇の中目を凝らせば、こちらに向かって走って来るのは愛おしい恋人だ。
「ミゲル…っ!」
「ルナ……っ!」
ミゲルはルナの元に走り寄るとガッと鉄格子を鷲掴みにした。
「ああルナ!こんなに窶れて…!」
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