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不穏な足音

エルミラの画策①

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ユリアス公子の結婚が2ヶ月後に迫っていた頃、彼は結婚前の一仕事とばかりに、国境の視察に赴くことにした。
蛮族の残党へ投降を呼びかけるためと、キセノン王国への牽制のためである。
首領を失った残党は統制が取れず、身内内での争いが続いているらしい。
折々麓の小さな村を襲ってもいるが、ガリウム公国の傭兵軍に、悉く追い返されている。
彼らを根絶やしにするのは簡単だが、それよりも、ガリウム公国としては従順に従うなら自国民として迎え入れる準備があると伝えたい。
もちろん首領を殺されて恨みを持つ彼らが簡単に従うとは思えないが、長い時間をかけて説得したいと思っている。
難しい仕事だが、結婚を控えているユリアスは今、やる気に満ち溢れているのだ。

そこでまず手始めの視察を、ということだったのだが、そこに、キセノン王国が国境近くに堅固な砦を作っていて、傭兵を集めていると報せが届いた。
もしかしたら、キセノン王国は統制の取れていない残党を殲滅し、それに乗じて再びガリウム公国への侵攻を狙っているのかもしれない。
そう考えたユリアスはまず傭兵部隊の多くを国境に派遣し、自らの視察も急いだのだ。

そんなわけで、ユリアスの護衛騎士であるミゲルは彼に従って再び国境へ赴くことになった。
ルナのそばを離れたくないミゲルはもちろん嫌がったが、任務のため従わないわけにはいかない。
それに今回は、いちおう視察のみだし2週間という期限が付いている。

(でももし戦が始まってしまって、ミゲルが巻き込まれてしまったら…)
そう不安がるルナに、ミゲルは安心させるように微笑んだ。
「僕がどれだけ強いか、ルナが一番知ってるでしょ?帰ってきたら、君からのご褒美が欲しいな」
「ご褒美?」
「うん、ルナからのキスが欲しい」
それを聞いたルナは真っ赤になった。
「あー、ホントに可愛いなぁ、ルナは」
(あー、ホントに可愛いなぁ、ルナは)
ミゲルの台詞と心の声が全く同じで、ルナは顔を綻ばせる。
しかしミゲルの心の声はもっと続いていて…。
(あー、そろそろキス以上もしたいなぁ。ルナ、どこまでなら許してくれるかなぁ)
確信犯のミゲルに、ルナは顔から火が出る思いをしたのだった。

ミゲルを見送って、ルナは今まで以上に結婚準備に力を入れた。
もう、迷わない。
彼がいない未来なんてもう考えられないのだから。

◇◇◇

しかしミゲルを見送った数日後、ルナは困り果てていた。
隣国にいるはずの実妹エルミラが、護衛を伴ってアルドの店に押しかけてきて、『ルナというお針子』を出せと騒いだのだ。
『英雄ミゲル』の婚約者がアルドの店のお針子だということは街中誰もが知っているだろうから、居場所は隠しようもない。
アルドたちは穏便に引き取ってもらうよう話したが、エルミラはルナを出すまで梃子でも動かないと言う。
相手が貴族ということもあって、アルドたちも面と向かって歯向かうわけにもいかなかったのだ。
仕方なくルナは姿を現し、エルミラを自室に通した。


もちろん『ディアナ』であることを認めるわけにはいかないが、ミゲルは留守だし、このまま店先で騒がれても迷惑になると思ったのだ。

「早速ですけど、子爵家に帰っていらっしゃらない?お姉様」
開口一番、エルミラはそんな台詞を吐いた。
ルナは『ディアナ』であることをずっと否定しているのに、エルミラの耳にはルナの声など全く届いていないようだ。
「私はお針子のルナだって何度も言ったはずです。あなたのお姉様とは別人なんです。世の中には似ている方がいるといいますから、他人の空似なのではないでしょうか」
「そんなことおっしゃって、それほど私がお嫌いなの?悲しいわ、お姉様」
エルミラはポロリと涙を一粒落として見せた。
その姿は儚く頼りなく、ルナの胸にもグッと迫るものがある。
色々歪な関係ではあったが、エルミラは紛れもなく血が繋がった妹なのだから。
それに、何故今さらエルミラがディアナを家に連れ戻したいのか、純粋に知りたいという気持ちもあった。

「私はあなたの姉ではありませんが…、もしそうだとして、何故あなたはお姉様に帰ってもらいたいのですか?」
そうたずねると、エルミラはにわかに瞳を輝かせた。
「もちろん、姉妹としてやり直したい、今までのことを謝罪したいと思ってきたのですわ。お姉様の婚約者が私の方を好きになってしまったのは仕方のないことですけど、今からでも返して差し上げたいですし…」
(え…?)
エルミラの言葉に、ルナは声に出してしまいそうなほど衝撃を受けた。
返すとはいったいどういうことだろう。
エルミラとイグナシオは結婚して、もうすぐ子どもが生まれるのではなかったのだろうか。
いや、今のエルミラは妊娠しているようには見えないから、早産だったのか、もしくは…。

呆然としているルナに、エルミラが続ける。
「お姉様が家を出てから、何もかも上手くいかないの。領の経営も、子爵家の商売も。イグナシオは商才が全く無いし、それにアーサーは病弱なままだし…」
(アーサー…)
ルナはその名前を聞いた時だけ僅かに眉をしかめた。
自分を虐げた者たちの中で、唯一虐げなかった弟。
まだ幼く接触もなかったから当然なのだが、『ディアナ』と同じように家族の期待に応えられない、可哀想な弟…。
しかし狡猾なエルミラは、ルナのその僅かな変化を見逃さなかった。
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