心読みの魔女と異星【ほし】の王子様

ガリウム公国へ

新しい暮らし

アルドの営むアルド商会は、工房と店舗を併せ持つ立派な店だった。
夫婦でデザインを担当し、通いのお針子を何人も抱えている。
大公の御用達にも名を連ねており、裕福な平民や貴族から人気の、ガリウム公国の外でもそれなりに名の通った店である。

そんな店で、ルナは刺繍専門のお針子として働き始めた。
今まで自由を与えられず、唯一の趣味であった刺繍を仕事に出来るなど、嬉しい限りである。
しかし、元々いたお針子たちの中に溶け込むのは難しかった。
新米のくせに高い技術を持つルナに、先輩お針子たちは嫉妬したのだ。
だから、挨拶をしても無視をされたり、道具を隠されたりという小さな嫌がらせをされたりもした。

だが、そんな意地悪さえもルナは楽しかった。
だって今までずっと、ほとんど人と関わらないで生きてきたのだから。
それに、実の父親に殺されかけたという壮絶な経験を持つルナからしたら、彼女たちにされる意地悪など気にもならないほど小さなことだったのだ。

先輩たちの嫉妬は、何もルナの技術だけに向けられたものではない。
主人夫婦は素直で真面目なルナを可愛がり、娘のポーラは彼女を姉のように慕っている。
ただ、最大の要因は、最初の紹介でルナがミゲルと恋人同士だと明かされたことにあった。
ミゲルは店番をしたり、またアルドの用心棒として商談などについて歩くようになったが、その貴公子然とした風貌から、たちまちお針子をはじめとする近隣の女性たちの人気者になった。
しかしそれと同時に、彼は新人お針子ルナの恋人として紹介されたのだから、彼女たちの嫉妬心に火が着いたのは仕方ないだろう。

最初の頃は、ルナからミゲルを奪ってやろうとする強気な女性もいた。
ルナは綺麗で気品ある顔立ちではあるが、身なりも性格も地味だから飽きるだろうと、たかをくくっている輩もいたのだ。
しかも、恋人同士と言いながら、ルナはどこかミゲルと一線引いている感があり、そういう雰囲気は近くで見ている者にはわかるものだ。
本当に恋人なのかと疑う者もいたし、直接ミゲルに告白する者もいた。
しかしそれもだんだん減っていった。
当のミゲルが全く相手にしないし、ルナを虐めれば逆にミゲルに嫌われる。
それに。
ルナを見るミゲルの瞳が明らかに他者を見るそれとは違うのは、一目瞭然なのだから。

「ルナ！ただいま！」
アルドの使いで外出していたミゲルが帰ってくる。
誰がいようと、ミゲルが真っ先に向かうのはルナの元だ。
「ミゲル、おかえりなさい」
「ルナに会いたくて急いで帰ってきた！今日も可愛いね、ルナ！」
毎日一緒にいるのにこんなことを言うミゲルに、ルナは頬を染める。
「もう、やめてミゲル」
真っ赤になって俯くルナをデレデレの顔で見つめるミゲルを見れば、そこに入っていこうという猛者はいないだろう。
そんな２人を、主人家族は生温かい目で見守っている。
時々彼らに触れてしまうこともあったが、彼らの言葉や優しい目に嘘がないことは、ルナは十二分に知っている。

優しい人たちがいて、好きな仕事ができて。
そして、この国には魔女狩りもなくて。
ルナにとっては生まれて初めて、心穏やかな暮らしが始まったのだった。

◇◇◇

ガリウム公国での暮らしに慣れてきたある休日、ルナはミゲルに誘われて、観劇に出かけた。
ポーラから、２人はデートにも行かないのかと問い詰められたミゲルが、どうしたらいいかエヴァに相談したらしい。
これまでの休日は、ポーラと遊んでやったり、エヴァの手伝いをしたりと、ただ自宅で過ごしていたのである。
恋人同士だというのにデートもしたことがなかったのかとエヴァは呆れていたが、２人のためにあれこれ考えてくれたのだった。

自分で刺繍を施した淡いクリーム色のワンピースを着たルナは可愛らしく、ミゲルは目を細めて褒めちぎった。
しかしそんなミゲルだって、デートだからと少しおめかしした姿はなんとも格好いい。

２人が向かった劇場で催されていた舞台は、今大人気だという恋愛劇だった。
邪魔が入ったり引き裂かれたりして最後はハッピーエンドの物語だったが、ミゲルは食い入るように見つめていた。
おしゃまなポーラから、劇を見てよく恋愛を学んで来いと言われてきたのである。
クライマックスに差し掛かりふと隣を見れば、ルナは静かに涙をこぼしていた。

「ミゲル、手…」
劇場を出てからずっとミゲルに繋がれた手を見て、ルナは困惑したように呟いた。
たしかにずっと恋人同士だと偽ってきたし、今日もそのせいでデートに来ることになったのだが、そもそも自分たちは本物の恋人同士ではない。
「離さないよ。劇の中の恋人たちも手を繋いでたし。恋人同士は、デートでは手を繋ぐものだってポーラも言ってたしね」
ルナが抜こうとした手を、ミゲルはキュッと離れないように握った。