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ガリウム公国へ
商人アルド
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男は、ガリウム公国の首都で呉服店を営む商人アルドと名乗った。
9歳になる娘ポーラと、護衛を兼ねた御者を連れて、糸や布の仕入れに郊外の村に行った帰りだったらしい。
いつもならもっと明るいうちに街へ戻るのだが、今日は値段交渉に手間取り、森を抜けるのが夜になってしまったのだという。
幼い娘連れのところを賊に襲われ、もうダメかと諦めかけていた時に運良くミゲルに救われたのだ。
アルドはポーラを抱きしめ、涙ながらに何度も礼を言い続けた。
そのポーラは、泣き疲れて馬車に乗るなり眠っている。
一方、ルナとミゲルは、打ち合わせ通り駆け落ちしてきた恋人同士を装った。
それである程度察したのだろう。
アルドは命の恩人をそれ以上探るようなことはしなかった。
ただ、狭い馬車の中で足先が触れてしまった時、ルナの頭にアルドの心の声が聞こえてきた。
どうやらアルドは、ルナの所作や言葉遣いから、貴族もしくはかなり良い家の令嬢だと見抜いている。
そしてミゲルのことは、その強さからルナの護衛騎士だと考えているようだ。
つまり、令嬢と護衛騎士が手と手を取り合って駆け落ちしてきた。
そこには、令嬢の意に染まぬ政略結婚など、愛し合う2人が親に引き裂かれる場面が想像される。
アルドの頭の中で繰り広げられているのだろうロマンスを想像して、ルナもなんだか恥ずかしくなってしまった。
「ルナ、どうかした?顔が赤いよ」
ミゲルに頬を触れられそうになって、思わずルナはその手を避けた。
(ダメ!考えない、考えない)
ミゲルは触れなくてもルナの心を読んでしまうのだから。
「…ルナ…」
ミゲルはルナに避けられた手を宙に浮かせたまま、悲しげな目でルナを見つめる。
「だってミゲル、人前よ」
そう言ってルナはふいっと横を向いた。
しかしその耳は真っ赤に染まっている。
アルドはそんな若い2人のやり取りを、微笑ましそうに眺めていた。
◇◇◇
キセノン王国の隣にあるガリウム公国は、約20年前まではキセノン王国に属する大公領であった。
当時の国王の王弟が治めていたのだが、その王弟は国民からの人気が高く、王位を脅かす存在だった。
王弟に叛意があったわけではなく、勝手に国王が怯えていただけなのだが。
しかし兄の暗い瞳に殺意を悟っていた王弟は、周辺国を味方につけて公国として独立する道を選んだ。
キセノン王の執着は今も続いているが、表面上両国は友好を保っている。
周辺国が皆ガリウム公国の独立を擁護しているため、手を出せない状態なのだ。
魔女狩りが禁止なのも、ガリウム大公の方針だ。
キセノン王国の魔女狩りが公国に飛び火しそうになった時にも、大公は「魔女などと、ただの迷信だ」と切り捨てた。
だからキセノン王国に不満を持つ民がガリウム公国に流出し、公国では大きな労働力となっている。
だから、ルナやミゲルのような移民者にも、公国は比較的寛容なのである。
首都に着いたルナとミゲルは、結局そのままアルドの家に落ち着いた。
駆け落ちして行くあてもないだろう2人を、アルドが強引に連れて来たのだ。
『迷惑をかけたくない』と言う2人に、アルドは『命の恩人』を強調して『頼むからここにいて欲しい』と懇願した。
『仕事を探す』と言えば、『何か見つかるまでここで働けばいい』と言う。
根負けしたような形だが、ルナとミゲルにとっても有難い申し出ではあった。
勢いで公国を目指しては来たが、正直、それから先のことは何も決まっていなかったからだ。
公国に来ればなんとかなると考えていた2人はかなりの能天気だ。
貴族の令嬢…しかも家族に軟禁されていたルナも、自称異星人のミゲルも、世間からズレているのは致し方ないのかもしれないが。
アルドの妻エヴァも、2人を歓待した。
大事な夫と娘の命の恩人なのだから、好きなだけここにいて欲しいと言う。
娘ポーラも、もうすっかり2人に懐いている。
結局、2人はこのまましばらくアルドの家に厄介になることにした。
ルナは軟禁中裁縫や刺繍ばかりやっていたので、仕事にできるならちょうどいいとも思う。
また腕の立つミゲルは、しばらくはアルドの用心棒をして欲しいと頼まれた。
それから、2人の部屋はもちろん別々である。
恋人とはいえ、さすがにまだ結婚していない男女を同室にはできないと、エヴァがこだわったのだ。
ミゲルは一部屋与えられ、ルナはポーラの部屋に住まわせてもらうことになった。
ミゲルはルナが悪夢にうなされた時そばにいてやりたいと思ったのだが、それは国境を超えてからほとんど見なくなったからとルナに押し切られたのだった。
9歳になる娘ポーラと、護衛を兼ねた御者を連れて、糸や布の仕入れに郊外の村に行った帰りだったらしい。
いつもならもっと明るいうちに街へ戻るのだが、今日は値段交渉に手間取り、森を抜けるのが夜になってしまったのだという。
幼い娘連れのところを賊に襲われ、もうダメかと諦めかけていた時に運良くミゲルに救われたのだ。
アルドはポーラを抱きしめ、涙ながらに何度も礼を言い続けた。
そのポーラは、泣き疲れて馬車に乗るなり眠っている。
一方、ルナとミゲルは、打ち合わせ通り駆け落ちしてきた恋人同士を装った。
それである程度察したのだろう。
アルドは命の恩人をそれ以上探るようなことはしなかった。
ただ、狭い馬車の中で足先が触れてしまった時、ルナの頭にアルドの心の声が聞こえてきた。
どうやらアルドは、ルナの所作や言葉遣いから、貴族もしくはかなり良い家の令嬢だと見抜いている。
そしてミゲルのことは、その強さからルナの護衛騎士だと考えているようだ。
つまり、令嬢と護衛騎士が手と手を取り合って駆け落ちしてきた。
そこには、令嬢の意に染まぬ政略結婚など、愛し合う2人が親に引き裂かれる場面が想像される。
アルドの頭の中で繰り広げられているのだろうロマンスを想像して、ルナもなんだか恥ずかしくなってしまった。
「ルナ、どうかした?顔が赤いよ」
ミゲルに頬を触れられそうになって、思わずルナはその手を避けた。
(ダメ!考えない、考えない)
ミゲルは触れなくてもルナの心を読んでしまうのだから。
「…ルナ…」
ミゲルはルナに避けられた手を宙に浮かせたまま、悲しげな目でルナを見つめる。
「だってミゲル、人前よ」
そう言ってルナはふいっと横を向いた。
しかしその耳は真っ赤に染まっている。
アルドはそんな若い2人のやり取りを、微笑ましそうに眺めていた。
◇◇◇
キセノン王国の隣にあるガリウム公国は、約20年前まではキセノン王国に属する大公領であった。
当時の国王の王弟が治めていたのだが、その王弟は国民からの人気が高く、王位を脅かす存在だった。
王弟に叛意があったわけではなく、勝手に国王が怯えていただけなのだが。
しかし兄の暗い瞳に殺意を悟っていた王弟は、周辺国を味方につけて公国として独立する道を選んだ。
キセノン王の執着は今も続いているが、表面上両国は友好を保っている。
周辺国が皆ガリウム公国の独立を擁護しているため、手を出せない状態なのだ。
魔女狩りが禁止なのも、ガリウム大公の方針だ。
キセノン王国の魔女狩りが公国に飛び火しそうになった時にも、大公は「魔女などと、ただの迷信だ」と切り捨てた。
だからキセノン王国に不満を持つ民がガリウム公国に流出し、公国では大きな労働力となっている。
だから、ルナやミゲルのような移民者にも、公国は比較的寛容なのである。
首都に着いたルナとミゲルは、結局そのままアルドの家に落ち着いた。
駆け落ちして行くあてもないだろう2人を、アルドが強引に連れて来たのだ。
『迷惑をかけたくない』と言う2人に、アルドは『命の恩人』を強調して『頼むからここにいて欲しい』と懇願した。
『仕事を探す』と言えば、『何か見つかるまでここで働けばいい』と言う。
根負けしたような形だが、ルナとミゲルにとっても有難い申し出ではあった。
勢いで公国を目指しては来たが、正直、それから先のことは何も決まっていなかったからだ。
公国に来ればなんとかなると考えていた2人はかなりの能天気だ。
貴族の令嬢…しかも家族に軟禁されていたルナも、自称異星人のミゲルも、世間からズレているのは致し方ないのかもしれないが。
アルドの妻エヴァも、2人を歓待した。
大事な夫と娘の命の恩人なのだから、好きなだけここにいて欲しいと言う。
娘ポーラも、もうすっかり2人に懐いている。
結局、2人はこのまましばらくアルドの家に厄介になることにした。
ルナは軟禁中裁縫や刺繍ばかりやっていたので、仕事にできるならちょうどいいとも思う。
また腕の立つミゲルは、しばらくはアルドの用心棒をして欲しいと頼まれた。
それから、2人の部屋はもちろん別々である。
恋人とはいえ、さすがにまだ結婚していない男女を同室にはできないと、エヴァがこだわったのだ。
ミゲルは一部屋与えられ、ルナはポーラの部屋に住まわせてもらうことになった。
ミゲルはルナが悪夢にうなされた時そばにいてやりたいと思ったのだが、それは国境を超えてからほとんど見なくなったからとルナに押し切られたのだった。
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