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心読みの魔女

ローレンシウム子爵令嬢ディアナ

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『ディアナ』は月の女神からとった崇高な名前だ。
実際、銀色の髪に翠色の瞳を持つディアナは女神のように美しい。
でも、この家で今ディアナを崇める者なんて、多分使用人の最下級に至るまで誰一人として居ないだろう。

今侍女たちが色めき立っていた訪問者…オガネソン男爵家の次男イグナシオは、元々はディアナの許婚いいなずけだった男だ。
ローレンシウム子爵家の長女で次期当主のディアナの婿として、両家が結んだ縁である。

ディアナは幼い頃からとても優秀な子どもだった。
言葉や文字を覚えるのも人一倍早く、数字や記憶力、創造力にも優れていた。
手先も器用だし、運動能力も高い。
それに、明るく元気な子でもあった。
しかし今の世の中、人より目立ったり突出した能力を持つことは危険である。
最初は娘の秀でた能力を喜んでいた父親も、魔女狩りが厳しくなるにつれ危惧するようになった。
彼女を病弱と偽り、明るく元気だった娘を邸に閉じ込めるようになった。
異質なこと自体魔女と疑われるからだ。

ディアナがイグナシオと婚約したのは、どちらもまだ8歳の時。
ディアナの父ローレンシウム子爵は、未来の女子爵の婿に見目はいいが凡庸な少年を選んだ。
両家は年に数回二人が交流する場を設けたが、幼い二人は婚約者というより仲の良い幼馴染のような関係を育んだ。
それでも、成長するにつれて貴公子らしくなっていくイグナシオに、ディアナが淡い想いを抱き始めていたのも事実である。

当時王都にある邸宅で暮らしていたディアナは、彼が訪問して来るのを心待ちにするようになっていた。
イグナシオもまた、年々美しくなっていくディアナに会いたくて、頻繁にローレンシウム家を訪れるようになっていたのは11歳くらいの頃からだ。

そんな2人の関係が崩れてきたのは、ディアナが13歳の時、ローレンシウム家で諦めていた男児アーサーが生まれたことがきっかけである。
ディアナには1つ年下の妹エルミラがいるが、その後両親が望んでいる男児は生まれていなかった。
だからディアナに婿をとらせて子爵家を継がせる予定だったのに、ここに来て、嫡男が生まれてしまったのだ。
オガネソン男爵家では話が違うと憤ったが、待望の嫡男アーサーにメロメロの子爵は聞く耳を持たない。
すわ婚約解消かと思いきや、長年ローレンシウム家と婚約を結んでいたイグナシオにすぐに新しい婿入り先が見つかることも難しく、婚約解消は曖昧なまま保留になっていた。

イグナシオに淡い恋心を抱いていたディアナは突然のことにその小さな胸を痛めていた。
弟が無事産まれたことは嬉しい。
でも、もうイグナシオとの縁は切れてしまうのだろう。
跡取りではなくなったディアナを、父は家に有益な貴族家に嫁がせるつもりだろう。
爵位を持たない次男坊のイグナシオではなく。

そしてそんな時、さらなる不幸がディアナを襲った。
原因不明の熱病に侵されたのだ。
7日間も熱で苦しんでいた中、ディアナは母の名を呼び、母の手を求めた。
しかし家族は誰も近寄って来なかった。
原因不明のため感染しては困るとの配慮だったのだろうが、ディアナは離れに隔離され、周囲には最低限の使用人しかいなかった。
そして、両親がようやくディアナに会いに来たのは、熱が下がってから実に半月も過ぎてからであった。
彼女がもうすっかり普通の生活に戻っていた頃のことである。
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