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プロローグ
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「また、魔女が捕まったんだって?」
「それがさぁ、隣の領主の愛人だってよ?」
「ああ、あの、本妻を呪い殺したっていう?」
「そうそう。本妻を呪う色んな道具が見つかったんだってさ。連行されて…、来週には火炙りかもね、可哀想に」
夕暮れの庭で立ち話をする二人のメイドの話し声が、風に乗って流れて来る。
窓の隙間から僅かに聞こえてきたそれに、ディアナは眉をひそめた。
『可哀想』などと言ってはいるが、その実二人が全くそんな風に思っていないのが丸わかりだったからだ。
ディアナの住むキセノン王国では、いわゆる『魔女狩り』が横行していた。
魔女は、毎日のように捕まっている。
彼女……時に彼らは、告発され、異端審問にかけられ、裁かれる。
審問などとは名ばかりで、告発されたが最後、釈放される者などまずいない。
ありもしない罪をでっち上げられ、魔女として死んでいくのだ。
『魔女狩り』ーー確かに昔のそれは、本当に世間を震撼させるような悪女から始まったのかもしれない。
しかし今では、人よりちょっと秀でていることを妬まれたり、異性に人気があることを妬まれたりするだけで『魔女狩り』の対象になる。
怪し気な薬を用いていたとか怪し気な呪文を唱えていたとか、どんな風にでも陥れることはできるのだ。
だから、裕福な者、貧乏な者、異国から来た者、異教徒の者、頭が良すぎる者、その逆の者、見た目が良すぎる者、またその逆の者、異性に好かれすぎる者、八方美人な者、偏屈な者、世間の嫌われ者ーーと、告発されれば誰でも『魔女』になってしまうのだ。
そんな不条理な世界に、ディアナは生きている。
本当は『魔女』なんて、この世には存在しないーーとディアナは思っている。
だって本当に魔法が使えるなら、捕まる前に逃げたり捕まってからだって抵抗したりできるんじゃないだろうか。
『魔女』は、人々の嫉妬や蔑み、猜疑心が生み出した病だ。
それはディアナだけではなく、そんな風に考えている人だって僅かながらいるはずだ。
でも、そんなことを声高に叫べば魔女の仲間だと思われる。
魔法なんて無いことを科学で証明しようとすれば、それさえ『魔女』の証になってしまう。
だいたい、キセノン王家そのものが魔女狩りを認めていた。
最初に魔女として処刑されたのは、先々代国王の正妃であったくらいなのだから。
先々代、先代、当代と暗愚な国王が続いているキセノン王国は、他国に領地拡大の戦を仕掛けたり、天災も重なったりして国力自体弱まっている。
離反したり独立する貴族も続き、何かしら社会のスケープゴートが必要だったのだろう。
だから、国に歯向かう力のない人々は、魔女の存在を信じているふりをする。
ちょっとでも自分と違う人間がいれば『魔女』だと告発するのだ。
自分が安全な場所にいるために。
「まぁ、他人事じゃないわよね、うちのお嬢様だっていつ連れて行かれるかわからないもの」
物思いに耽っていたディアナは、メイドたちの声に我に返った。
「こら、滅多なこと言うもんじゃないわ」
「そうね、誰かに聞かれたら大変」
その時、本邸のエントランスの方が俄かに賑やかになった。
「いらっしゃいませ!イグナシオ様ぁ!」
ディアナの妹エルミラの明るい声が聞こえてくる。
どうやら彼女の婚約者イグナシオがやって来たようだ。
(他人事じゃない…、ね…)
ディアナは小さくため息をつくと、窓の隙間から空を見上げた。
日が沈んだ藍色の空に、一番星が輝いている。
そしてその星に向かって両手の指を組むと、祈るように瞳を閉じた。
でもディアナは、魔女の存在も信じないけれど神様の存在だって信じてなんかいない。
だって本当に神様がいるなら、こんな理不尽な世界を放置しているなんてあり得るのだろうか。
小さい頃に夢中になった童話の世界のお姫様なら、きっと王子様が助けに来てくれるのだろう。
でもディアナにとっての王子様なんてきっとこの世に存在しない。
(私は何に向かって祈ってるのかしら…)
何でもいい、誰でもいい。
ただ、今のこの生きているのか死んでいるのかわからない状態を、早く終わりにしたいだけだ。
「それがさぁ、隣の領主の愛人だってよ?」
「ああ、あの、本妻を呪い殺したっていう?」
「そうそう。本妻を呪う色んな道具が見つかったんだってさ。連行されて…、来週には火炙りかもね、可哀想に」
夕暮れの庭で立ち話をする二人のメイドの話し声が、風に乗って流れて来る。
窓の隙間から僅かに聞こえてきたそれに、ディアナは眉をひそめた。
『可哀想』などと言ってはいるが、その実二人が全くそんな風に思っていないのが丸わかりだったからだ。
ディアナの住むキセノン王国では、いわゆる『魔女狩り』が横行していた。
魔女は、毎日のように捕まっている。
彼女……時に彼らは、告発され、異端審問にかけられ、裁かれる。
審問などとは名ばかりで、告発されたが最後、釈放される者などまずいない。
ありもしない罪をでっち上げられ、魔女として死んでいくのだ。
『魔女狩り』ーー確かに昔のそれは、本当に世間を震撼させるような悪女から始まったのかもしれない。
しかし今では、人よりちょっと秀でていることを妬まれたり、異性に人気があることを妬まれたりするだけで『魔女狩り』の対象になる。
怪し気な薬を用いていたとか怪し気な呪文を唱えていたとか、どんな風にでも陥れることはできるのだ。
だから、裕福な者、貧乏な者、異国から来た者、異教徒の者、頭が良すぎる者、その逆の者、見た目が良すぎる者、またその逆の者、異性に好かれすぎる者、八方美人な者、偏屈な者、世間の嫌われ者ーーと、告発されれば誰でも『魔女』になってしまうのだ。
そんな不条理な世界に、ディアナは生きている。
本当は『魔女』なんて、この世には存在しないーーとディアナは思っている。
だって本当に魔法が使えるなら、捕まる前に逃げたり捕まってからだって抵抗したりできるんじゃないだろうか。
『魔女』は、人々の嫉妬や蔑み、猜疑心が生み出した病だ。
それはディアナだけではなく、そんな風に考えている人だって僅かながらいるはずだ。
でも、そんなことを声高に叫べば魔女の仲間だと思われる。
魔法なんて無いことを科学で証明しようとすれば、それさえ『魔女』の証になってしまう。
だいたい、キセノン王家そのものが魔女狩りを認めていた。
最初に魔女として処刑されたのは、先々代国王の正妃であったくらいなのだから。
先々代、先代、当代と暗愚な国王が続いているキセノン王国は、他国に領地拡大の戦を仕掛けたり、天災も重なったりして国力自体弱まっている。
離反したり独立する貴族も続き、何かしら社会のスケープゴートが必要だったのだろう。
だから、国に歯向かう力のない人々は、魔女の存在を信じているふりをする。
ちょっとでも自分と違う人間がいれば『魔女』だと告発するのだ。
自分が安全な場所にいるために。
「まぁ、他人事じゃないわよね、うちのお嬢様だっていつ連れて行かれるかわからないもの」
物思いに耽っていたディアナは、メイドたちの声に我に返った。
「こら、滅多なこと言うもんじゃないわ」
「そうね、誰かに聞かれたら大変」
その時、本邸のエントランスの方が俄かに賑やかになった。
「いらっしゃいませ!イグナシオ様ぁ!」
ディアナの妹エルミラの明るい声が聞こえてくる。
どうやら彼女の婚約者イグナシオがやって来たようだ。
(他人事じゃない…、ね…)
ディアナは小さくため息をつくと、窓の隙間から空を見上げた。
日が沈んだ藍色の空に、一番星が輝いている。
そしてその星に向かって両手の指を組むと、祈るように瞳を閉じた。
でもディアナは、魔女の存在も信じないけれど神様の存在だって信じてなんかいない。
だって本当に神様がいるなら、こんな理不尽な世界を放置しているなんてあり得るのだろうか。
小さい頃に夢中になった童話の世界のお姫様なら、きっと王子様が助けに来てくれるのだろう。
でもディアナにとっての王子様なんてきっとこの世に存在しない。
(私は何に向かって祈ってるのかしら…)
何でもいい、誰でもいい。
ただ、今のこの生きているのか死んでいるのかわからない状態を、早く終わりにしたいだけだ。
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