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お・も・て・な・し

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 おもてなし第二段。

 お茶にはお茶請けが必要だ。

「どうぞ」

 再びペトロネラがテーブルの上に置いた。

 アムレアン様は少し眉を動かした程度。護衛の方は、カッと目を見開いた。

 お貴族様って、感情を相手に悟られない美学みたいなのがあるらしいよ。私が出会ったお貴族様は誰1人、そんな美学を見せてくれないけどね。

 テーブルの上には、今朝収穫したばかりのトウモロコシがある。茹でて、塩水につけただけのトウモロコシは、黄色と白の粒をピカピカに輝かせていた。

「トウモロコシです。先ほどのトウモロコシ茶は、このトウモロコシの皮の一部を使用しています。身の部分は格別に美味しいので、お召し上がりください」

 本当は一本丸噛りして欲しいところ。ガブガブと薄皮が芯に残るくらい雑に食べるのが、一番美味しいんだよね。下品かもしれないけど。
 お貴族様がそんなこと出来ないのは知ってるよ。ロザリアなんて、いまだにスペアリブにかぶり付けないもの。その度にイザークさんにナイフで小さく切って貰っているのは、狙ってやってるのかな。世話を焼くイザークさんを、ロザリアが嬉しそうに見つめているから、聞くに聞けなかったんだ。

 だから、領主様も一本丸噛りは無理だと思って、出したトウモロコシは輪切りのバーベキューサイズだ。
 食べ方も分からないだろうから、毒味も兼ねて私が食べて見せる。
 手掴みで、パクりとね。
 手掴みした瞬間、護衛の眉がピクリと動いた。手掴みなんて、お貴族様には珍しいでしょう。

 シャクリ。

 噛んだ瞬間ジュワリと水分が口に広がった。

「甘い!」

 思わず出てしまった言葉に、慌てて口を押えてウフフと上品に笑う。

 アムレアン様もトウモロコシを手に取った。
 少し戸惑いながら、私と同じように口に運ぶ。

「なんと!」

 カッと目を見開く様子からして、お口に合ったようだ。その後、無言で食べて、残った芯を皿に置いた。

「これほど甘く、瑞々しい野菜は初めて食べた。
 グランファルト国の、トウキビという物だろうか」

「トウキビは食べたことがないので分かりませんが、トウモロコシほど甘さがないと聞きました。
 なかなか美味しいでしょう? 焼いたり、スープにしたり、使い勝手がいい野菜なんですよ」

 護衛の二人にも進めてみる。主人の許可を得て、二人もトウモロコシを食べた。仕事中だからか、ムッとしていた顔が、トウモロコシ一口で瞬時に解れた。
 美味しい物を口にして、眉間にシワは寄せられないよね。

 場が和んだところで、本題に入ろうか。

「私、トウモロコシを、レイダックで育てようかと思っているんです」

 アムレアン様がテーブルの上のトウモロコシをジッと見つめる。

「君は異国の出身だから知らないかもしれないが……レイダックの中でも、ここモーシュ領の大地は植物が育たない。
 この地の土に毒素が含まれているせいなのだ。残念だが、この地ではトウモロコシは育たないだろう」

 土に問題があるとは思っていたけど、毒とは。だからレイダック国のクズ草はお腹を壊すんだ。

 あれ? トウモロコシはレイダック産だよ。食べても特にお腹に影響はなかった。私だけじゃなく、子供達も、イシカワ邸のみんなも。

「残念だ」

「え?」

 呟かれた言葉に顔をあげると、アムレアン様がトウモロコシの粒を撫でていた。

「残念だと思った」

 ため息と共にもう一度言う。

「この国は貧富の差が激しい。金や宝石の出る領は潤うが、我が領は、少量の砂金がとれるのみ。裕福とは程遠い。
 民には、厳しい生活を強いている。この地に生まれたばかりに……。
 君の言うようにトウモロコシが育つなら、民を飢えから解放してやれるかもしれない。モーシュ領も少しは住みやすくなっただろうに」

 領民がガリガリに痩せて、子供は生きる為に売られていく。領主として何とかしたいと、土壌改良を試みたこともあった。

「この地は駄目なのだ。神に見離されている……」

 項垂れる様子に、護衛が首を振った。

「まだです! モーシュはガロの質が良いと評判ではありませんか。アムレアン様が沼の水質に手を加えたおかげです!」

「良質なガロを量産できれば、希望はあります!」

 希望はあると、すがるように言うけれど、領主としていろいろ手を尽くして来たから分かる。
 ガロ肉は売る為の商品だ。単価も低いし、民の口には入らない。
 もう手はないのだ。

(とか思ってそうだなぁ……。このオジ様)

 真面目で領民のことをちゃんと考えている。領主としてはすごくいい人なんだと思う。

(でも、ちょっとお疲れ気味だよねぇ。領主様も楽じゃないね)

 見た目からして、かなりお疲れモードだ。目の下に隈が出来ているし、肌艶も決して良いとは言えない。
 小さな子供がいるということは、たぶん、見た目より若いのだろう。
 ちゃんと栄養と休息が行き届いたら、きっとイケメンの部類のはずだ。

「領主様」

 私は出来るだけ柔らかく微笑んだ。胡散臭く見えないといいんだけど。

「実は、レイダックの地でトウモロコシの栽培に成功しました。……と言ったら、どうします?」

 国に知らせる? 搾取する? グランファルト国のように、独占する?
 少しばかり探るように見る。

「え? ちょ、ちょっと、領主様?」

 アムレアン様の目から突然、ボタボタと大粒の涙が落ちた。

「す、すまない。もしやと思っていた。いや、期待するなとも」

 涙は止まらない。
 慌てた護衛が、ハンカチを差し出した。




※※※※※※※※※※※※※※




 ゲルの中庭に青々と育つトウモロコシを見て、やっと止まったアムレアン様の涙は、再び溢れ出した。

「トウモロコシは日持ちがしません。収穫後3日もすれば、甘さはどんどん抜けてしまいます。すぐ茹でるのが一番ですね。
 輸出には向きません」

「問題ない。民の腹が膨れれば、いい」

 空にはコルボ鳥がトウモロコシを狙っている。うまく捕まえられれば、高く売れる。
 収穫後の茎は、ロバに似た家畜、アスの餌になり、乳の出も良くなった。
 収入面でも、変化があればいい。

「ここからが本題です」

 きっちり決めること、聞いておかなければいけないいことがある。

 まず、種は私が管理する。レイダック国に渡すのは、苗のみだ。
 地球からやって来た種は、種のまわりを赤い消毒薬でコーティングされている。トウモロコシの種はデリケートで、手で触って付着した雑菌でさえ害になってしまう。発芽率が悪くなるのだ。
 育ったトウモロコシから種を採った場合、コーティングがない分、かなり発芽率が悪い。たぶん地球で育ったら、そこまで気にしなくても大丈夫なんだろうけど、異世界産の種は気難しすぎた。全く発芽しなかったんだ。
 結局、薄いアルコールで除菌。箸で摘まんで極力触らないように植えると、発芽率50%まで上がった。
 発芽させることが難しいのも私が管理する理由だけど、本当はもう1つ理由がある。

「国がトウモロコシを独占しようとしたら、私はこの国へは二度と来ません」

 かつて宍戸先輩がトウキビを国に奪われ、グランファルト国を出て行ったように。

「大丈夫だ。現王は私の友でもある。話のわかる男だ。
 正直、強欲な貴族もいるが、王が味方になれば問題ない」

 アムレアン様と国王様は学友らしい。国王の人柄を知っているのなら、少し安心だ。 
 そもそも、奪ったとしても、不毛の地じゃないと育たないから意味ないんだけどね。

「後で、トウモロコシに関するアレコレを、書面にして下さい」

 号泣しているアムレアン様と、固く握手をした。




 不毛の地が、クズ草からトウモロコシに変わるのは、もう少し後の話。


    
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