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巨乳では釣られない

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「毎食後、栄養剤を飲ませて、しばらくは固形物は避けて下さい」

 医師のマインラート先生は、ガリガリの奴隷を前にしても少しも動じなかった。淡々とした口調と表情で、骨の形が分かる身体を診察していく。

「栄養失調以外はとくに異常はありません。お大事に」

「え? 通院とかは……」

「必要ありません」

 ピシャリと言われて、少し驚いた。だってマインラート先生って淡々としているけど、クルト達を診察してもらった時だって丁寧だったし……。

 マインラート先生と髪の色が似ているから、もしかしたら同郷かなとか思って、もっと心配するかと思ったのに。

 顔に出ていたのか、マインラート先生は大きなため息を吐いた。

「レイダックの奴隷でしょう。 
 あの国では栄養失調は珍しくありません。それでも不思議と身体は強く、伝染病もほとんど広がりませんし、病気で命を落とす人もあまりいません。
 子供は飢餓で命を落とし、大人は過酷な労働で命を落とす……そんな国です。この子供達くらい育てば、栄養ミルク程度の食料でも死にはしませんよ。適度な食事さえ与えれば、そのうち肉付きも改善するはずです。
 …………私がそうでしたから」

 消え入りそうな声で呟いた最後の言葉は、誰の耳にも届かなかった。






 レイダック出身の奴隷達は、そのままバート村行きになった。フーゴの手料理が彼らの血となり肉となって、ガリガリからガリくらいになる日も遠くないはず。

 問題は茶髪のヤンチャな方の奴隷達だ。あの子達は、元々レイダック出身ではないらしい。スパイ活動で別の国に行く途中、レイダックで捨てられたようだ。

 何はともあれ、汚れた身体ではダメだ。綺麗に洗う為、恒例になった貸し切り公衆浴場で全員洗うために、男湯へはヴィムとクルト。女湯へはルーナとカサンドラとペトロネラが一緒に行った。

 綺麗になって戻って来た後から、茶髪も水色髪も全員が、ヴィム達を「兄さん」カサンドラ達を「姐さん」と呼ぶようになったから不思議だ。
 茶髪の少年達の何人か、顔に青アザが出来ていた。クルトに分かりやすく懐いたみたいだから、見なかったことにしよう。
 本当に男の子って……。



※※※※※※※※※※※




 レイダック国の三分の二は、不毛の地と呼ばれ、麦でさえ育たない。レイダック国の貧困層が住む土地だ。
 そんな場所にも、唯一育つ植物がある。

「くそぉ。なんで僕がっ」

 クルトがふて腐れて悪態をつきながら、庭の草をブチブチ抜いてはポイ、抜いてはポイを繰り返していた。小さな草の山になっていたのは、どこでも見かけるヒョロリとした雑草だ。

「しっかし、レイダックのヤツら、このクズ草を食うなんて……家畜でさえ食わないだろ」

 不毛の地で、唯一育つ植物は、このクズ草。ヒョロリとした葉は見た目よりも固く、モルントでさえ避けると言われていることから、クズ草なんて残念な名前がついたらしい。
 実を言うと……モルントって、精肉になった状態しか見たことがないから、どんな動物か未だに謎なんだよね。美味しいってことだけはよく知ってる。

 このクズ草、クルトは簡単にヒョイヒョイ抜いているけれど、根張りがよくてなかなか土から抜けない、農家泣かせの雑草だ。

「あの子達が言うには、根っこを食べるんだって。葉より若干、甘味があるとか……」

「んで、腹下すんだよね。イヤだ、イヤだ、そんな国イヤだぁ。ローラのご飯がいいよぅ」

 クルトがグズグズ言っているのは、レイダック国に向かうチームに入れられてしまったからだ。
 レイダックに行くのは、クルトと茶髪の奴隷達。
 茶髪の子達は、バート村で早くも肉がついてきたから、体調が整い次第の出発だ。

 茶髪の子達からの指名でクルトが行くことになったけど……、こうも素直に嫌がられたら、何だか可哀想になってくるなぁ。

 呪いの影響で、一度極限までガリガリを体験したクルトは、食に関しては妙に意地汚いところがある。レイダックは美食の国なんて言われているけど、首都を離れたら貧しい大地ばかり。クルトには酷な状態かもしれない。
 まぁ、家の料理人の腕がいいことも原因かもしれないけれど。

「あ、ほら! 巨乳のパメラに会えるかもしれないよ?」

「だからさぁ、僕はお嬢さまくらいで十分なのっ! 巨乳は娼館の女で満足してるんだってば!」

「そうですか……」

 何とか元気付けようとしたものの、無駄だった。さすがに超熟巨乳はストライクゾーンから外れるか。

 しょんぼり項垂れるクルトの頭を撫でてやる。

(う~~ん……白の扉が機能していたら、もっと手軽に行けたのにな)

 鍵が空回りしてから、一度も開けて見たことがなかった扉だ。一度ダメだったからと言って、すぐ諦めちゃったのは……あんまり私らしくなかったと思ってたんだよね。押してダメなら引いてみろって言うじゃない。もっとアレコレ試して見るべきだった。あの時は、美食の国の実状を知ってしまったから……なんて言うか、意欲が急降下したんだよね。

「白の扉……もう一度チャレンジしてみようかな」

 口にしたとたん、クルトが勢いよく顔をあげる。

「ホント? 今すぐやって見よう! ね? ね?」

「う、うん」

 食いぎみなクルトに引き摺られるようにして、連行された。







 埃をかぶった、新しい扉(と言っても50年前の物だけど)が12枚も重なって立て掛けられ、隣には対になった朱色の高級そうな扉。そして、壁際にドアノブの色が特徴的な扉が5つ並んでいる。
 ここは深い森の中にある、宍戸先輩の隠れ家の作業部屋だ。

「ほら、お嬢さま! 試してみて!」

 白いドアノブの扉の前で、クルトが満面の笑みを浮かべた。
 猫のミルクがクルトの足にスリスリ懐いている。私にはめったにしないミルクの仕草に、苦い物をかんじながら、鍵を取り出した。

「ん?」

「なに? どんな感じ?」

「んんん?」

「なになに? やっぱダメ?」

 鍵は、前の時と同じ感覚だった。空回りしているような、うんともすんとも……って感じ。
 とりあえず、扉を押してみた。

「開かない、ね」

 あからさまにガッカリするクルトを横目に、押してダメなら引いてみる作戦を実行してみる。
 グッと引いた扉はびくともさしない。

「開かない……。ち、ちょっと、そんなに絶望感漂わせないでよ! つ、つぎ! 押してダメ、引いてダメなら……更に押す!」

 グッグッと、思い切り体重をのせて押す。

 ガタン、ガタガタ。

「え、今のミルク?」

 背後で音がした。

「いや……違う。ミルクは僕の足にじゃれてる」

 じゃあ、何だって言うのか。今、宍戸先輩の家にいるのは、私とクルトとミルクだけなのに。

「ネズミかな?」

 森の中の家だから、動物が入り込んでもおかしくはない。ネズミなら尚更狭いところに隠れるから。
 ミルクが早速、音がした辺りを覗き込んでいる。

「お嬢さま、もう一回扉を開けて見て」

「うん」

 さっきと同じように扉を押し込む。

 ガタ、ガタン。

 クルトは扉が重なった方へ向かうと、12枚の扉をすべて退かした。

 ガタン。

「うわっ」

 押していた私の身体は突然、開いた扉に吸い込まれる。

「あれ、開いちゃった」

 突然開いた扉の向こうに、クルトがいた。

「あれあれ」

 私は白い扉を開けたよね。開けた先にクルトがいる。

「え~~っ? そっちぃ?」

 何度もソッチとコッチを覗く様子が可笑しかったようで、クルトが吹き出した。

「扉を退かしたら、別の扉を発見ちゃった。どうやらこの場所に設置されちゃったみたいだねぇ」

「ええ~っ? 白い扉のもう一対は、レイダックにあるんじゃなかったの?」

「あああ! ということは、結局、移動扉でレイダックに行けないじゃん……。やっぱ僕は、クズ草しかないレイダックで、ひもじい思いをするしかないんだ……」

「まぁまぁ。元気出しなよ。コッチの移動扉をレイダック国に運べばいいじゃない」

「むぅ……グランヴァルト国からレイダック国まで、いったい何日かかると思ってんの? 半月だよ?」

 クルトが運ぶ移動扉を、移動中に開けることが出来れば良かったんだけど、無理なんだって。どうなっているか分からないけれど、『設置』して初めて機能するものらしい。

「レイダック国でいい場所見つけて、早めに設置しなよ」

 ぶーぶー文句を言っても、クルトは絶対に手を抜かずに仕事をしてくれる。そこはちゃんと信頼しているよ。仕事に対しての信頼はね。

 出発まで、レイダックの子達からいろいろ聞いておかないといけないな。

 
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