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忍者のタマゴ

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「レイダック出身の奴隷が入荷しました」

 店主は神妙な顔をしているけれど、正直、私としては頭にハテナマークが飛び交っている。

 レイダック国のことを知りたいと思った矢先、レイダック出身の奴隷が……そんなことは異世界に来てからよくある話。私の『強運』が引き寄せたとしか説明出来ないけれど。

「それって、わざわざ家に来ること?」

 不満が口に出ていたようで、慌て言葉を呑み込んでも、もう遅い。
 店主は今にも土下座しそうな勢いで頭を下げた。

「申し訳ありません。失礼を承知で押し掛けてしまいました。
 ですが、レイダックの奴隷は栄養ミルクでも補えないほどの栄養失調で、買い手もつきません。このままでは鉱山で強制労働になってしまいます。あの者達に耐えられるはずがありません。死んでしまいます!」

 売れない奴隷の成れの果ては、鉱山での強制労働だ。5年程休みなく働けば、奴隷から解放してもらえるけれど、実際は怪我をしたり体調を崩したりして、5年待たずに奴隷商に戻される。体調が戻り、また売れ残れば、再び鉱山行き。5年間の労働が待っている。

 実際に鉱山で奴隷を解放されるのは、1割にも満たない。厳しい労働の中で命を落とす者も少なくないという。

 そんな中に骨と皮のガリガリ人間達を働かせたら……間違いなく全員、あの世行きだ。

 奴隷商人がいい人なのは分かるよ。でも、同情を買えば、こいつは買ってくれるんじゃないかって思われても困る。

「私だって、慈善事業で奴隷を買ってるわけじゃないんですけど……」

 こうやって頭を下げるくらいだから、かなりギリギリの弱り具合なんだと思う。お金があるんだから買ってもいいけど、あくまで労働力として購入しているんだ。農作業中に死なれても困るし……満足に働けないよりは即戦力になる人を購入したいじゃない。

 私、冷たい人間かなぁ。

 バート村に送ったカラフル四人組だって、それぞれ欠陥はあっても働けるし、レイダックの奴隷も何か出来る仕事はあるかもしれないのに……。
 即決は出来ないと思ってしまう。

「ん~~、とりあえず、会ってみて決めます。買わないってなっても、お前ひどいヤツだとか言わないでよ」

「もちろんです。イシカワ様の購入された奴隷は皆、幸せそうなので、奴隷を扱う者として有難いと思っております」

 私はヴィムとカサンドラ、二人の護衛と、ルーナ、マリン、ペトロネラ、クルトを世話役に連れて行くことに決めた。
 たかが奴隷商館に行くだけなのに、大人数になってしまったのは……私にも分からない。本当なら護衛を全員連れて行きたい気分だった。

 なんだかモヤモヤした気持ちを抱えたまま、奴隷商館に向かった。






 いつも通される奴隷商館の部屋は、15人の奴隷達がズラリと並んでいた。

 私達は全員、揃って息を飲んだ。

 15人、全員がまだ10歳程度の子供だった。ガリガリに痩せて、粗末な服から覗く腕は、枯れ枝のように細い。サイズの小さい手枷がブカブカで、スルリと外れそうなくらいだ。

「驚きましたでしょう。食事はきちんと与えているんですよ。ですが、パンや果物は弱った胃には酷なようで、吐いてしまいますし、唯一口に出来る栄養ミルクではこれ以上の肉はつかないようです」

 そういえば、クルトが奴隷は固いパンと栄養ミルクがメインの食事だって言ってたっけ。奴隷になる前からガリガリだったなら、無理に食べても胃が受け付けないか。
 栄養ミルクはそれだけで、人間が生きるための栄養を得ることができる。とても不味いらしいけれど。

(確かに痛々しいなぁ)

 奴隷達の半数は髪の色がくすんだ水色で、貴族に人気の色付きだ。まぁ、この状態なら買い手がつかないのは納得だけど。いくら値段を安くしても、貴族はもちろん、裕福な平民だって買わないと思う。荷物の一つも運べなそうだし、鍬も持てなそうだ。

 店主の目がすがるように私を見て来る。

(買うのはかまわない。ちゃんとご飯を食べさせて、マインラート先生の栄養ドリンクを飲ませてたら、きっと肉もつくよ。でも……ね)

 水色の髪の奴隷は、不安げな視線を向ける。そんな中、茶色い髪の7人ほどは視線を反らした。

 その瞬間、ゾクリと肌が粟立つ。

(これ、ダメなヤツだ。この子達は私のところに来ない)

 うつ向いた茶髪の奴隷が一人、顔を上げた。

 ビュンと風を切る音がする。
 私の前髪が風圧で揺れ、目の前に細い腕が現れた。

「「「っ!!!」」」

 ヴィムとカサンドラが素早く私の前に立つ。と同時に、私の身体はグイと後ろに引かれた。

 私に伸ばされた腕はヴィムによって払われ、バランスを崩した奴隷は、猫のようにしなやかに後ろに跳ぶ。音もなく着地した。

 ここまで、瞬きの間の一瞬だった。
 もちろん私の動体視力で、すべて見えていた訳がない。

 バチッバチバチッ。

 電流が走る音がした。

 ルーナとマリンがキャッと短い悲鳴をあげる。

「なになになになに?」

 私が見た時には、茶髪の奴隷7人が全員、ヴィムとカサンドラに踏みつけられながら、床に倒れていた。

「ふはっ。お粗末な奇襲だなぁ。雑魚中の雑魚だな。つまんなぁい」

「クルト。お嬢様の前では言葉を選びなさい。そういうことは心の中で言うべき」

「ふぁ~~い」

 ペトロネラに嗜めされて、クルトは頭の後ろに両手を組ながら、興味なさそうに欠伸をした。 

「いつまでこのままにするつもりだ?」

 少し低めの声色で睨みを効かせたカサンドラが、店主を顎でしゃくる。

 とたんにバタバタと慌て出した店主と店員達が、倒れた奴隷を拘束している。
 案の定、奴隷のガリガリの手に手枷は意味がなかったようだ。

 その様子をただポカーンと口を開けて見ていた私は、やっと意識が追い付いてきた。

(ヤバいな。アホ面さらしてたよ。あ、でもルーナとマリンも私と同じだ)

 ルーナとマリンは二人抱き合ったまま、口が開いていた。
 私のアホ面と違って、ちょっと可愛いから悔しい。

 

「ん~~、ゴホン。ええと、何がどうなって、こうなってるわけ?」

 とりあえず疑問を口にしてみると、店主が真っ青な顔で私に頭を下げた。

「ももも申し訳ございませんっ! イシカワ様! お怪我はございませんか?」

「あーーはい、私達はここで待っていますから、あっちを対処してきて下さい。話はそれからです」

 何度もペコペコ頭を下げながら、拘束された奴隷を連れて行った。

 

「ちょっとペトラ、首根っこ掴むのはヒドイんじゃない? 最近、私の扱いが雑すぎると思う」

「失礼しました。危険でしたので」

「まぁいいよ。おかげで助かったし」

 部屋に残されたのは、私達と店員一人。それから水色の髪の奴隷達だ。
 残った奴隷達は震えながら、身を寄せあっている。

「奴隷の首輪、ちゃんと発動したよね。どこかおかしかった?」

 身体が痺れて動かない様子は、確実に首輪からの電撃だ。
 私も身を持って経験したから分かるよ。

 奴隷の首輪は、害を与えようとした時点で電撃が走る。それなのに、タイムラグがあった。本来なら、私に飛びかかった時点で電撃が出るはず。
 不良品かなと呟くと、ペトロネラが首を振った。

「首輪は正常だと思います。
 電撃が発動するまで、0.05秒。それだけあれば、目の前の人間を二、三発殴るくらいは出来ますからね。まぁ、その後、ただでは済まないでしょうから、誰もやりませんが……」

「……0.5秒ってそんなに時間あったっけ。
 つまり、あの子達は捨て身だったってことか」

「恐らく、どこかの組織で飼われていた孤児でしょう。素質がなければ、使い捨てにされることも珍しくありません」

 どこの世界でも闇に生きる者はいる。
 平和な日本人代表の私の頭で思い浮かぶのは、忍者とかスパイとかだね。
 ミスを犯した下っ端のスパイは、切り捨てられるのが常だろう。

「ねぇ、あの子達……どう思う?」

「飛びかかって来た子供は、鍛えれば中の下くらいにはなるかもしれません。他は……下の上がいいところでしょう」

「全員雑魚だって」

「クルトはちょっと黙ってて。
 ……手に負えないかな?」

 子供ですよと笑ったのは、カサンドラだ。

「子供はヤンチャなものです。私の従兄弟なんて、あのくらいの年の時は一秒だってジッとしていませんでした。それでも成人する頃には落ち着くものです」

 忍者やスパイのタマゴだったかもしれないあの子達を、一般の子供と同じように考えていいものか……悩んでいると、カサンドラは爽やかに白い歯を覗かせる。

「騎士団では新人は最初に、先輩騎士と手合わせをするんです。当然新人はボコボコにされて、徹底的に敗北を味わうことになりますが……その後はいい具合に驕りや牙が抜けるので、新人も成長しやすいんですよ」

 私達が彼らの牙を折りましょうと、言ったカサンドラに、ペトロネラも頷いた。
 ヴィムは頭を掻きながら、あまり得意な役割りじゃないとボソリと呟きながらも頷く。
 何も無理にやらなくてもいいよ。こういうのは得意不得意があるんだし。
 パウルあたりが嬉々として鞭を振りそうだし。
 クルトだけは、どうせならもっと使えるヤツを……と渋っていたけど、ペトロネラに小突かれて、両手を上げた降参ポーズをとった。

「何か家にとって問題あるかな」

「「問題ありません」」

「「問題ない」」

 その一言で、15人全員を購入することに決めた。
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