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異世界の土壌事情

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 世の中、上手く行くこともあるけれど、上手く行かないこともある。
 この世界に来て、何だかんだでうまいこと生活出来て来た。
 それでも当然のように、ダメな時は訪れる。

「思いどおりに行かないねぇ」

 私は裏庭の一角にしゃがみながら、ため息をついた。
 同じようにしゃがみながら、クルトが足元に生えていた雑草を引き抜いて行く。

「発芽率悪すぎ。芽が出たヤツもすぐ黄色になって枯れるんだよなぁ」

「……むぅ、おかしいなぁ。日本が誇る種苗メーカーなのに、こんなはずじゃ……」

 私の足元には、シオシオになった弱々しい苗が横たわっていた。

 イシカワ邸の裏庭。
 隅っこの方に小さな小さな畑がある。
 植えられているのは、神様にオネダリした例の種。この世界では高級品の、トウモロコシだ。

 発芽率に定評がある種苗会社の種は、異世界の土地はお気に召さなかったのか、全然育たなかった。
 まぁ、異世界だしね。土壌の状態とか地球と違うんだろうけど、美味しいトウモロコシが食べられると期待していた私は今、地味にショックを受けている。

「ふむ……これは栄養過多かもしれんな」

「栄養過多……」

「ふむ。いくつか実験してみたがな、肥料を与えると、発芽する前に種がダメになる。肥料をやらない種は発芽するんだ。まぁ、発芽したところで萎れちまうんだがな」

 庭師といえども、野菜栽培は初心者。しかもトウモロコシ栽培なんて、この世界ではレア中のレア案件だ。
 それでも我が家のスーパー庭師、パウルは手を抜かなかった。
 限られた種で、あの手この手で実験を繰り返した。
 その結果が栄養過多。

「この国の土地は豊かだからな。一度、とことん枯れた土地で試してみたいものだ」

 地球ではトウモロコシにも肥料を与える。
 植物だもの。栄養豊富でふかふかな土に植えれば、太陽と水のちからでグングン育つ。黄色い粒にパンパンになるまで栄養をため込み、美味しいトウモロコシになる。……地球では当たり前のことなのに、ここは異世界だから、私の常識は通用しないのかな。
 残りの種も少ないし、パウルの言う通り一度試してみてもいいかもね。

「枯れた土地って……砂漠とか? 水がないと育たないよね」

「ランタナ国の砂漠でも、カルルークの高地でも、サリア共和国の水辺でも、結果は芳しくなかった。
 他に試してみたいのは、レイダック国の不毛の大地と、フロスト国の永久凍土だな」

「レイダック……フロスト……」

 美食の国レイダックは、世界中の美食が集まると言われている。ところが実際は、貧富の差が激しい。麦さえ育たない不毛の大地が貧しさの原因みたいだけど、そもそもこの世界の麦って、どんな土地でも育つスーパー植物だったはず。その麦が育たないって可笑しくないか。

 雪と氷の国フロストは、その名の通り、一年中雪と氷に覆われている。そんな土地でも麦は育つけれど、食糧の大半は輸入に頼っている。フロスト固有の動物も多く、毛皮産業で栄える裕福な国だ。

「フロストはランタナ国のお隣だから何とかなるとして、レイダックはすぐには難しいよね……。金の扉も反応ないし。せめてもう少し情報が欲しいな」

「クルト、お前行くか?」

 うげっとおかしな声を出したクルトは、手にしていた雑草を放り投げた。

「ぜったい嫌。寒いの嫌。辛気臭いの嫌。お嬢さまの側を離れるの嫌」

「ん~~、やっぱり現地のことは、現地の人に聞くのが一番だよね」

 どうしようかと思っていると、メイドのマリンがこちらに向かって来るのが見えた。足取りはシズシズと。スピードは小走り並みという矛盾した歩き方は、日々ペトロネラが指導しているメイドブートキャンプの成果だろうか。

「お嬢様! お客様がいらしてます」

「うん? 何の約束もしてないよね。押し売りならお断りして」

「押し売り……なんですが、アルバンさんが一応お嬢様に確認を、と言うので」

 この世界でも押し売りはある。
 流石に貴族だとアポなしでは門前払いだろう。でも私が貴族じゃなくて平民の金持ちだと知ると、宝石だとかドレスだとか、高額商品を買え買えと押し掛けて来るからね。本当に商魂たくましいよ。ニコニコしながら、ゴテゴテしたネックレスだとか、リボンとフリルたっぷりのドレスだとか持ってこられてもいらないから。
 いつもはアルバンとパウルが有無を言わせず、文字通り門前払いなんだけど……呼びに来るとはどういうことだろう。

 パウルの眉が器用に片方だけ上がった。

「もしかして、私の知ってる人?」

「はい。あの……」

 マリンは言いにくそうに言葉を濁した。いつもならハキハキ物を言う彼女が、言い淀むなんて珍しい。

「あ~~、分かった。すぐ行くから、とりあえず応接室に通しておいて」

 流石に土まみれの手では行けない。
 まずは激落ちシリーズの潤い増し増し石鹸で、手を洗いに行くことにした。






「お待たせしまし……た……」

 応接室のドアを開けて、私は瞬時に固まった。

「突然、押し掛けてしまい、申し訳ございません」

 丁寧に頭を下げたのは、私が何度も利用している奴隷商の店主だ。
 度々、ピンと来た奴隷を購入しては、バート村に送って来たから、すっかり私はお得意様の上客だと思う。
 奴隷を購入して、バート村はただ今、目指せ人口100人を目標にしている。村人の理解を得て、バート村を拡大中なんだ。だってね、周辺の村は人口200人を超えているっていうのに、バート村は今でもいつ廃村になっても可笑しくない、100人未満……ちょっと盛ったな。ギリギリ70人いかないよ。
 なかなか移住者は来ないから、強制的に人口を投入して、そのうちの半分でも村に根付いてくれたらいいなと思っている。

「いえいえ。あなたが家に押し売りに来るなんて、珍しいですね。先月、伺ったばかりじゃないですか」

「押し売り……まぁそうなんですが。
 ごほん。ええと、今回は格安で販売出来る奴隷が入荷しましたので、ご紹介に上がりました」

 一月に一度は行ってる奴隷商館。そろそろ行こうかと思っていたし、店主もそれを分かっているはず。それでも家に来た。

「呪いですか?」

「いえ。呪いではありません」

 呪いではないなら、ひとまず安心だ。クルトとペトロネラの時のように呪い末期なら、一刻を争うから。

 店主は一度ゴクリと喉を鳴らす。

「レイダック出身の奴隷が入荷しました」
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