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トンネルを抜けると

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「サリア共和国の横穴が完成したようです」

 ペトロネラからその言葉を聞いたのは、マルファンに短い冬が来た頃だった。

 あまり四季のくくりがないグランヴァルト王国だけど、マルファンは、ほんの少し雪がチラつくこともある。

 極寒の国だって存在するのに、この程度の雪で寒い寒いと言いたくないけど、寒いものは寒い。
 厚手の服を着て、さらに肌触り抜群の毛皮のコートを家の中でも着た。
 だってこの屋敷、一つも暖炉がないんだもの。たった数日の雪の日の為に、暖炉をつくる家はグランヴァルト王国にはないらしい。
 実際、ここまで寒がっているのは私だけで、他のみんなは「一枚羽織ろうかな」程度だからね。身体の構造が違うのかな。

 室内で毛皮のコートを着ている私を、マリッカが二度見して行ったからね。

 それで、何だっけ。
 ああ、落とし穴の横穴の話ね。

「……本当に掘ったんだ」

 銀色の移動扉は、サリア共和国の宝物庫に繋がっている。
 落とし穴の罠の途中に横穴を作って、そこから外に出ようという話はしたけど、私はそれ以来一回も銀の扉を通ったことはなかった。

 みんなが扉を通るには、私が明け閉めしないといけないから、毎日「行ってらっしゃい」と「お帰りなさい」は言ってたけど、当たり前の日課になりすぎて、掘っている途中経過を聞いたこともなかった。

「男四人が交代で掘っていたんですから、遅すぎるくらいです」

「え~~、あれから二月もたってないじゃん。それにみんな家の仕事もあるから、せいぜい作業時間は1日二時間だよ? それで二月ってスゴくない?」

「当初の予定としては一月で完成予定でした。くだらない細部の手直しに、一月余分にかかったのです」

 辛口評価のペトロネラの目は冷えきっていて、これは男達が何かヤラかしたなぁと察した。

「まぁまぁ、行ってみようよ。サリア共和国に興味あるし」

「はい。ではまず、そちらのコートは脱ぎましょうか」

「え~~」

「汚れます」

 そう言われてしまえば……ねぇ。洗濯してくれるのはメイドさん達だもの。
 私はソッと脱いで、ペトロネラに渡した。



 
※※※※※※※※※※※※※



「これは……コメントに困る状況だね」

 現場に来て、ペトロネラが眉をしかめた理由がわかった。

 最初に私が落ちた落とし穴には、人が1人乗れるだけの足場が、螺旋状に設置されていた。
 この足場、落とし穴の壁土と同じ色の物を仕様しているからか、上から見ると壁と同化して分かりずらい。カモフラージュになっていいのかもしれないけれど、私も踏み外しそうで怖い。
 ペトロネラが後ろからピタリと付いて来る。
 私が踏み外した時に、すぐ対処してくれるらしい。でもね……ペトロネラだって私と体格変わらないし、正直、二人で串刺しコースだと思うよ。

 肝心の横穴は、入り口こそ屈んだけど、すぐに立ち上がれる高さになった。
 上からの明かりが届かない内部の視界はゼロ。真っ暗で何も見えない。声が響く感じからして、相当長いトンネルになったようだ。

「来たな、お嬢ちゃん」

 暗闇の中から声が聞こえた。

 
 パッと明かりが点いて、声の主とトンネルの一部が見える。

「あ、パウル……。何て言うか、コメントが難しいトンネルができたね」

 長い長いトンネルは、パウルがつけた携帯用ランプの明かりでは、ほんの一部しか見えない。けれど、これは……かなり思っていたのと違う。

「エドガーのヤツが拘ってな。土壁だとお嬢ちゃんの服が汚れるって言って、全面に石を張り付けたんだ。これがなかなか年寄りにはキツくてな……。
 まぁ、結果、こんな感じだ」

 全面石壁、所々に妙な装飾があるのは遊び心だろうか。
 私的には、炭鉱みたいな、木枠で支えた内部を想像していたんだよね。こうなったら、もはや洞窟なんて呼べないな。地下通路だよね。

 パウルがランプで照らしてくれるから半径一メートルは見える。その他は真っ暗闇。

「あえて照明器具はつけなかったんだ。追われでもしたら、闇は都合かいいからな。
 いくつか罠も仕掛けたから、お嬢ちゃんは絶対に一人で来たらいかんぞ。ほら、そこ」

 パウルがランプで照らした足元は、何の変哲もない石だ。これを踏んだら……どうなるのかは聞かなかった。パウル曰く「足止めにはなる」らしい。
 私が踏んだら、絶対足止めどころじゃないだろうね。

 忘れそうだけど、ここは他国。しかも宝物庫があるような場所だ。宝物庫に王冠が保管されているなら、大統領が住まう宮殿だろうと、ヴィムが言っていた。
 そんなところに無断で侵入してるんだから、見つかったら確実に命はない。

 絶対にバレるな。万が一の時は逃げ切れ。
 これが必須になる。

 ……大丈夫かな。私という大きなお荷物があるのに。

「水の国ってだけあって、この国の地盤は実に脆弱でな。掘りやすいが崩れ易くもある。そこで、砂漠のランタナ国のカエルの力を借りた」

「ああ、砂を固めるっていう不思議カエルの粘液ね」

 他国の技術が役立つなんて、あちこち行ってみるものだね。








 長いトンネルの先は木製の扉があった。

 扉を開けると、強い日の光に目をやられる。
 闇に慣れた目には地味にキツイよ。サングラス……は、そういえばこの世界では見ないな。

「で、ここはどこ?」

 トンネルを抜けるとそこは……の名作があるけど、さすがに雪国ではない。

「森……? ケンゴ・シシドの家に戻って来たわけじゃないよね」

 さすがにあの場所程、森深くはない。
 木漏れ日が入らないくらいに木々が生い茂っているのに、下草が生え放題じゃないところを見ると、人の出入りのある森なのかもしれない。

 パウルについて歩いた先に、質素な小屋が見えて来た。

「パ、パウル? ここは何かな」

 何だか嫌な予感がする。

 パウルだけではなく、ペトロネラまで、何を今更言ってるんだって目で見て来るんだけど……。何でだ。

「お嬢様。あれは以前、木こりが住んでいた小屋です。今の持ち主はお嬢様ですが」

「何で私……」

 森の中の小屋なんて買った覚えもないし、欲しいとも思わない。
 まぁ、場所的にはいいと思うよ。地下通路の出口から近いし。

(あ、そういえば、少し前にヴィムが買いたい物があるって言ってたっけ)

 バート村の宿に、ミレーラ嬢が泊まりの予約を入れたものだから、すごくバタバタしていた時だったっけ。
 ヴィムが、買いたい物があるからサインをして欲しいと言って来た。

 別にいちいち私に許可を取らなくても、欲しい物があるなら買えばいい。それくらいの給料は渡しているんだもの。
 だけど、奴隷の身では買えない物もある。
 家や土地など高額な物は、奴隷は買えない。奴隷では、売り主の信用を得られないかららしい。
 普通の奴隷は、お金なんて雀の涙くらいしか持っていないものだから、仕方がないのかもしれない。

「あ、あ~~アレかぁ」

 あの時、ヴィムが持って来た書類を何も見ずに、好きな物を買いなさいなと、サインをした。
 それがこの小屋の売買契約書だったのか。

「料金はどうしたの。私、払った覚えないんだけど」

「アルバンが生活費が余りまくってると言っていてな。そこからちょっと工面してもらった」

「余りまくってるんだ……」

 毎月、生活費としてフィーネさんお手製の巾着袋に、大金貨をいっぱいに入れてアルバンに渡していた。以前、金額が多いと言われたことがあったから、少し控えめに入れることにした。
 ……それでも多いのか。

 そうこう思っているうちに、ペトロネラが小屋の鍵を開けた。

「実際に購入したのは、街にある小さな家です。
 この小屋に住んでいた木こりには、そちらの家と交換するかたちにしてもらいました。高齢でしたし、息子夫婦と同居するんだと、本人も喜んでいましたよ」

「……そう。それは良かった」

 誰かが喜んでいるなら、いいか。
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