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カエルは有能

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 ランタナ国の北には険しい山脈がある。
 山を挟んだ向こう側は、雪と氷の国『フロスト国』だ。

 山一つ挟んだだけで、片や極寒、片や灼熱。不思議だけれど、フロスト国側からの雪解け水のおかげで、ランタナ国は灼熱の地でも地下水は豊富にあった。

 オアシスは、サボネアという巨木に砂から守られて、そこに町が出来る。
 小さなオアシスは、水脈が変わると簡単に水が枯れて、サボネアの木も枯れる。
 そうして守りの巨木を失ったオアシスは、砂に呑み込まれていく。

 扉があった場所はそうして砂に呑み込まれたらしい。

「あの廃村は……レムネ村と言うのです。レムネ村は小さなオアシスでしたが、大事な村でした。町と町を繋ぐ経路に、小さな村は必要なんです」

「え、でも、この町から砂漠素人の私の足で一時間くらいでしたよ? そんな距離なら、無くても困らないと思いますけど」

 私の疑問に、ルシオさんは困ったように眉を下げた。

「私の父も兄も同じ意見なのです。
 ……移動経路の他にも理由があります。
 この辺りは毎年、大砂嵐の被害に悩まされています。私は、レムネ村のオアシスが枯れたことが、大砂嵐の原因ではないかと考えているんです」

 大砂嵐の話は町でも聞いた。
 一年に一度、外に出られないほどの砂嵐が町をすっぽり覆うらしい。砂嵐が去った後は、町中が砂だらけで、砂の撤去と農作物への被害も大きいと言う。
 フルーツジュース売りのオバさんが、砂で屋台が出せなくなるし、フルーツも砂をかぶってダメになるって嘆いていた。
 人々の生活だけではなく、経済にまで被害がある大砂嵐の影響で、失業者や孤児も増えたらしい。

「そのことは、領主様には伝えたのでしょうか?」

「もちろん。ですが、まぁ、何と言うか……家族ではありますが、私の意見を聞く人達ではないんですよね」

 息子の仮説に、巨額な費用を投資出来ない理由も分かる。
 実際に水路を引くとなれば、莫大な費用もかかるからね。
 大砂嵐の被害もあって、決して裕福とは言えない領地。領主にそんな金はないと言われてしまえば、息子と言えども何も言えないだろう。

「まぁ、費用も何もありませんが、好きにしろと言われたので、好きにしようと思います」

 言葉とは裏腹に、その声は力ない。

 領主から費用を貰えないことは分かった。だけど、その費用を自分で賄うために、一攫千金を求めて密猟に手を出すなんて……ハッキリ言って馬鹿だと思う。
 そうせざるを得ない理由があるのかもしれないけど、人の家のゴタゴタなんて私は知らないし、聞きたいとも思わない。

 でもさぁ。もう少し方法はあるでしょうに。いい大人なんだからさぁ。

「密猟じゃなくて、きちんと許可を貰ったらどうですか?」

「それは……国の許可が必要で……。私のような者に許可されるわけはありません」

 ハッとクルトが鼻で笑った。
 ペトロネラなんて、ゴミを見るような目で見ている。

「僕、こいつキライ」

「同意見です」

「ん~~、分かるけど、そういう言葉は心の中にしまっておいて。
 ルシオ様、私の故郷に『千里の道も一歩から』と言う言葉があります。成功する為には、一歩ずつ努力が必要という意味です。
 大きな目標があるのは大変結構ですが、ルシオ様は一歩も踏み出していませんからね」

「そんなんでよく、水路を引くとか言えるよなぁ。甘ちゃんすぎて笑える」

「クルト! しっ」

 しょんぼりと俯いた姿は、頭に見えない犬耳が見える気がする。

 だいたい、砂漠に水路を引くだなんて、費用云々の問題だけじゃないと思う。
 そんな技術はあるのかどうか、私は疑問だよ。

「レムネ村まで水路を引くって……簡単なことじゃないですよね?」

 何気なく口にした言葉に、彼の目がカッと見開く。
 しょんぼりしていた見えない犬耳が、瞬時にピョコンと立ち上がる。
 
 嬉しそうに目をキラキラさせる様子に、私達3人とも引いた。

「うわぁ、この変わり身の速さ」

 彼の開いてはいけない扉を開いてしまったことを、私は悟った。

「よくぞ聞いてくれました! それはですね! 地表に水路を作ると、水が蒸発してしまうので、地下に水路を作るのです。
 もちろん簡単ではありません。隣国ムーソンの技術なのですが、水脈から横穴を伸ばしてーーーー」

 延々と。

「それから水脈に住み着く、カエルがいるのですが、その粘液が砂を岩のように固める効果があってーーーー」

 延々と。

「地下水があると言っても、井戸は大砂嵐で埋まってしまいますから、ただ掘ればいいという訳ではなくーーーー」

 延々と。

 終わりのない水路の説明に、私の口からは「へぇ」と気のない相づちしか出て来なくなっても、彼の説明は止まらない。

 もういいよ、ルシオさん。お腹いっぱいだよルシオさん。
 砂漠に水路を作る技術があるのならそれでいいですよ。

 水路のメンテナンスの仕方から耐久性の話題に移った時。

 ゴォン。

 ペトロネラがお茶を運んだトレイで、彼の頭を叩いた。

「失礼いたしました。頭に虫がいたもので。毒虫かもしれません」

「いえ……」

「お茶のおかわりをどうぞ」

 ナイス、ペトロネラ。

 急速に頭が冷えたらしいルシオさんは、叩かれた頭を撫でながら、おとなしくカップを手に取る。

 正直に言って、ルシオさんの話は半分も理解出来ていないよ。
 私の弱い頭で分かったことは……。
 異世界の不思議なカエルと、他国の技術を使えば、地中に水路を引けると言うことらしい。

 そういえば地球にも地中を通る水路があったっけ。カナートと呼ばれる古のシステムで、井戸と井戸を横穴で繋ぐイメージだったはず。
 たぶん、それの異世界版なんだろうなと、フワッと理解した。

 彼に熱意があるのは分かった。だけど、一番聞きたいことはまだ聞いていない。

「ルシオ様。私達を嗅ぎ回っていたのは何故ですか」

 一度目は、確かに偶然出会った。
 二度目は、密猟がバレていないか探るために。
 三度目は、なんだろう。

 お金が目当てだろうか。

 この世界で他国に旅行に行くのは、よほどの金持ちか、物好きかだ。
 金持ち認定されて出資を求められるなら、きっぱりと断るつもりだ。関われば絶対に厄介事に巻き込まれる。

「今夜、マイカさんに接触を試みたのは……」

 そう言うと力なく笑った。

「マイカさんが黒髪だからです」

 夕方に会った時、それをネタに脅してきたけど、まさか本当にケンゴ・シシドの血縁者だと思っていたのか。
 私を奴隷として売れば、手っ取り早くお金が手に入ると思ったのなら、もう二度とこの国には来ない方がいいかな。

 彼に対して再び警戒心が生まれる。

「言っておきますが、私はケンゴ・シシドとは血縁関係はありません。黒髪黒目が珍しいと言っても、私の出身地にはたくさんいますし、おとなしく奴隷にされるつもりもありません」

「そうではなく!」

 慌てながら、頭を掻いた。

 この人……浮き沈み激しいな。
 貴族って言うわりに、腰が低い感じがするし。女装していた時は、脅しちゃうくらいガツガツしてたのにね。化粧で気持ちまで変身しちゃうタイプの人か。

「お婆様が……いえ、正確には父の乳母なのですが、私は幼い頃に彼女に預けられた時期がありました。祖母のように慕っているのです。
 そのお婆様が、言っていたんです。
 レムネ村で黒髪黒目の人を見つけたら、絶対に親しくなりなさいと」

 なんだそれと言いそうになって、思い出した。彼のお婆様は、ケンゴ・シシドを知っているんだ。これは絶対に血縁者だと思っているな。

「この状況で親しくだなんて、都合良すぎません? あ、申し訳ありません。つい本音が」

「当然の反応です。お気になさらず。
 今日のお詫びに何か私に出来る事があれば、何でも言って下さい」

「何でも?」

「出来る事であれば」

 と言われても、金銭はいらないし、ランタナ国に何があるのか詳しく知らない。

 私とルシオさんの話に、クルトがニッと口角を上げる。
 これは何か無理難題を言いそうだな。

「じゃあさぁ」

 クルトがこの国で興味を持っていたのは、質の良い毒の数々。市場に出回らない貴重な毒もあると言っていたから、まさかそれを要求しようとかじゃないよね。
 仮にもルシオさんはこの国の貴族なんだから、まぁ無理ではないかもしれないけど……そんな物を要求したら、危険人物だと思われたって仕方ないよ。
 あいつら何か企んでるんじゃね? って思われること必至。

「ちょっと待って……」

 止めようとしても遅かった。

「レムネ村の土地を一部、ちょ~~だい」




 こうして私達は、元レムネ村に土地をもらった。


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