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森の主はとても美味

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「これは……凄い」

「ええ。凄いですね」

 パウルとベルタはそれぞれニュアンスの違った『凄い』を連発している。

 我が家の使用人は移動扉慣れしているから、今さら扉に驚いたりしない。
 
「なんとまぁ、こんな深い森の中に家があるとは!」

 パウルはカーテンの外に見える鬱蒼とした森に目を輝かせている。
 誰も手入れしていなかった家のまわりは、すぐ窓の側まで植物がせまっていて、今にも家を飲み込みそうな勢いだ。
 庭師としての性なのか、それとも何歳になっても冒険を求める男の子の性なのか。

「こんな埃まみれの家にお嬢様がいるなんて! 今すぐ掃除をしないと病気になってしまいます!」

 ベルタは埃の溜まった部屋の隅を見て、ウウッとハンカチで口を覆った。
 こちらはメイドとしての性なのか、綺麗好きな性格なのか。

 そんなに汚いかな。最初の状態を知ってる私としては、なかなか綺麗になったと思うけどね。
 私が一度掃除したことは秘密にしよう。白い目で見られそうだし。

「パウルさん。窓を開けたいので、家のまわりの植物を何とかしてもらえませんか。これはもう徹底的に掃除をしなければ」

「よし、すぐに刈るか」

 すごくいい笑顔で鎖鎌を手に外の扉を開けた。

 私は何日もカーテンを開けることも躊躇ったのに、この行動力ったら羨ましい。



 それから一時間ほどでリビングはピカピカになった。

 プロって素晴らしい。

 私も手伝おうとしたけど、ベルタとペトロネラに「手を出さないで下さい」と言われてしまった。
 メイド達に戦力外通告されてしまった私は、ビクビクしながらパウルとクルトがいる外に出る決心をした。

 ずっと家の中まで草を刈る音が聞こえていた。

 シュパパパパ。
 スパスパスパスパ。

 恐る恐る覗くと、パウルが鎖鎌で下草をものすごい勢いで刈っている。
 クルトは延び放題の木をミスリル製の庭鋏で次々に枝を切り落とし、二人で草の山を作り上げていた。

 草刈り直後の青臭い匂いにむせながら様子を見ていると、パウルの手が止まった。

「お嬢ちゃん、危ないから中に入ってな」

 ここでも戦力外通告かと思った矢先、パウルは鎖鎌を構える。

「パウルの爺さぁん、そっちにデカイの行ったよぉ」

 クルトの間延びした声が響いた。

 森の奥からドドドと音がする。何か大型の動物が走っているような音だ。

「わ、私は中に入ってるね」

「それがいい」

 パウルの忠告通り、家の中に戻った。
 ドアを閉めた瞬間。


 ぶぉぉぉぉん。


 動物の咆哮にドアが軋む。
 掃除の為に窓は全開だから、よーーく聞こえるよ。

「こ、この森、怖い」

「森ですから、獣はいます」

「だけどさ、パウルが危ないって言うくらいなんだから、よっぽど大型の野生動物なんでしょ。ウカウカ散歩も出来ないじゃない」

 ペトロネラは淡々と答えた。

「何年も人間が入っていない森に突然人間の匂いがしたら、森の主は襲って来ます。主を倒せば、他の動物はむやみやたらに襲って来ることはありません」

「ってことはパウルはボスクラスの動物と戦ってるの? だ、大丈夫かな」

「彼なら問題ありません。それに、主クラスのお肉はとても美味しいです」

「……あ、そうなんだ」

 ドアの外でまさに死闘が繰り広げられているのだろうか。

 ぶぉんぶぉぉん。
 バキバキ。メキメキ。

 聞こえて来るのはたぶんボスの鳴き声と、木をなぎ倒す音だと思う。

「クルト、首を狙え。革が使い物にならなくなるだろう」

「でもさぁ、角が邪魔で狙いにくいじゃん。時間かけるの、好きじゃないんだよね~~」

「首を傷つけてジワジワ狩れば、血抜きも出来て一石二鳥なんだ。肉が美味くなってお嬢ちゃんも喜ぶぞ」

「やる気出た! 婿として頑張らないと!」

 美味しい肉を得る為には正解なんだろうけど……二人の会話を聞いていると、なんだかボスが気の毒な気がする。 

 今夜は美味しい肉が手に入るよってローラに伝えてこようかな。

 外のドタバタを気にも止めず、ベルタとペトロネラはせっせと掃除をしているし、私は外でも中でも役立たずだし……さて、私は何をしようか。

「ん?」

 足をカリカリかいてくるのはミルクだ。
 まるで「お前はこっちに来いよ」と言っているかのようにチラと一瞥して、優雅に歩いた。
 普通の猫なら、大型の動物の咆哮に恐れおののくだろうに、ミルクは全然平気みたいだ。

 ミルクは作業部屋の前で止まった。

「あーー、はいはい。お前の役目はここだって言いたいのね」

 五色の扉。
 これを開けるのが私の役目。

 ベルタもペトロネラもパウルもクルトも、みんなそれぞれ頑張っている。
 探検隊のリーダーとして私も頑張らないと。不安だとか言っていられないよね。

 赤、緑、白、金、銀の五色の扉。

「どれから行く?」

 こんな時のミルクはつれない。完全に知らんぷりだ。猫に聞く私もどうかしてるけど。

「赤から行くか」

 赤の扉は、煮込み料理が得意なジーナの扉だ。
 宍戸先輩の手帳によると、ランタナ国の都市の一つで、花の街と呼ばれているらしい。

 鍵の束から、赤い色の付いた鍵を取り出し、鍵穴に当てる。

 カチ。

 乾いた音がした。

「開いた」

 なんだか呆気ないな。知らない国の、知らない場所に繋がっている扉なのに、妙に心が落ち着いている。私も移動扉慣れして来たのかもしれない。

 扉を引くと、足元に何かが落ちて来た。
 扉の向こう側から溢れ出るようにサラサラと、私の靴の先を隠すほど。

「これって、砂?」

 向こう側が見えるように開けた扉の先は、砂漠の中の廃墟だった。
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