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お姫様とバーベキュー

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 急な依頼でも貸し馬車業者は、嫌な顔一つしないで引き受けてくれる。
 我が家はお得意様だからね。
 本当は馬車を買ってもいいけど、そうしたら貸し馬車業者が悲鳴をあげそうだから、購入をあきらめたんだ。
 私が頻繁に利用する前は、赤字続きで潰れる寸前だったらしいから。
 移動扉を設置した後、潰れないといいけど。




 早朝から貸し馬車を走らせて、時刻はすっかり夜になっていた。

 バート村の門が見えて来た頃、急に馬車が止まった。

「え? どうしたの? まだ着いてないよね」

「おかしいですね」

 同乗者のカリンとロザリアと互いに顔を見合わせる。
 貸し馬車業者の御者が、戸惑いの表情でこちらを見ている。

「私、御者さんに聞いて来ます!」

 カリンが馬車の窓のカーテンから顔を覗かせると、「あ!」と声を出した。

「お嬢様~~。バート村の門から走って来た、大型犬がいるみたいですよ」

 え、犬?

 カリンの呼び掛けに、私も外を見る。
 そこには紺色の髪の家の護衛がいた。

「ヴィム~~?」

 犬ってヴィムのことか。カリンってなかなか辛口だよね。
 まぁ、カリンの好みはポッチャリだから、ヴィムみたいな細マッチョは異性としてナシなんでしょう。いつかカリンのお眼鏡にかなう男性を、見てみたいな。

「ヴィム……走って来たの?」

 バート村まであと一キロくらいだろうか。馬ならあっという間でも、走るなんてね……。
 ちょっと引くな。私は絶対したくない。

 私と目が合うと、ヴィムが駆け寄って来きた。馬車の扉を開けるように、妙なジェスチャーで促す。

 何だ。何かあるの?

 取り敢えず開けるけど。

「マイカ! 久しぶりだな」

「そうだね。三週間ぶりくらい? 元気そうで良かった」

 手紙のやり取りはしていたから、元気なことは知っているけど。

「どうかした? 何で走って来たの? すぐ村に着くのに」

 私の問いには答えずに、馬車の同乗者のカリンとロザリアに軽く挨拶してから、探るように私を見る。

「乗ってもいいだろうか?」

「ん?? どうぞ」

 もうすぐ馬車から降りるのに? と思ったけど、まぁ別にいい。

 座席を開けてやると、ヒョイと身軽に乗り込んだ。

「何かあったの?」

「何もない」

 …………何だそれ。何もないのに走って来るのか。
 鍛練の一種だろうか。

 カリンがヴィムを覗き込んで、「肌ツルツルじゃないですか」と羨ましそうに言った。

「もう、お嬢様ってば。ヴィムさんは、お嬢様に会いたくて走って来たんですよぅ。
 たぶんエリンお姉ちゃんも、同じくらいお嬢様に会いたがってますよ」

 さすがに走りはしないけど、と笑った。

「宿はどんな感じ?」

「運び込まれた家具は、全部設置した。エリンが花やら何やら飾っていたし、問題ないはずだ」

「そう。あの四人組はどうしてる?」

「だいぶ村に馴染んだようだ。
 マイカが指示したように進んでいる。
 四人とも興味があること、得意なことを探って、いろいろ体験させてみたところだ」

 後は本人達に面接して、バート村で暮らしていく仕事を決めよう。

 馬車が再び止まった。

 今度こそ門に着いた。

 馬車の外に、相変わらず強面のイザークさんがいる。

「よう、お嬢ちゃん。身分証を……って、ずいぶんな美人を連れてるなぁ。どこの姫様を拐って来たんだ?」

 初めて見るロザリアに、イザークさんは目をまん丸に見開いた。
 強面が少し可愛く見えるから不思議だ。

 ロザリアは無言で、完全に身体を固まらせている。
 やっぱり初見のイザークさんは迫力あるものね。仕方ない。
 マリッカなんて、いまだに不意打ちのイザークさんに、ピョンと飛び上がってしまうんだから。

「ロザリアは家の従業員です。はい、身分証」

「お、おう。
 これから夕飯だろ? お嬢ちゃんが来るってんで、女達が広場で炊き出しをしてるから、行ってみな。村長も広場にいる。挨拶もその時でいいだろうよ」

「美味しそうな匂いがすると思った。荷物置いたら行ってみます」

 ずっと固まったままだったロザリアが復活したのは、別荘に荷物を置いた後だった。





 ヴェロニカとフーゴ、カリンとルーナは宿に向かい、初めてのお客様である役所の女性を案内している。
 彼女達には、ツインルーム二部屋をあてがった。
 部屋の中にすでにお客様を通しているから、中の様子は分からないけど、普通にいいと思う。……というか、普通すぎるくらい、普通だ。

 田舎の宿だから、こんなものでいいのかな。

「凄いです!」

 フーゴが厨房で叫んだ。

「必要な物が全て揃っています! 大型冷蔵庫まで!
 これならすぐに食堂を開けますよ!」

「でしょ。明日の朝食はよろしくね」

「はい!」

 マルファンから持ち込んだ食料を冷蔵庫に詰め込みながら、フーゴは元気に返事をした。

 カリンとルーナが二階から降りて来る。

「お嬢様、お客様を案内してきました」

「ありがとう。夕食の件、伝えてくれた?」

「はい。荷物を置いたらすぐに来るそうです」

「もうお腹ペコペコですよぅ」

 カリンがお腹を押さえる様子を、ルーナがクスクスと笑っていると、ヴェロニカがやって来た。

「お風呂のお湯、入れてきたよ。
 やっぱりこの村のお湯は凄いね。少し手を入れただけでツルツルだよ」

 ツルツルになった手をフーゴの頬にくっ付ける。瞬時に真っ赤になったフーゴを見ると、本当にこの二人が結婚するなんて不思議だ。だって、結婚するっていうのに初すぎるでしょ。




 

 広場でバーベキュー大会が開催中だ。

 オバさん達はロルフに、「焼けた肉を捧げる競争」を繰り広げている。ロルフがにこやかに笑顔を振り撒いているから、よけいに白熱するんだぞ。マダムキラーめ。

 村人が集まるこの場所では、ロザリアに集まる視線も凄い。
 誰も話しかけて来ないのは、高貴な雰囲気に気をされているからだと思う。

 カラフル四人組も私に挨拶をしに来たけれど、ロザリアに終始緊張しているようだった。
 主人の私より、ロザリアの方が緊張するって、どうなの。

 当のロザリアは見られていても全く気にした様子はなく、むしろバーベキューをどう食べればいいのか、悩んでいる。
 ロザリアの辞書に「かぶりつく」という文字はないらしい。元貴族令嬢だしね。
 スペアリブはガブッ食べるのが一番なんだけど。

 役所の女性達は、ブルシェル村産の海老にかぶりついている。もう三匹目だから、よほど気に入ったんだろう。
 女子って海老好きが多いよね。

「はははっ。お姫様にバーベキューは難しいだろうな」

 イザークさんが豪快に笑って、ロザリアの皿をヒョイと取って、ナイフで器用に肉を一口大に切り分けた。

「ほら。フォークもどうぞ、お姫様」

 再びロザリアの手に戻された。

「あ、ありがとうございます」

 不意打ちのイザークさんに、ロザリアはやはり固まりながらも、何とかお礼を言う。

 ロザリアが肉を上品に咀嚼しているところを、満足気な顔で見届けてから、イザークさんは自分の食事に戻った。

「面倒見いいんだよね、イザークさんって。顔は強面だけどさ」

 モグモグと無言で咀嚼しながら、ロザリアの視線はイザークさんを追っている。
 何とか飲み込んだところで、ホゥと吐息を漏らした。

「マイカさん」

「ん?」

 スペアリブにかぶりつきながらロザリアを見る。

「わたくし…………あんなに素敵な男性に初めてお会いしました」

「んぐっ……」

 スペアリブが……。

「見た目の男らしさも、優しいところも、全てが素敵すぎます」

「ええ?」

 ポッと頬を染めた。

 人の好みはそれぞれだけど、まさか。

「わたくし、イザーク様に恋をしてしまいました」

「ええええっ!?」

 どおりで王子様に興味がないわけだ。
 イザークさんをタイプって人が、キラキラな王子なんて全く魅力を感じなかったでしょうに。

 イザークさん初見の時から固まっていたのって、もしかしなくてもドストライクで緊張してだってことか。

「イザークさんって何歳なんだろう」

 そういえば全然情報がない。独身なのは確かだ。

「ヴィム、ちょっと」

 すぐにやって来たヴィムは、トマホーク級の肉を持っている。

「す、すごい肉だね……。
 ところでさ、イザークさんのことで知ってること、ある?」

「年齢は38歳。
 15年前に新婚の妻を亡くしてから、ずっと独身。
 好きな食べ物は肉。苦手な物は辛い食べ物」

「おお! 急に情報が盛りだくさん!
 イザークさんって38歳か。意外」

 思ったより若かったな。
 結婚していたのも意外。15年も再婚していないなんて、まだ亡くなった奥さんを愛し続けているのだろうか。

 これは……ロザリアの美貌を持ってしても、難敵かもしれないぞ。
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