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ロザリアと女子達

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 夕飯の後は入浴まで自由時間がある。

 ロザリアは直属の上司であるアルバンに、軽くお辞儀をしてから、食堂を出た。

 自室で読書でもしようか。ベルタに借りた『誘惑の蜜~溶けるまで愛して~』を読もう。

 階段を上ろうとした時。

 背後からニョッと腕が見えた。

「何?」

 ハッとして振り返ろうとしたロザリアは、誰かの腕に拘束される。悲鳴をあげようと開けた口を、片手で塞がれた。

「静かに」

 耳元に聞こえた声に、身体の力がドッと抜ける。
 知っている声だ。

 ロザリアの脳裏に浮かんだ人物なら、かなりの身長差があるはずなのに、どうやって拘束されているのか不思議だ。

「こちらへ」

 抑揚のない淡々とした口調で、ロザリアを拘束したまま、移動を促される。
 連れて行かれたのは応接室だ。

「ロザリアさんを確保しました」

 扉がほんの少し開かれて、中から赤みの強い髪が覗く。

「ご苦労様、ペトロネラ。入って」

 応接室に押し込まれる形で、ロザリアとペトロネラは中に入った。

 拘束が解かれ、ざっと部屋の中を見る。

 この屋敷の全ての女性の使用人と、主人であるマイカが中央にいる。

「ペトラ。ありがとう」

 小さくお辞儀をしたペトロネラは、スッと音もなく動いてマイカの隣におさまった。

「ロザリア、座って」

 長女メリンが持って来た椅子は、マイカと向かうように置かれる。ここに座るように促されるけれど、少し警戒してしまうのは仕方ないだろう。

 少しだけ呼吸を整えて、意を決して椅子に座った。

 とたんに、ロザリアを囲むようにみんなが移動した。

 平然とした表情を取り繕っても、胸のドキドキは収まらない。
 これから何が起こるのだろうか。
 この屋敷に来てから、今までみんな、とても良くしてくれたけれど、女は本音を隠す生き物だ。新入りの自分を面白く思っていない可能性だってある。

 ゴクリと鳴った喉の音が、聞こえていないだろうか。
 先手必勝。何か言われる前にこちらから仕掛けようか。

「何かご用でしょうか」

 声が震えなかったのは上出来だ。

 警戒マックスのロザリアに、目の前のマイカはニッと笑う。

「ねぇ、ロザリア」

「はい」

「王子様ってどんな人だったの?」

「はい?」

 マイカの目がキラキラしている。
 マイカだけではなく、他のみんなも同じだ。

「いやぁね、ロザリアって王子様と婚約してたんでしょ? 私達、王子様って見たことないからさぁ、みんな興味津々なの」

「え……ですが」

 紺色の髪の……と言いかけて、首を傾げる。
 諸外国について学んでいた時に、身につけた知識では、ある国の王族にしか現れない髪色……だったはずではないだろうか。
 自分の記憶違いだろうか。
 素性を詮索するつもりはないけれど、確かに王族が奴隷だなんて聞いたことがない。たとえ王族が罪を犯したとしても、王族専用の施設に送られるはずだ。
 よほどの陰謀がないかぎり、あり得ない。

「王子って、やっぱりイケメンなの?」

「そうですね……」

 かつての婚約者の顔を思い出してみる。
 髪色は艶やかなシルバーグレー。瞳は青。垂れ目がちな目元に小さな黒子があって、優しげな印象を受ける。
 イケメンと言えばイケメンなんだと思う。実際、かなりの女性がうっとりしながら見つめていたし。
 ただ、人の美醜は、その人の好みによる。

「わたくしの好みでは全くありませんでした」

 日光が嫌いで、どこの令嬢かというくらい白い肌。
 汗をかきたくないと言って、剣術の授業を一切やらなかった。そのおかげで筋肉なんて全くない、ヒョロガリ体型。
 学業は必要最低限くらいの成績で満足していた。
 興味があるのは、自分の髪に乱れがないかということ。

 思えば何一つ、ロザリアがときめくポイントはなかった。

 みんなから「あ~~」と言う声が漏れる。

「なんだぁ。王子ってやっぱりそんなものなんだ」

「物語とはだいぶ違いますね」

「綺麗な男って、見てる分にはいいけど、自分の婚約者だったらって考えると……ゾッとするわ」

「ですよねぇ。ロザリアさんくらい美人じゃなかったら、隣を歩けないです」

 全ての王子がそんな男だとは限らない。ロザリアの知る王子が、たまたま彼だっただけで。

 久しぶりに元婚約者の顔を思い出して、何とも言えない気分になった。

「わたくしの言い分は何一つ聞かず、他の女の言葉を盲目的に信じるような人でしたよ」

 こんなこと、あの国にいる時は、口に出すことは許されなかった。最も、最終的に呪いを受けて、口も聞けない状態にされたのだけれど。

「いやだ。最低な男ね」

「クズだわ。クズ王子よ!」

「そんなクズ男が婚約者だったなんて、ロザリアさん、可哀想」

 公式なパーティーでは、苦手なダンスを踊りたくないばかりに、「ロザリアが体調不良だから」と私のせいにされたっけ。
 公務を嫌がって仮病を使い、変わりに出席したこともあった。
 金髪の彼女が現れてからは、彼女にドレスやら宝石やら贈って、パーティーに王子コーディネートで出席したことがあった。あの時、王子があからさまに、彼女の美貌を褒め称えたことで、すごく惨めな気持ちになった。

 あの頃、呑み込むしかなかった理不尽を語る度、胸の中の何かが消えて行く気がする。

「じゃあさ」

 マイカがニッと笑ってロザリアを見た。

「ロザリアはどんな人がタイプなの」

 今まで王子のことを、ケチョンケチョンに貶していたみんなが、一斉にロザリアを向いた。

 全員が気になる話題らしい。

「わたくしは、顔は特に拘りませんが、ガッシリした男らしい男性が好みです」

 ヒョロガリなんて、男性的な魅力は感じない。
 厚い胸板。筋の浮き出る腕。女性一人くらい、片手でヒョイと抱えあげられるくらい、力強い男性が理想だ。

「ロザリアさんっ!」

 次女マリンがガシッとロザリアの手を握った。
 ロザリアの方がマリンより年下なのに『ロザリアさん』呼びなのは、彼女の持つ高貴な雰囲気が、そうさせるのだろう。この女子メンバーで、ロザリアを呼び捨てに出来る人は、マイカしかいない。

 マリンの目からキラキラビームが出ていて、ロザリアに至近距離で直撃している。手を握られているから、かわすことも出来ない。

「ロザリアさん! すごく分かります!
 筋肉って最高ですよね!」

 マリンの筋肉好きは、バート村のお祭りの時に明らかになったことだ。

「しっかりした上腕筋。主張する上腕二頭筋。もっこり浮き出た、背中の僧帽筋。分厚い大胸筋に、パンパンの大腿筋!
 くふぁ、思い出しただけでもたまりません!
 お嬢様! 護衛さん達に、筋肉増加週間を作りましょうよ。みんなムキムキになったら強そうです!」

 マリンの頬は、興奮で赤みを増している。
 護衛組のヴェロニカとカサンドラは、苦笑いしながら顔を見合わせた。

「いやいや。あんまり筋肉をつけると、逆に動きが遅くなるんだよ。スピードが落ちたら、護衛として致命的だからね」

「そうです。必要な筋肉は鍛えますけど」

「例えば、上腕筋と前腕筋をパンパンに鍛えると、腕が曲げづらくなるんだ」

 護衛組からの筋肉週間却下に、マリンはしょんぼりと肩を落とす。

「はぅ、それじゃあ仕方ないですね」

 マリンの強すぎる筋肉愛に、若干引きぎみのロザリアは、苦笑いを浮かべながらも半分だけ賛同した。

「わたくしは適度な筋肉が理想です。
 服の上からでも分かる、胸板の厚さ。引き締まったお尻。腰が細いのに筋肉の固さを感じたら……もう最高ですわ」

「「分かります!!」」

 ローラとルーナとエリンは、激しく同意した。

 この日から、ローラとルーナとエリンは、ロザリアを呼び捨てで呼ぶようになった。細マッチョ同盟の絆は強いらしい。

 ベルタがマリンに「私はムキムキも嫌いではありません」と妙な慰めをしている。

 一人、微妙な表情をしていた三女カリンを見つけた。

「カリン、どうかした?」

 眉間にシワを寄せて、「う~ん」と唸る。

「お嬢様。私、男性の少しポッコリしたお腹が可愛いと思うんです。おかしいですか?」

「全然、おかしくないよ!」

 どうやら細マッチョ、ごりマッチョで盛り上がっていることに、カリンは賛同出来ないらしい。
 人の好みはそれぞれだ。
 ヴェロニカだって、ヒョロガリ傾向のフーゴと結婚するし。カリンがぽっちゃり好きでも、おかしくなんてない。

「……良かったです」

 はにかんだ笑顔が可愛い。「あと、メソメソ泣いてる男性にもキュンとします」とカリンは、なかなかの嗜好を見せる。

 リリアとメリンとマリッカの子供組は、三人で理想の王子様について語り合っていた。子供女子には筋肉より、王子の話題がいいらしい。

 王子にも筋肉にもぽっちゃりにも、全く興味がないペトロネラは、こっそりため息をついた。
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