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先輩の手帳
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「お帰りなさいませ」
優雅にお辞儀をしたのは、暗い赤紫色の髪の美女だった。
アルバン拘りのメイド服は、他のメイドと同じ服なのに、スタイルの良さを隠せない。
声は初めて聞いた。高過ぎず落ちついた、耳馴染みのいい声だ。
「ただいま、ロザリア。調子はどう?」
「とても良好です。お嬢様のおかげでございます」
頭を下げたままだと長い睫毛に隠れて瞳が見えない。
「ロザリア、とりあえず頭あげて、顔見せて。ね?」
ゆっくりと見えた顔はやっぱり息を飲むほど綺麗で、髪とお揃いの暗い赤紫色の瞳に見つめられると照れる。
肌が綺麗。産毛すら見えないツルツルの肌。
目が綺麗。長い睫毛は髪とは違う焦げ茶色。
唇が綺麗。グロスなんて塗ってないのに艶々プルプル。
「スッゴい美人!」
「ありがとうございます」
言われ慣れた言葉なんだろう。照れも謙遜もなく、彼女にとってはごく普通の評価なんだと思う。
「この家で、不都合なことはない? アルバンに苛められてない?」
「お嬢様……」
冗談のつもりだったのに、アルバンがジトッとした目で見て来る。
「あはは。みんなも久しぶり! ただいま! 」
ロザリアの後ろにズラリと並んでいた、アルバン、ベルタ、メリン、リリア、ペトロネラ、ローラ、ルッツ、マリッカ、ヨハン、クルト、ユーリ、エドガー、ロルフ、カサンドラが一斉に声を揃える。
「「「お帰りなさいませ、お嬢様」」」
旅行ってあんなにワクワクして、楽しいこともたくさんあるのに、やっぱり家が一番だって思うのは何でだろうなぁ。
オークションで落札した元移動扉は物置に置いた。
ミレーラ嬢から受け取ったシルバーフォックスのラグは私の部屋に敷いた。土足厳禁だ。
ロビン・ハルカスの手帳と異国の手鏡は、一緒に箱に入れていたから、手鏡が消えたことに誰も気づいていなかった。騒ぎにならなくて助かったよ。
手帳だけ入っている箱を開けると、中には古い手帳が一つ。
手に取って見ると、黒い表紙には文字が書いてある。
金色で書かれた文字は掠れて半分以上消えかけているけれど、これは間違いなく漢字だ。とはいっても本当に辛うじて読める程度。王都で見た時はそれが漢字だとは気付かなかったくらいだ。
「えーと、○○銀行?」
先二文字は読めないほど金色が取れてしまっているけれど、ギリギリ読めた『銀行』の文字。
これは、年玉手帳とかいうやつだと思う。
年始の挨拶やお年玉変わりに、企業が配る手帳だ。昔は手帳と言えば貰う物だったらしい。
私の父親の会社でも、社員用に配っていたことがあったな。
中は数枚破られた跡があって、例の非常に読みにくい字が書いてあった。
『○月✕日 晴天
扉づくりもだいぶ慣れた。移動距離は伸び悩む。研究が必要だな』
やっぱり扉の性能に満足していないようだ。研究しようと思うなんて、なかなかの向上心だね。
『○月✕日 やや晴れ
ロビンの家まで徒歩40分。移動扉なら一瞬だ。オレは天才だな』
前言撤回。アホかもしれない。
『○月✕日 曇り時々雨
シンディのいる隣町まで、移動できるようになった。
つぎはその先の村の、マリリンのところまで扉を繋ぎたい』
その後もアイサにナディアに、町や村ごとに様々な女性の名前が出て来る。そして、女のいる村や町ごとに自分の家を持っているようだ。
「ちょっと待って。何、この男……すけこましか!」
女性に会いたいが為に移動扉を作り、扉の性能をあげていった宍戸健吾。
ちょっと引いたけど、気持ちは分からなくもない。
何も分からない異世界で、自分の味方を手っ取り早く増やそうと思ったら、奴隷を買うか、恋人を作るか。
私は彼の残した遺産があるから奴隷を買ったけど、もし一文無しだったなら……身体を張って男を誘惑して…………。
いやいや、無理だな。そんな美貌も社交性もない。
「スゴいな、宍戸先輩。
そんなにイケメンだったのかな。それともお金の力かな」
手帳をめくる度に移動扉の距離が伸びていく。
これに関しては、宍戸先輩も謎だったらしい。扉の作り方自体は最初と変わっていないなら、宍戸先輩のガッツの問題か。
『○月✕日 小雨
ついに海の先の隣国まで繋ぐことに成功。これでキャサリンにいつでも会える』
キャサリンへの愛が、海を越えた。けれどこの日、宍戸先輩は倒れる。
「ふむふむ。そこで神様に再会したのか」
『女神に会った。誰より美しく、誰より色気がある。眼福だ。
女神から移動扉の距離について聞いた。オレの作る扉は、移動距離が多いほど命の力を使うらしい。
だが、そんなこと知るか。パメラやアニータに会えないじゃないか』
「なるほど、なるほど。そうして莫大な遺産を隠したまま、宍戸先輩の魂は消えてしまいましたとさ、ってことね」
国を跨ぐほどの距離を移動出来る、長距離型の扉は存在するんだ。ただ、世に出ているのは短距離型の扉だけ。
「長距離型の扉、欲しいな……」
フゥと息をはいて、手帳を閉じた。
クセの強い字を読むのはなかなか疲れる。
私も習いたてのこの国の文字は、まだまだ下手だけど、ここまでじゃあない。
書いてあることはなかなか興味深くて、誰の村は○○の生産が盛んで……なんて情報はまさに私が求めていたものだ。
「これは少しずつ読んでいくしかないか」
眉間を揉みながら、手帳を元の箱に戻そうとして、私の手が止まった。
空だった箱に何か入っている。
「これって……」
見覚えのあるソレを手に取る。
「トウモロコシの種だ」
しかも発芽率の高い某有名会社の種。○○○のタネじゃないか。
神様が約束通り、くれたんだな。しかも私の希望通り二種類。
一つは甘いスイートコーン。黄色の粒揃いで薄皮が薄くて甘いと袋に書いてある。
もう一つは硬い爆裂種。ポップコーンになる品種だ。
何粒入りか分からないけど、裏庭に少し植えて見ようか。うまく行けば80~90日で収穫出来るはず。パウル達に相談しよう。
これでそのうち、美味しいトウモロコシ料理が食べられる!
優雅にお辞儀をしたのは、暗い赤紫色の髪の美女だった。
アルバン拘りのメイド服は、他のメイドと同じ服なのに、スタイルの良さを隠せない。
声は初めて聞いた。高過ぎず落ちついた、耳馴染みのいい声だ。
「ただいま、ロザリア。調子はどう?」
「とても良好です。お嬢様のおかげでございます」
頭を下げたままだと長い睫毛に隠れて瞳が見えない。
「ロザリア、とりあえず頭あげて、顔見せて。ね?」
ゆっくりと見えた顔はやっぱり息を飲むほど綺麗で、髪とお揃いの暗い赤紫色の瞳に見つめられると照れる。
肌が綺麗。産毛すら見えないツルツルの肌。
目が綺麗。長い睫毛は髪とは違う焦げ茶色。
唇が綺麗。グロスなんて塗ってないのに艶々プルプル。
「スッゴい美人!」
「ありがとうございます」
言われ慣れた言葉なんだろう。照れも謙遜もなく、彼女にとってはごく普通の評価なんだと思う。
「この家で、不都合なことはない? アルバンに苛められてない?」
「お嬢様……」
冗談のつもりだったのに、アルバンがジトッとした目で見て来る。
「あはは。みんなも久しぶり! ただいま! 」
ロザリアの後ろにズラリと並んでいた、アルバン、ベルタ、メリン、リリア、ペトロネラ、ローラ、ルッツ、マリッカ、ヨハン、クルト、ユーリ、エドガー、ロルフ、カサンドラが一斉に声を揃える。
「「「お帰りなさいませ、お嬢様」」」
旅行ってあんなにワクワクして、楽しいこともたくさんあるのに、やっぱり家が一番だって思うのは何でだろうなぁ。
オークションで落札した元移動扉は物置に置いた。
ミレーラ嬢から受け取ったシルバーフォックスのラグは私の部屋に敷いた。土足厳禁だ。
ロビン・ハルカスの手帳と異国の手鏡は、一緒に箱に入れていたから、手鏡が消えたことに誰も気づいていなかった。騒ぎにならなくて助かったよ。
手帳だけ入っている箱を開けると、中には古い手帳が一つ。
手に取って見ると、黒い表紙には文字が書いてある。
金色で書かれた文字は掠れて半分以上消えかけているけれど、これは間違いなく漢字だ。とはいっても本当に辛うじて読める程度。王都で見た時はそれが漢字だとは気付かなかったくらいだ。
「えーと、○○銀行?」
先二文字は読めないほど金色が取れてしまっているけれど、ギリギリ読めた『銀行』の文字。
これは、年玉手帳とかいうやつだと思う。
年始の挨拶やお年玉変わりに、企業が配る手帳だ。昔は手帳と言えば貰う物だったらしい。
私の父親の会社でも、社員用に配っていたことがあったな。
中は数枚破られた跡があって、例の非常に読みにくい字が書いてあった。
『○月✕日 晴天
扉づくりもだいぶ慣れた。移動距離は伸び悩む。研究が必要だな』
やっぱり扉の性能に満足していないようだ。研究しようと思うなんて、なかなかの向上心だね。
『○月✕日 やや晴れ
ロビンの家まで徒歩40分。移動扉なら一瞬だ。オレは天才だな』
前言撤回。アホかもしれない。
『○月✕日 曇り時々雨
シンディのいる隣町まで、移動できるようになった。
つぎはその先の村の、マリリンのところまで扉を繋ぎたい』
その後もアイサにナディアに、町や村ごとに様々な女性の名前が出て来る。そして、女のいる村や町ごとに自分の家を持っているようだ。
「ちょっと待って。何、この男……すけこましか!」
女性に会いたいが為に移動扉を作り、扉の性能をあげていった宍戸健吾。
ちょっと引いたけど、気持ちは分からなくもない。
何も分からない異世界で、自分の味方を手っ取り早く増やそうと思ったら、奴隷を買うか、恋人を作るか。
私は彼の残した遺産があるから奴隷を買ったけど、もし一文無しだったなら……身体を張って男を誘惑して…………。
いやいや、無理だな。そんな美貌も社交性もない。
「スゴいな、宍戸先輩。
そんなにイケメンだったのかな。それともお金の力かな」
手帳をめくる度に移動扉の距離が伸びていく。
これに関しては、宍戸先輩も謎だったらしい。扉の作り方自体は最初と変わっていないなら、宍戸先輩のガッツの問題か。
『○月✕日 小雨
ついに海の先の隣国まで繋ぐことに成功。これでキャサリンにいつでも会える』
キャサリンへの愛が、海を越えた。けれどこの日、宍戸先輩は倒れる。
「ふむふむ。そこで神様に再会したのか」
『女神に会った。誰より美しく、誰より色気がある。眼福だ。
女神から移動扉の距離について聞いた。オレの作る扉は、移動距離が多いほど命の力を使うらしい。
だが、そんなこと知るか。パメラやアニータに会えないじゃないか』
「なるほど、なるほど。そうして莫大な遺産を隠したまま、宍戸先輩の魂は消えてしまいましたとさ、ってことね」
国を跨ぐほどの距離を移動出来る、長距離型の扉は存在するんだ。ただ、世に出ているのは短距離型の扉だけ。
「長距離型の扉、欲しいな……」
フゥと息をはいて、手帳を閉じた。
クセの強い字を読むのはなかなか疲れる。
私も習いたてのこの国の文字は、まだまだ下手だけど、ここまでじゃあない。
書いてあることはなかなか興味深くて、誰の村は○○の生産が盛んで……なんて情報はまさに私が求めていたものだ。
「これは少しずつ読んでいくしかないか」
眉間を揉みながら、手帳を元の箱に戻そうとして、私の手が止まった。
空だった箱に何か入っている。
「これって……」
見覚えのあるソレを手に取る。
「トウモロコシの種だ」
しかも発芽率の高い某有名会社の種。○○○のタネじゃないか。
神様が約束通り、くれたんだな。しかも私の希望通り二種類。
一つは甘いスイートコーン。黄色の粒揃いで薄皮が薄くて甘いと袋に書いてある。
もう一つは硬い爆裂種。ポップコーンになる品種だ。
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